ハックルベリーに会いに行く
マンガのはじまり:その31(1,673字)
近藤日出造は、戦争直後に郷里上田に無事帰還し、しばらくは平穏に暮らしていた。しかし何もすることがないのと出身地であるにもかかわらず田舎の暮らしに馴染めなかったので、数ヶ月後に菅生定祥に手紙を書き、東京に戻ってもいいかと打診した。すると、なんと菅生はすでに「漫画」誌を細々とながらも再開しており、すぐに戻ってきてまた編集を頼みたいという。
そこで近藤は妻子を郷里に残したまま勇躍上京し、西荻窪にある弟子の塩田英二郎宅に仮住まいしながら、漫画家及び編集者生活を再開するのだ。
しかしながら、近藤のこの活動はしばらく迷走を続けた。というのも、近藤は元々保守派の人間だったのだが、戦後の世の中の急な左傾化ですっかり調子が狂ってしまったのだ。そうして世を儚み、厭世的になった。GHQや政府が信じられず、緩やかなアナーキストとなっていった。
ところで、これは近藤も含め多くの人が誤解しがちなのだが、戦中の陸軍はけ
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