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プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は先日お亡くなりになったケンドー・ナガサキこと桜田一男さんです。
――ケンドー・ナガサキこと桜田一男さんがお亡くなりになりましたが、本当の突然のことで……。
小佐野 本当にビックリしました。私がこの話を聞いたのは1月12日の夕方頃。いろいろと連絡が入ってきて「桜田さんが亡くなったらしいよ」と。桜田さんは1月5日にはプロレスのファンイベントにも出ていたし、亡くなった前日には知り合いの誕生パーティーにも出席していた。ネットで騒ぎになったけど、いつどういう理由で亡くなったのか結局、何も確証が取れないまま桜田さんの死が記事になってしまった……という感じだよね。
――たしかに新聞記事でも死因は明らかになってませんでしたね。
小佐野 最初に記事したのはデイリースポーツなのかな。アメリカのカリフラワー・アレイ・クラブ(プロレスOB会)の方から発表があったと。でも、カリフラワーのほうでも詳細はわかってない。
――おそらく日本のインターネットで騒ぎになってるから、カリフラワーとしても発表したのかもしれないですね。
小佐野 やっぱり報道の基本は「何月何日何時にこういうわけで亡くなった」というのがないとね。人の生死に関わることだから。なので、こういう噂が出た段階で本人に聞くのが一番だから、桜田さんの携帯に電話をしてみたんだけど出なかった。
――これが団体に所属していたり、引退したあとでもそれなりに繋がりがあったりすれば、家族から連絡があったのかもしれませんね。
小佐野 桜田さんは一人暮らしだったからね。日本のどこかに親戚はいるのかもしれないけど……それこそダラスに住んでいる息子さんが発表するしかない。
小佐野 それにウィキペディアに載ってるからといって事実かはどうかは別の話だからね。
――いつお葬式が執り行われたのかどうかすらわからないってことですかね。
小佐野 何にも情報は入ってきてないね。
――13日の大日本プロレス後楽園ホール大会で桜田さんの追悼テンカウントゴングを鳴らしたときに、親族の方がいらしたみたいな報道もありましたけど。
小佐野 あの大会を取材してるけど、親族の方はいなかった。桜田さんは大日本の旗揚げメンバーだったけど、しばらく絶縁状態で。最近になってまた交流する機会が生まれたくらいだからね。親戚が日本にいてもおかしくないんだけど、その親戚が公表を控えたら何も情報入ってこないわけで。
――親族の方もプロレスメディアやマスコミとの繋がりがなければ、特に連絡もしてこないでしょうし。
小佐野 あるいはそっとしておいてほしいという意向があるのかもしれない。昨年に北尾光司さんが亡くなったときと一緒ですよ。みんな亡くなったことは知ってるんだけど、家族や親族からの発信がないからどうにもならない。そこは遺族の意向もあるからね。
――公表したくない場合もあるという。
小佐野 阿修羅・原さんが亡くなったことは公にはなったけど、お葬式は取材はしないで欲しいという親族の意向があったから。だから私は取材じゃなくて個人としてお葬式に出たんです。あのときはある新聞社が追い返されたからね。
――小佐野さんでさえ詳細が掴めてないんですから、最期のお見送りができたプロレス関係者はわずかなんでしょうねぇ。
小佐野 私は1年半前に出た桜田さんの自伝に関わっていたんだけど、元気だったからいまでも亡くなったことが信じられないですよ。
――ボクもちょっと前に取材したばかりなのでビックリです。桜田さんって怖いですよね。威圧的、暴力的な怖さじゃなくて「怒ったら本当にヤバいんだろうな」という雰囲気を醸し出していて。
小佐野 普段はひょうひょうとしてるんだけどね。そんなに感情を表に出すわけでもないんだけど、ひょうひょうと物騒な話をするから。 すぐに「誰かを食らわした」という話になったり(笑)。
――躊躇なくやれる怖さがありますよね。
小佐野 有名なのは日プロ末期に試合で大城大五郎さんをやっちゃったやつ。坂口征二さんらと一緒に日プロを離脱する大城さんを「なんの恨みもないけど、小鹿さんが焚きつけるから拳で顔面をガンガン殴った」と。
――離脱への制裁ですね。「なんの恨みもない」けど殴れるのが怖いですよ!
小佐野 未遂に終わったけど、クーデターを企てた猪木さんもボコろうとしたわけだから。でも、人間的には優しくて面倒見がいい。武藤敬司とフロリダやプエルトリコをサーキットしているときに料理を作っていたのは桜田さん。車も運転してくれるし、お弁当も作ってくれる(笑)。
――普通は逆ですよ、武藤さんが後輩なんですから(笑)。
小佐野 天龍(源一郎)さんが初めてアメリカ遠征に行ったときも桜田さんが面倒を見てメシを作ってくれたそうだから。イヤイヤやってるわけではない。そういう人なんですよ。
――桜田さんはそこまで華やかなレスラーじゃないのに「なぜトップなんだろう?」って不思議だったんです。
小佐野 身体は大きいんだけどね。スタイル自体は地味だし、実際に強いかどうかは試合からは伝わってこない。「ケンドー・ナガサキ」のペイントは桜田さん本人のアイディアではなくて、ブッカーをやっていたテリー・ファンクからの要請。 桜田さん曰く「カブキさんの焼き直しだからさ」と。
――桜田さんにインタビューしてわかったのは、ケンカが強いことでトップヒールとしてのキャラクターが崩れることはなかったんだなってことですね。もちろんプロレスラーとしての技術はあってことですけど、あの時代に日本人が一匹狼としてやっていくには腕っぷしや度胸が凄かったんだろうなって。
小佐野 マサ斎藤さんもそうだったけど、アメリカで苦労した人はみんな優しいよ。カブキさんもアメリカで会ったときは凄く優しかったし。でも、2人とも怒ったら怖い。
――優しくてヤバイ人、すなわちケアもできて理不尽なことに屈しないからアメリカで生き残れるんですかね。
小佐野 桜田さんもどこへ行ってもトップを取っていたからね。桜田さんはキラー・カール・コックスからプロレスを教わってるんです。以前、渕正信さんが言っていたけど「馬場さんが評価してるプロレスラーの1人はカール・コックス。あの人はメリハリがあってうまい」と。 安達(勝治、ミスター・ヒト)さんと一緒になったあとは、カルガリーのスチュ・ハートにも気に入られて。息子のブレット・ハートをコーチしたり。
――技術をしっかり備えている職人肌なんですね。
小佐野 スタイルに関係なくどこでも試合ができる人だったんだと思う。 ドイツのハノーバートーナメントにも出て好成績だったし。でも、ルールを無視してメチャクチャやったことでプロモーターと揉めて、最後はピストルをぶっ放されたらしいからね(笑)。
――さすが“ケンカ日本一”ですね(笑)。
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