ハックルベリーに会いに行く
アニメ業界はなぜブラックなのか?(2,292字)
いま、日本のアニメは活況を呈している。
しかし、その盛り上がりは砂上の楼閣だ。非常に危ういバランスの上に成り立っている。
今日は、そのことについて書いてみたい。
まず、今の日本には「アニメを作りたい人」はたくさんいる。どうしてたくさんいるのかといえば、10から20年くらい前にアニメを見て、その世界に憧れたからだ。「自分もその世界の一員になりたい」と強く望んだ子供がたくさんいた。
なぜたくさんいたかといえば、現代社会の中で、アニメ制作は数少ない「夢がある職業」だからだろう。アニメを作るというのは、基本的にとても楽しい。楽しい上に、見る人を楽しませることもできて、さらに嬉しい。なおかつお金も稼げるのだから、これは夢のような話だ。少なくとも、アニメに憧れた子供たちにはそう見える。
しかし、ここに一つの問題がある。というのは、アニメというのはその見た目ほどには儲かっていないということだ。つまり、稼げるように見えるが実際はそうではないのである。
なぜかというと、アニメを好きな人は多くても、お金を払ってまで見たいという人は少ないからだ。
例えば今、アニメは深夜に放送する場合が多い。しかしながら、テレビの深夜帯は広告料が安い。だから、それだけでは制作費用を全然賄えない。
しかも、深夜に起きているアニメファンというのは少ない。今は生活習慣が変化して、深夜に起きている人は減った。それが原因で、多くのファミレスが24時間営業を取りやめたくらいだ。
そのため、深夜アニメも多くの人が録画して、深夜以外の時間帯に見ている。そうなると、多くの人が広告をスキップする。だから、深夜アニメというのは見た目以上に広告効果が薄い。おかげで、スポンサー料はますます低めに抑えられてしまうのだ。
そんなふうに、たとえ人気になった話題のアニメでも、それだけでは経済的に成立していない場合が多い。以前はDVDやBlu-rayが売れて赤字を補填していたが、今はそれらもあまり売れなくなったので、赤字を垂れ流すことが常態化してしまった。
そんな状況でもたくさんのアニメが作られるのは、「作りたい人」が多いからである。彼らが少ない報酬でもいいから、いや報酬がなくてもいいから作りたいと望むからだ。おかげで、人材だけはなんとか確保できている。
これに対して、スポンサーや制作会社は、本当はいけないことだと分かっている。今のこの状況が長く続くわけはないと思っている。
しかしそれでも、「報酬がなくても働きたい」という人たちを集めてまで作ってしまうのは、自分の生活のためというよりは、やっぱり夢を見ていたいからだ。アニメを作るのが本当に楽しく、少しでも長くその夢に浸かっていたいからである。
あるいは、お金を払わないとはいえ、見ている人たちの楽しみに応えたいという思いもある。作品を作って多くの人に見てもらいたいと思っているからだ。
ここで難しいのは、アニメ業界で働く人の全てが稼げないわけではなく、一部には食べていける人たちもいるということだ。アニメ会社の中でも上位の人たちや、クリエイターでも上位の人たちは十分食べていけているし、儲かってもいる。
そういう状況があるからこそ、食べられない人たちも「いつかはあそこに行けるのではないか」という夢を抱く。そしてそれゆえ、苦しい状況でも続けようとする。つまり、食べられない期間を一つの先行投資のように考えているのだ。
おかげで、経済的に苦しい思いをしながら続ける人がなかなか減らない。
そして、ここからが重要なのだが、そういうふうに苦しい状況で続ける人たちがたくさんいるからこそ、アニメ業界は活性化して、盛り上がっているのである。全体のレベルが引き上げられ、上位のクオリティが上がっているのだ。
業界というのは、そういうふうに「お金を払ってでも作りたい」という人がたくさんいて、その人たちが底辺を支えているときに盛り上がる。しかし、その状況は長くは続かない。
なぜかというと、そういう苦しい状況に耐えられる人がたくさんいる期間というのは短いからだ。やがて悪い噂が広まって、人が集まらなくなる。
あるいは、赤字のアニメを全部打ち切って、ホワイト的に営業するようになると、今度は場が活性化しなくなる。そうなると、今度は全体的に盛り上がらなくなる。
どういうことかというと、今はそういうふうに食べられない人たちがいるからこそ、食べられている人たちが「ああはなりたくない」と思って必死に頑張っているのだ。それによってクオリティが上がっている。それが、今の活況の一つの要因となっている。
これが、業界が安定して誰もが食べられるようになると、そういうふうに死に物狂いで頑張る人がいなくなる。そうなると、あらゆる作品がとたんに面白くなくなってしまう。
アニメに限らず、全てのエンターテインメントは「たくさんの人が死に物狂いで頑張る」というある種の「犠牲」がないと、面白くならないのだ。これが、エンターテインメント業界の世知辛い真実なのである。
今のアニメが面白いのも、あえていえば、業界全体がブラックだからだ。だからこそ、多くの人が死に物狂いになって、その結果傑作が生まれている。
これだけ話題になっているのにもかかわらず、アニメ業界が依然としてブラックなのは、ホワイトにしてしまうと業界が萎んでしまうことが分かっているからだ。だからこそ、多くの人が状況の改善に正面から取り組めないのである。
多くの人が、そこを誤解している。多くの人が、状況を改善しないと業界が萎んでしまうと思っているが、それは実は逆に、状況を改善したときにこそ、業界は萎んでしまうのである。
マンガのトークイベントやります。
司会者として登壇します。
パネリストは『風雲児たち』のみなもと太郎さんとマンガ評論家の兎来栄寿さんです。
ぜひ来てください!
2017/11/17(金) 06:00 マンガはなぜ子どもたちに読まれなくなったのか?(1,976字)
2017/11/21(火) 06:00 お金の話:第19回「友だちを失うと金銭感覚がどのように研ぎ澄まされていくのか?」(1,784字)