オンナのウラガワ ~名器大作戦~
第299回 この歳になって初めて知ることもあるウラガワ(2)
◆もくじ◆
・この歳になって初めて知ることもあるウラガワ(2)
・最近の志麻子さん
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月刊オメ★コボシ 10月号 配信中
『でえれえ、やっちもねえ』角川ホラー文庫より発売中
万年アクリルカレンダー再販中
カドカワ・ミニッツブック版「オンナのウラガワ」配信中
MXTV「5時に夢中!」レギュラー出演中
・著者プロフィール
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大人の季節も真っただ中を生きているけれど、それでも新たな出会いがあり、
「今初めて知ったわ」と驚くことも、しみじみすることも。
賢くなった気にもなれば、勘違いしたままでいたかったと後悔することもある。
古本屋で日記帳を買うのが趣味のHくん。
見せてくれたコレクションのなかに、今はもう廃刊となっている雑誌編集長のものがあった。
その日記には、ときおり奥さんが書き込みをしているらしきページがあり……。
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2014年11月~19年12月のバックナンバーは、「月別アーカイブ」の欄からご覧ください。
2020年1月「愛しい南国の怖い話のウラガワ」
2月「ひきつづき東南アジアの怖い話のウラガワ」
3月「どこか心残りの別れのウラガワ」
4月「未経験な世の中のあれこれのウラガワ」
5月「「あの人実は」「あの人やっぱり」のウラガワ」
6月「アマビエ的なものや人のウラガワ」
7月「怖い話をエンタメとして楽しみたいウラガワ」
8月「どこか楽しめる怖い話のウラガワ」
9月「エンタメとして味わいたい人の怖さのウラガワ」
10月「いい大人なのに未経験のウラガワ」
11月「まだ猶予があるのかもという気分のウラガワ」
12月「私なりに引っかかる物事のウラガワ」
2021年1月「ゆるく共存していくことを考えさせられるウラガワ」
2月「いつの間にか入り込む怖いもののウラガワ」
3月「もはや共存するしかないあれこれのウラガワ」
4月「変わらぬもの、変わりゆくもののウラガワ」
5月「子どもっぽい大人、大人になっても子どもな人のウラガワ」
6月「ドライになり切れないウェットな物事のウラガワ」
7月「ホラーの夏なので怖い怪談実話なウラガワ」
8月「夏といえばの怖い話・奇妙な話のウラガワ」
9月「歳を取れば大人になれるわけではないウラガワ」
※2014年10月以前のバックナンバーをご購入希望の方は、本メルマガ下部記載の担当者までお知らせください。リストは下記です。
2013年7月~12月 名器手術のウラガワ/エロ界の“あきらめの悪さ”のウラガワ/エロとホラーと風俗嬢のウラガワ/風俗店のパーティーで聞いたウラガワ/エロ話のつもりが怖い話なウラガワ/風俗店の決起集会のウラガワ
2014年1月~10月 ベトナムはホーチミンでのウラガワ/ベトナムの愛人のウラガワ/永遠のつかの間のウラガワ ~韓国の夫、ベトナムの愛人~/浮気夫を追いかけて行ったソウルでのウラガワ/韓国の絶倫男とのウラガワ/ソウルの新愛人のウラガワ/風俗嬢の順位競争のウラガワ/夏本番! 怪談エピソードの数々のウラガワ/「大人の夏休みの日記」なウラガワ/その道のプロな男たちのウラガワ
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十月といえば秋の真っただ中で、「大人の季節」も真っただ中という感じだ。
私も大人の真っただ中を生きているはずだが、それでも新たな出会いがあれば、そこから「今初めて知ったわ」と驚くことも、しみじみすることも多々ある。
それは何か一つ賢くなった気にもなれば、勘違いしたままでいたかった、と知ったことを後悔することもある。というのを、今月はテーマにしている。
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前にもここに、古本屋で日記帳を買うのが趣味のHくんについて書いた。昔の日記帳は本のような形をしているので、ガサッとたくさんの本をまとめて段ボール箱に詰めて売ったりすると、日記帳も紛れ込んでしまうらしいのだ。
今の「公開が前提」「不特定多数に見てもらうために書く」ブログなどと違い、紙にペンで書かれた日記は、とことん自分のためのものだ。
誰かに見せるものではないというより、誰にも見られたくないものだから、生々しい吐露や不都合な真実がある。Hくんも、それが読みたいのだという。
「たまに、有名人やその家族、芸能人やその関係者の日記など掘り当てたりしますけど、なんでもない市井の無名の人達の日記帳も、たまりません。
たぶん、作られたAVやポルノではなく、同僚や隣の家のそれを覗き見てしまったような背徳感、罪悪感もあるからでしょう」
ちょっとそれとは違うが、子どもの頃に心霊写真が大人気になった時代があった。映り込む怪しい顔や姿、ぼんやりした影も怖かったが、それより私は背景のなんでもない部屋や場所、町並にも奇妙なときめきを覚え、異様に惹きつけられた。
一生会うこともない人達の、結婚式や運動会や社員旅行。他人の生活感あふれる室内など、当時は見られるものではなかった。何の縁もゆかりもない普通の人達の生活を垣間見るのは、まさに隣家を除くような不思議な好奇心も満たされた。
その中には、私が生まれる前の時代に撮られた白黒写真もあった。私に会うこともない人、これからも会えない人、関わりを持つことのない人。その人達にも人生があり暮らしがあり心があるのだというのは、映り込む幽霊よりもなんだか心を揺さぶられた。
思えば今は、ネットの発達によって世界中の他人の顔や生活を見られるだけでなく、つながろうとすればできるのだ。しかしその大部分は見られることを前提にしてあり、飾ったり盛ったり隠したりしている。虚構も多いに入った、生々しさの乏しいものだ。
さて、Hくんはいくつかのコレクションを見せてくれたが、今はもう廃刊となっている雑誌編集長のそれが印象的だった。昭和三十年代に書かれていたもので、ときおり当時の有名人や芸能人のことも散見され、それも興味深いが。
彼が日記を書いてある紙に、ときおり奥さんが書き込みをしているのだ。彼は黒い万年筆、奥さんは青いボールペンで書いてあるし、字体が違うので区別できるのもあるが、
「嘘つき」「偽善者」「殺してやる」「私も死ぬ」
すべて不穏な書き込みの後に、「郁子」と署名してあるのだ。