岩石が転がったデコボコした狭い山道を三台のランドクルーザーが車体を揺らしながら
ゆっくりと前進する。川っ縁の砂利道に出たランクルは橋のない浅瀬を慎重に横切り、
土手に乗り上げた。
停止した車の後部ドアから小銃を手にした山男どもが次々に飛び出した。
一台に六人が分乗した総勢十八人の一個小隊だ。
土手の上に横に並んだ兵隊達はズボンの前をあけるやいなやいっせいに放尿しはじめた。
鉱山パートナーのモンターニョの兵隊が二台分、私の方はボゴタから連れてきた五人だ。
メーンキャンプのコスクエス鉱山のほかに手がけている数カ所の開発中の鉱山を
一日がかりで見回りするいつもの行軍である。
時にはゲリラ・ゾーンに隣接した地帯を通過するので機関銃やライフルの銃装備は
欠かせない。
椰子やバナナの林を抜け,マンゴーが鈴なりした大木を迂回すると
一軒の農家の広い庭先に道路が沿って走っていた。
垣根沿いに数羽の七面鳥と鶏が餌をもとめ地面を啄ばんでいる。
助手席に座った私に運転席のモンターニョが、
“ソシオ(パートナー)、その手前のピスコ(七面鳥)とあの太った地鶏はどうだい?”
と聞いた。
“いいね,うまそうに太ってる。一万五千ペソ(当時の換算レイトで七百円)に、
鶏が七千ペソか”
私が応えた。
相場である。工場飼料で育った白身の普通の鶏だったらせいぜい三千ペソがいいとこだ。
庭に放し飼いの赤身の地鶏とは比べ物にならない。
モンターニョが交渉して結局七面鳥を一万三千ペソ、二匹の鶏を六千ペソずつで農家の
おばさんから買い叩いた。
既に,兵隊どもの腹がグーグーとなきだす時刻だ。
足をぐるぐるに巻かれた三匹の鳥は眼を白黒させて恐怖の鳴き声をげている。
いつもの行程であるが、これからローサおばさんのところに持っていって料理して
もらうのだ。料理というほどのものではないが、丸焼きに天火焼きするかフライ油で
揚げてもらうのである。
ブエナビスタ村の丘の上に位置するローサおばさんの家は農家で、広い庭に涼しい風が
吹き込むので昼の憩いをここに定めているのである。
昼飯の仕出しを家業にしているので他の通行客が同じテント下の食卓にくつろいでいる
時もある。夫に先立たれたローサが家業、家事を切り盛りし、同居している息子夫婦が
カカオやバナナ栽培の農業を営んでいる。
息子の下に二十一歳と十六歳の娘がいてお袋の家業を手伝っていた。
二人とも愛想がよく客に好かれていたが、特に末っ子のカロリーナは色白でむっちり
とした豊満体がセクシーでそのうえ眼がハニー・グリーンときて皆に絶大的な人気が
あった。
彼女がポニーテイルの茶髪をそよ風に泳がせお尻を揺らしながら側を通過するとき
処女独特の香りがプーンと漂う。
何とも言えない気持ちにさせられる。
私も独身の若者だったらすぐにでも結婚を申し込みたい想いだ。
この数年まえに超美人の女子高生と結婚していた私でさえ結構チョッカイをだしたもの
であった。この緑眼がスマイルするともう男はコロリである。
都会の洗練された女子高生と比べても何ら見劣りしない若い清楚な美女がコロンビアや
コスタリーカの農村地帯にはゴマンといる。
これは元は正統スペイン系の子孫であるからだ。
カデラ(お尻)の張ったブルージーンズにチャーミングなブラウスかTシャツスタイルで
振る舞う彼女らはミスユニバース・コンテストにでてくるような半ばあばずれの女たち
よりはるかに清楚で魅力的である。
それはさておき、早速に兵隊どもが三匹の食料の始末にかかった。
鳥の首をマチェタで切り落とすと、首なし胴体を地面におく。
数歩バタバタと走っていきパタッと倒れる。
それを見てみんなケラケラッと笑いこげている。アホな連中だ。
もっとも、こういう連中だからイザ戦闘になると平気で敵を殺せる。
殺した鳥をしばらくお湯に浸けた後、羽毛をバシバシッと毟っていく。
ここまでは我々の兵隊達がやるが、後はローサの出番だ。
みんながセルベッサ(ビール)で咽を潤し雑談していると、好い臭いが漂ってきた。
コンガリと焼けた地鶏とフライにされた七面鳥がバスケットに盛られてテーブルに
置かれた。七面鳥は大きいので,断片に切り分けられ、油で揚げられていた。
側には湯でたジャガイモが山と積まれ、いかにも美味そうだ。
みんなの手が一斉に伸びて、またたく間に食べ尽くされてしまった。
その間もカロリーナが笑顔で給仕するからみんな有頂天だ。彼女が側に寄ってくると
皆がそれぞれサリーダ(デイト)に誘ったりしているが、彼女は笑いながら言葉巧みに
かわした。ラテン・アメリカのセニョリータ達は男どもが積極的だから、
若い時分から男のあしらい方をわきまえている。
腹ごしらえを終えた私とモンターニョはしばし女主人のローサと世間話を交え、
彼女をねぎらった。それから午後の見回りルーテインに出かけて行くのがもっぱら
鉱山での日常であった。
そんな折りのある日の午前中興奮した兵隊が二人私のところへ飛んできて
“カロリーナが誘拐された”
と告げた。
“そんなバカな!どっかのイーホ・デ・プータ(son of a bitch)が強姦目当てで
拉致したのだ”
と私は即答した。
“もちろん、そうですよパトロン(主人)”
と答えた兵隊は二人とも怒りで身体を震わせている。
モンターニョと連れたって即刻ローサのところへ駆けつけた。
さあ一大事だ、我々の超アイドルのカロリーナちゃんが虫けらに強姦されている姿など
とても想像できたものではない。
ローサの家に着くと大勢の人たちが右往左往していた。
挨拶もそこそこにローサに
“カロリーナに何が起こった”
とモンターニョが訊いた。
“夕べふもとのプルペリア(雑貨や)にシャンプーを買いに出かけたまま戻ってこない”
心配でやつれた顔色をしたローサが応えた。
“そのあと、どう対処したの”
モンターニョが続けた。
“はじめのうちは友達のところか親戚の家にでも行って遅くなってるのかなと思ったけど、
夜の九時になったらみんな心配して、友達の家や親戚の家に捜しにいった。
プルペリアで買い物した後の消息がまるで無いの。それで大騒ぎになり、昨夜親戚や
友達のみんなが村中を探し回ったんですよ”
というなりワーッと泣き出した。
今までよくぞ我慢していたのが堰を切って流れ出すように大粒の涙があふれた。
心配で泣きじゃくるローサをモンターニョが優しく肩に腕をまわし抱き寄せて
“ロシータ、心配するな。必ず我々が探し出してここに連れてくる”
と言った。
側にいた兵隊の一人が
“どこのドイツか知らねえがふてえ奴だ、取っ捕まえてぶち殺してやる!”
と叫んだ。
他の兵隊たちも口々に
“そうだ,そうだ!”
“もちろんブチ殺しだ!”
“一人か二人か三人かしらねえがタダじゃおかねえ!”
日頃の彼らのカロリーナにたいする気持ちをおもえば当然のことだ。
私も気が焦ってはいたが冷静に付けたした
“このところ村に新しく入り込んだ外部の人間、この二、三日中にむらをでていく者、
これを村の人に訊きまわることだな”
“とにかく怪しそうな奴をこの村や隣近所の村で探し出せ”
モンターニョが付け足した。
“ソシオ、今日からミーナ(鉱山)の見回りを早めに切り上げ、この近在で探索活動だ”
私が言った。
“そういう事だ、ソシオ”
モンターニョが応えた。
“ウオーッ”
兵隊達が大歓声をあげた。
側でそれを見ていたローサの息子のホルヘが
“いちおう村の駐在所には届けてあるんですが当てに出来ません。モンターニョに
セニョール・ハヤタ、まことに有り難う御座います”
と言った。
隣りの親戚の者らしい男が
“そうだよ、警察官など村の嫌われもんで誰も協力なんかするもんか”
と吐きすてた。
また別の親戚らしいのが
“たとえ警察が捕まえたところで賊に金でも貰えば、すぐに釈放だ”
とニベもない。
私とモンターニョは相談して兵隊を七、八人編成の二班に分け、この村と隣村とで
同時に捜査活動を開始した。この近在の村の者以外に外部の誘拐団が金銭目当てないし
強姦目的で車仕立てに待ち伏せしていたとは考えにくい。
村を徹底的に隅々まであらうことだ。
事は急がなければならない。下手をすれば一両日で欲求を満たした犯人が事件発覚を
恐れ彼女を殺して埋めてしまう可能性があるからだ。
それは兵隊たちが私以上によくわかっている。
その甲斐あってか、兵隊たちはその日の午後には有力な手がかりを掴んだ。
我々の聞き込み捜査は村じゅうの人々の知るところとなり、兵隊たちが村の製材所に
着いた時、其処の主人が言うには、彼のところで働いている四人の従業員のうち一人が
先ほど腹が猛烈に痛いと言って家に帰ったということだった。
直感的にこいつは怪しいと思った兵隊たちは住所を聞きだしてそいつの家へ急行した。
製材所の主人がいうには、この男は名前をカミーロといい三十歳ぐらいの独身者で
遠くの村からやって来てこの村の農家の空き家を借りて住んでいるとのことであった。
男が本当の名前や歳や出身地を明かすことはないのでそんな事はどうでもいいが、
三十ぐらいのモレノ(半黒)男で黒髪というのは後々この男を捜す上で重要な所見である。
事件は急展開した。