Vol.206 結城浩/Standlandで自分を再発見/初校で何をどう直しているか/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年3月8日 Vol.206

はじめに

おはようございます。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

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新刊の話。

『数学ガールの秘密ノート/場合の数』は四月刊行予定です。 この結城メルマガが配信される3月8日には、 初校の読み合わせのために結城は編集部に出かけます。

初校ゲラが結城のところにやってきたのは先々週でしたから、 おおよそ二週間、初校ゲラと格闘していたことになります。 いつものことですが、初校の段階ではまだまだアラが目立ちます。 読んでいてザラザラした痛みを感じます。

でも逆にいえば、大胆な変更もまだまだ可能なので、 問題を入れ換えたり、新たな問題を追加したりして、 品質向上に努めます。

ゲラを読んでいて毎回思うのは、 「本を書くのはとても地味で泥臭い作業である」ということ。 他の書き手はどう感じているか知りませんが、 ゲラ読みに、派手な要素はまったくありません。 華麗な校正などというものはありません。 文章を直していくというのは、基本的に「ちまちま」した話なのです。

でも非常に興味深いのは、 その「ちまちま」して泥臭い地味な作業が積み重なると、 大きな品質向上に繋がるのです。 結城は、

 「なぜか理由はわからないけれど、読みやすい」
 「どうしてそうなるかは表現できないけれど、読んでいて楽しい」

という文章を書くのが好きです。

文章が読みやすい理由がどうであるか、 というのはあくまで書き手の都合であり、 読者に向けて振りかざすことではありません。 文章は、読者さんが楽しく読み進めることができ、 理解が深まることが主目的ですからね。

そしてそのためには地味で泥臭くて「ちまちま」した作業が、 なぜかどこかに必ず必要なんですよね。不思議なことに。

 ◆『数学ガールの秘密ノート/場合の数』(結城浩)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797387114/hyam-22/

後ほど、 どれだけ「ちまちま」した修正をやっているかというお話をしますね。

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チューリング賞の話。

チューリング賞というのはコンピュータサイエンスの分野最高峰の賞です。 先日、そのチューリング賞をディフィー・ヘルマン鍵交換で有名な ディフィーとヘルマンが受賞しました。 ディフィー(Whitfield Diffie)とヘルマン(Martin Hellman)は、 暗号やセキュリティに関わる人で名前を知らない人はいません。 ディフィーとヘルマンがこれまで受賞していなかったことが驚きです。

 ◆チューリング賞公式ページ
 http://amturing.acm.org

私たちがインターネットで買い物をするときには、 クレジットカード番号などを暗号通信によってショップに送ります。 暗号通信のためには「鍵」が必要で、安全な通信のためには、 その「鍵」をどうやって相手に配送するかが問題になります。 そもそも鍵が安全に配送できるなら、それで通信すればいい。 安全に配送できないから困っているわけですよね。 公開鍵暗号はその「鍵配送」の問題を解決する画期的な方法です。

ディフィーとヘルマンが書いた1976年の論文は、 公開鍵暗号を使って安全な通信を行えることを最初に公にしたもの。 論文はもちろん英語ですが、Fig.1(通常の暗号通信)と Fig.2(公開鍵暗号を使った通信)を眺めるだけでも歴史に触れることができます。

 ◆New Directions in Cryptography
 https://www-ee.stanford.edu/~hellman/publications/24.pdf

結城が昨年刊行した『暗号技術入門』は、 鍵配送問題や公開鍵暗号など現代の暗号技術をやさしく理解するのにおすすめ。 もちろんディフィー・ヘルマン鍵交換も出てきます。

 ◆『暗号技術入門 第3版 秘密の国のアリス』
 http://cr.textfile.org

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角川インターネット講座の話。

先日、セールでおすすめされたときに、 『角川インターネット講座』をKindle版で買いました。 買ったときには2,700円でしたが、 先ほど見たら21,600円に戻っていましたね……

 ◆【全15巻合本版】角川インターネット講座
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B017X0RFG6/hyam-22/

村井純、まつもとゆきひろなどの15人の著者の文章を集めた形になっています。 内容はそれほど難しいものではなく、 また自分も知っていることが多く含まれているようです。 でも、読んでみると「自分の中でこまごま抜け落ちている知識」 が補足されるような感覚があります。

たぶん、ここに書かれている情報はネットで検索すれば、 それなりに見つかるはずです。この本よりも新しい情報もたくさん見つかるでしょう。 でも、検索で見つかるのはあくまで断片的なものになり、 全体を俯瞰することは難しいでしょう。 また、ネットで見つかるものは玉石混淆ですから、 ある一定の品質を担保しつつ読むことは難しいものです。

その意味ではこの本のような内容は、 確かに「本」というまとまりで読むのによいのだな、 と感じます。

ちょっと惜しいのはこの本が縦書きであること。 横文字も数字も多いので、 横書きの本として読みたかったなと思いました。

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『数学文章作法 推敲編』セールの話。

そういえば、『数学文章作法 推敲編』のKindle版が現在セール中で551円です!

 ◆『数学文章作法 推敲編』Kindle版
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00UWBR406/hyuki-22/

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情報提示方法の話。

結城はTwitterもFacebookも好きです。 電車で移動しているときなど、 ちょっとしたスキマ時間にもiPhoneでSNSをチェックしてしまいます。 そして興味深いツイートを見かけると、 そこからいろんなことを考えます。

TwitterでもFacebookでも何となくずっと読んでしまうのは、 iPhoneの画面で、

 「無限に続くスクロール」

のように記事が並んでいるからかも。 変な類推ですが、流しっぱなしにしているテレビに近い感覚でしょうか。 気に入らなかったら次々にチャンネルを切り換えていくように、 スクロールを続けていくのです。

テレビのチャンネルは数に限りがありますが、 Twitterのツイートは限りなくやってくる。 しかも、Twitterで自分がフォローしているのは、 もともと自分が関心を持っているツイートをしてくれる人。 こういう状況なら確かにずっと読み続けてしまいますね。

で、ここで特にその良し悪しを言いたいわけではありません (最近この決まり文句多いな)。

結城は情報提示の方法としてこのツイートの流し方に興味があるのです。 ツイート一つ読むごとにリンクをクリック(タップ) しないといけないとしたら、ユーザは飽きてしまうでしょう。 でも「無限に続くスクロール」の形で情報提示すれば、 ユーザは長い時間そのサイトに滞在してくれる。

TwitterでもFacebookでも、それからYoutubeでも、 多くのWebサイトが、ユーザがたいしたアクションをしなくても、 次から次へとおもしろい情報を提示する形式になっています。

この「無限に続くスクロール」を、 自分が情報提示するときにも使えないだろうか、と考えます。 Webサイトの技術で、

 Auto Pagination

というものがあります。これは、 ページの末尾まで行ったら、自動的にページを「継ぎ足し」して、 「無限に続くスクロール」を作り出すものです。 Auto(自動)のPagination(ページ送り)というわけですね。

たとえば、以下のサイトでは、 それを実現するためのJavaScriptが公開されています。

 ◆jQuery Auto Pagination
 http://pengkong.github.io/jquery-auto-pagination/

こちらにデモページがあるので、感覚がつかめるはず。

 ◆jQuery Auto Pagination (Demo)
 http://pengkong.github.io/jquery-auto-pagination/demo.html

このデモページでは、あたかも無限の長さのページがあるように見えますが、 実際には、nextPageというリンクを持った複数ページをつなぎ合わせているだけです。 このスクリプトを使えば、既存のサイトを大改造することなく、 Auto Paginationに変換できるというわけですね。

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数学書の話。

学習院の田崎先生が、

 『数学:物理を学び楽しむために』

という書籍を無料のPDFとして公開しています。

「数学ガール」を楽しんで読んでいる高校生には、 田崎先生のこのPDFにチャレンジするのをお勧めします。 ここに書かれているような数学の話は、 大学に行ってから大きく役に立つはずです。

いわば、ここにあるのは《未来の武器庫》ですね。 いますぐは活用できないかもしれないけれど、 無料PDFなのでダウンロードして目を通して損はありません。 おすすめします。

 ◆『数学:物理を学び楽しむために』
 http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/mathbook/

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高校時代の話。

ある方から「17歳のころ何していたか」と聞かれた。 高校時代は数学と英語と古文が好きだった。 最近は記憶力が落ちたけど、 あのころ覚えたことはいまでも思い出せる。 受験勉強はけっこう好きだったかもしれない。

通学途中の電車の中でクラスメートに勉強を教えることもよくあった。 残念ながら(?)それが女の子である機会はとても少なかったけれど。 知り合いに化学の「モル」を説明したのはよく覚えている。 モルってわかりにくい単位。

 12個のことを1ダースと呼ぶのと同じように、
 アボガドロ数個のことを1モルと呼ぶ。

と説明したのを思い出す。

高校時代に学んだことで、現在も役に立っているものは多い。 役に立っているというか、自分の大事な一角を支えているというか。 感覚的な話だけれど、十代における一年って、 その後の時代の五年や十年に相当するように思う。

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解約の話。

結城は最近、 月末に「結城メルマガの解約を忘れていませんか」というツイートをしています。 こんな感じの文面です。

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 今日は月末。
 結城メルマガをお試しで購読したけどもういいや!
 という方は「解約」をお忘れなく!
 月単位の課金なので、ご注意くださいね。

 結城メルマガは毎週火曜日配信。楽しく読めて元気が出る。
 そんなメールマガジンです! http://www.hyuki.com/mm/
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内容はここに書いたとおりです。 結城メルマガは有料で、課金は一ヶ月単位。 解約しようと思っていたのに月末に解約を忘れたら、 一ヶ月余分に課金されてしまいます。 なので、解約を予定している人は忘れないでくださいね…… という「解約のリマインド」をするメッセージです。

このような「解約のリマインド」のツイートを、 いつ最初に行ったかは覚えていませんが、 とても心臓がドキドキしたのは覚えています。

解約を一日忘れてくれれば、 その人の一ヶ月の課金は私の収入になるわけです。なのに、 わざわざ解約のリマインドをするのは愚かな行為?

でも、これまでに何回かこのような解約のリマインドを行ってきて、 経験上わかったことがあります。 それは、解約のリマインドをしても、 解約人数は変わらないということ。 むしろ逆に解約する人が減った月もあるくらいです (正確には、解約する人数は変わらず、 新たに購読開始した人が多くなっているのですけれどね。 つまり、解約のリマインドが宣伝になっているという話)。

毎月ではありませんが、 結城はこのような「解約のリマインド」のツイートをときどき行います。 そこには大きく二つの理由があります。 一つ目は、携帯電話などの契約のときに結ばされる、 「解約を忘れることを期待したオプション契約」が結城は嫌いであること。 二つ目は、解約のリマインドをしたにも関わらず、 購読を継続してくださっているということが、 結城の大きなはげみになるからです。

まあ、このような理由は結城の勝手な考えなので、 読者さん側の直接的なメリットではないのですけれど。 書き手としての思いを少し書いてみました。

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「実習中」の話。

結城は、一日の仕事を終えて帰るとき、駅から妻に電話をします。

 「何か買い物はない?」

帰りにスーパーに寄って、ちょっとしたものを買って帰るのです。 甘栗やブドウやイチゴ。納豆や卵。そんなものです。 おにぎり用の海苔を買うときもありますね。

スーパーのレジにはときどき、 胸に「実習中」というプレートを付けた若い子が立っていることがあります。 確かにいささか商品扱いがぎこちない。 安売り商品についてイレギュラーなことがあると、 近くの先輩から指導されたりします。

そのような「実習中」のレジに当たったときには、 会計が済んだあとに、

 「がんばってくださいね」

と一声掛けるように心がけています。そうすると、 実習中の子も、近くの先輩もうれしそうにしてくれます。

レジの操作のように、はためには簡単そうに見えることでも、 実際にそれをまちがいなく実行するのはたいへんなことですからね。

で、買い物の袋を下げて夜道を歩きながらふと考える。

私も、胸に「実習中」ってプレートつけたいな。 そうだ、

 「人生実習中」

というプレートがいいかもしれない。そして、誰かから、

 「がんばってくださいね」

って、声を掛けてもらいたいな。

 ◆スレッドお化け坊や、人生実習中

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それでは、今週の結城メルマガを始めましょう。

どうぞ、ごゆっくりお読みくださいね。

目次

  • はじめに
  • Standlandで自分を再発見 - 仕事の心がけ
  • 初校で何をどう直しているか - 本を書く心がけ
  • 今日も一日、お元気で!
  • おわりに