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ぼくは2002年頃にふとしたきっかけからハイスペックなコンピューターを手に入れた。それでフォトショップとイラストレーターをインストールして初めていじってみたのだけれど、これが面白い! 面白いのは手を汚さずに絵が描けること、それからアナログだと正確な線を引くときに必要な習得の困難な技術が必要ないこと。ぼくは絵の知識は多少あったけれど手の汚れるのが苦手なのと線を引く技術が拙かったのでコンピューターで絵を描くことにハマった。特にイラストレーターにハマっていろいろとイラストを描いていた。その頃にはこんな絵を描いていた。
絵を描いていて気づいたのは、コンピューターで描く絵は正確に描けるので最初は面白いけれどもやがて「飽きてくる」ということだ。段々面白くなくなってくる。そうして、やっぱり手で描いた方が魅力的なのではないかと思ってくるのだ。デジタルの冷たさみたいなのが気になって、アナログの暖かさのようなものが恋しくなるのである。
それでも、やっぱり手は汚したくないからもっと他にいい方法はないかと思った。そのときにペンタブレットの存在を知った。あるいは、ペインターというソフトがあることも聞いた。これだと、アナログの感覚をそのままコンピューターに持ち込める。特に、ソニーから出ていたノートパソコンには画面に直接ペンタブレットで描き込めると寺田克也さんの本に書いてあったので、わざわざそのノートパソコンを買ってペンタブで描き込んでみた。当時描いていた絵がこちらである。
さて、そんなふうにペインターで描き込んでいると、やがてもっと欲が出て、もっと上手い絵を描きたくなった。それで、これまでは持ち前の知識で描いていたのだが、もっと本格的に本などを買って勉強を始めた。特に、日本のイラストレーター名鑑を買ってきて、それを最初から最後までくまなく読んで、自分が描きたいような絵を描いている人がいないか探した。そうしてそれを模倣することで、自分の絵の技術を高めようとしたのである。
すると、イラストレーター名鑑にももちろん載っていたが、それ以外のさまざまなイラスト雑誌にもよく登場する、ある一人のイラストレーターの絵が目にとまった。なぜ目にとまったかといえば、その人は省略が非常に上手かったからだ。それに絵に独特の暖かさがあった。インタビューからコンピューターで描いていることは分かったのだが、絵を見るとアナログで描いたようにしか見えない。いや、というよりも単なるアナログとは違って、シルクスクリーンでプリントしたような絵に見える。プリントごっこで複製したような絵に見えるのだ。
そのことが不思議だった。まるでシルクスクリーンでプリントしたような絵をどうしてコンピューターで描けるのか、その原理がよく分からなかった。そのイラストにはご丁寧に版ズレまであって、ますますアナログ的な手触りが色濃く出ていた。
いや、シルクスクリーンは厳密な意味でのアナログではなく、複製画だからどこかデジタルっぽさもある。つまりアナログとデジタルのハイブリッドというか、そのいいとこ取りをしたような雰囲気を醸しているのだ。
これがぼくには非常に刺激的だった。というのも、デジタル絵にはデジタル絵の良さがある。それは「正確性」だ。しかし正確性だらけの絵というのはやがて段々飽きてくる。段々つまらなくなってくる。そうしてそこに「不確実性」の持つ一期一会的な温かみを欲するようになる。それで、今度はアナログに寄せたくなる。
しかし、そこでアナログに寄せ切ってしまうと今度はデジタルの持つ良さが失われてしまう。それならアナログではじめから描いた方がいいということになる。デジタルで描く以上は、そこにデジタルらしさをどこかで残しておかないと、本末転倒というか、それはそれであまり面白くはなくなるのだ。
その意味で、そのシルクスクリーンでプリントしたような絵は、デジタルの良さは残しつつもアナログの良さもちゃんと再現していて、デジタルで描くには理想的な絵だと思った。そこで一時期、ぼくは一生懸命その絵を模倣した。そのイラストレーターのような絵を描こうとトライしたのだ。
しかし結果的に、それも早々に、その試みは失敗に終わった。理由は簡単で「難しかった」のだ。ぼくの知識でもそうだが、何より技術で追いつかなかった。おかげでぼくは、「イラストレーターの高い壁」というものを知った。その絵は一朝一夕では描けるものではないというのを痛感した。そのときぼくは30代前半だったが、絵に対しての最終的な挫折を味わった。ぼくは絵描きにはなれないと、心底思わされたのである。
ぼくは、絵を描くよりも字を書く方が向いていた。それで字の世界に引っ込んだのだが、数年後、また紆余曲折があってなぜか絵本の編集をすることになった。
そのとき、真っ先に思い出したイラストレーターの人がいた。それは、前述したシルクスクリーンのプリントのような絵を描く人だ。名前を木内達朗さんといった。
木内さんは、当時もそうだが今も日本を代表するイラストレーターとして活躍されていた。ぼくはダメ元で絵本の執筆を依頼してみた。すると、運良くお目通りが適って、そこでぼくはなんとか木内さんに描いてもらおうと、できうる限り最高のプレゼンテーションをした。ぼくが最高だと考える企画を木内さんに提案してみたのだ。
その企画とは、「『きかんしゃトーマス』をリプレイスする絵本を作る」という企画だ。子供でも考えそうなものだが、ぼくは本気だった。なぜならぼくは『きかんしゃトーマス』が本当に好きだったからだ。
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ぼくは、子供の頃から数え切れないくらいたくさんの絵本を読んできたが、最も心を奪われた作品の一つが『きかんしゃトーマス』だった。だから、『きかんしゃトーマス』の魅力というのは、それなりに知っているという自負があった。あるいは、『きかんしゃトーマス』を好きすぎるあまり、それに対する不満というのもそれなりに抱えていた。
そういう不満を解消するような新しいきかんしゃの絵本がいま、必要なのではないかと、ぼくはずっと考えていたのだ。それはいわば、子供だった頃のぼくにプレゼントするための本だった。『きかんしゃトーマス』が何より好きだったぼくを喜ばせるための絵本だ。それを、ぼくが逆立ちしても真似さえできないような絵を描く木内さんに、ぜひ執筆してほしいと思ったのだ。
それから2年、ついにその絵本が完成した。その名も『いきもの特急カール』。
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ぼくは、木内さんの絵の何が素晴らしいかということを、真似をしようと悪戦苦闘した経験上ちょっとは知っているつもりだ。そして、それでいうとこの絵本には、木内さんの絵の素晴らしい部分が全てとはいわないまでも、かなりふんだんに詰まっている。とにかく絵が最高なのだ(もちろん話も最高だ)。見ているだけで、その世界に引き込まれる。そして引き込まれたまま、その世界をずっと旅していられる。
もしあなたが本の向こうのちょっと不思議な「いきもの特急」が疾走する世界に旅をしてみたいなら、ぜひ、この本のページをお開きください。よろしくお願いいたします。
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