『サマリア』、『うつせみ』、『悪い男』などセンセーショナルな題材に挑み続けてきた鬼才キム・ギドク監督。2012年には『嘆きのピエタ』がヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞し、世界的な評価を得る監督だが、その反動からか、監督史上、いや、映画史上最も壮絶なヒューマンドラマ『メビウス』(12月6日公開)を完成させた。
物語はこうだ。とある上流家庭。浮気をしている夫の性器を妻が切り落とそうとする。しかし、それに失敗し、収まらない怒りの矛先は息子のムスコへ。切り落とした妻は、そのまま失踪してしまう。
空いた口がふさがらないが、これはまだ冒頭のお話。さらに続きが...。
15歳にしてソレを切り取られた息子は生きる自信を無くしてしまう。父は、息子の姿をみて、罪悪感から自分の性器を切り落としてしまう。性器を失くした男たちは別の方法で快楽に到達する方法を見つける。"痛み"だ。ひたすらに自分の足の甲を石で削ることにより、その痛みが極限に達したときに"達する"のだった。奇妙なきっかけで父子の関係を取り戻していく二人。父は切り取った自分の性器を息子に移植することを決め手術は無事成功する。しかし、失踪した妻が家に戻ってきたことにより、破滅への一途をたどることに―。
【動画】http://youtu.be/5o8L-7wkS8U
どうしたらこんな映画が思いつくのか。来日したキム・ギドク監督を直撃した。
-『メビウス』はどういった構想で製作されたのですか?
監督:私は人一倍性欲が強い人間なんです。人間が起こす犯罪には二つの欲が絡んでいると思います。一つは「お金」、もう一つは「性欲」です。私は『嘆きのピエタ』で「お金」をテーマに描きました。今回は「性欲」に特化した作品を作ろうと思ったことがきっかけです。性欲を極限まで求める人間を描くにはまずその根源となる性器を切り取ってみよう。そうしたら人間がどう行動するのか、それを描きたかったのです。
-おお、自分への戒めを込めた大胆な設定。スゴすぎます。
女優のイ・ウヌが一家の「母」と夫の浮気相手である「女」を見事に一人二役で演じ分けていましたが、彼女についてはいかがでしたか?
監督:実は、最初は一人二役の設定ではなかったのです。母役は別の女優さんが演じていて、撮影も進んでいたのですが、その女優さんが諸事情で降板してしまったのです。映画を撮れないのは困ると思ったときに、イ・ウヌさんの演技の素晴らしさに注目しました。彼女に母役も演じて欲しいとお願いしたところ、快諾いただきました。『メビウス』というタイトルにさらに意味を持たせる素晴らしい結果になったと思っております。
-日本の廣木隆一監督の目にも止まり『さよなら歌舞伎町』での演技も評判ですね。今作には『悪い男』チョ・ジェヒョンも出演しておりますがキャスティングに関してはどうですか?
監督:私は、脚本を書き上げたらすぐに撮影に入りたい主義なんですね。1か月以内には撮影を始めたくなってしまい、キャスティングについてはその時にスケジュールが合う人を優先しています。というのは、私は役者さんのことを絵の具だと思っています。絵を描くことを最優先に考えているんです。それでも今回は良い役者さんに恵まれました。息子役のソ・ヨンジュさんも設定と同じ15歳で出ていただきました。例えば18歳の男性に15歳を演じていただくことはできるし、世の中的にはそういったことも多いですが、私はリアリティに拘っているので、本当の15歳を出したかった。彼は一番大変だったと思いますが、見事に演じ切ってくれました。
-『メビウス』にまつわる衝撃的な実体験があると伺いましたが?
監督:息子が去勢されるという衝撃的な展開でこの物語は始まるのですが、性器がなくなった場合、私は2つの問題が生じると思いました。1つは快楽、快感を得る構造がなくなってしまうということ。もう1つは子どもをつくる構造がなくなってしまうということ、この2つです。ただ、2つめに関しては医学が発達しているので、何らかの方法で可能になるのではないかと思います。しかし1つめの欲望、快楽を満たすということはなかなかできないと思いました。この映画の中では「スキンマスターベーション」という方法で快楽を手に入れます。これについては実体験を元にしています。私は、昔軍隊にいたのですが、その時の経験を皆さんにお話ししています。軍隊では軍靴を常に履いているため、足がかゆくなります。あるとき、ものすごくかゆくて、目の粗い「たわし」で足をこすりました。かゆいことを忘れたいがために肌を傷つけていたのです。それが私にとって特別な経験となりました。この行動ですが、性器を失わないことにはおすすめできない方法です。とても信じられない苦しい結果がまっていますので、私もそのたった一回だけであとは一度たりともやっていません。
-蚊に刺されたところを掻いたら少し気持ちよくなりますもんね。ってそういうレベルの話じゃないですよね。貴重な話?をありがとうございます!笑。最後に日本のファンにメッセージをいただけますか?
監督:私の映画は観ていて辛い気持ちになったり、苦しい気持ちになったり、心が痛んだり、不愉快な気持ちになったり、悲しい気持ちになったりすると思います。それでも私が最後に伝えたいメッセージというのは「人生は楽しい」、ということです。この世の中には苦しいこと、辛いこと、そして喜びが溢れています。そういう感情を持っているからこそ、人間が存在していると思うのです。そんな人間こそが美しいと思っています。このメッセージを『メビウス』を通して皆さんに伝えたいと思いました。是非、ご覧下さい。
この人がこんな映画を作れるのか!?と思わせるほど監督ご本人は温厚で、常に気配りをされる人格者だった。話も非常にスマートで常に興味を抱かせる。ご本人を前にして、一種のカリスマ性を感じた。撮影現場で怒号を飛ばす監督を妄想しつつ。
12月6日(土)より新宿シネマカリテほか全国公開
文・奥村裕則
(C)2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
■参照リンク
『メビウス』公式サイト
http://moebius-movie.jp/
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