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窪寺博士のダイオウイカ研究記-その20

2019-01-07 16:35
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    [本号の目次]
    1.2006年12月の調査の成果
    2.新HD撮影システムが捉えた映像
    3.漁業縦延縄にかかった漁獲物
    4.記者会見

    2006年12月の調査の成果

     12月の調査では初日にダイオウイカを釣り上げてしまったため、その後の調査を続けるかどうするか大いに悩んだ。生きて動き回るダイオウイカの映像は、直ちに東京に戻りニュース・メディアに流すだけの価値がある。だが、せっかく10日間の出張を組んで竹芝桟橋から一昼夜、“おがさわら丸”に揺られてたどり着いた小笠原父島である。磯部さんと話をしたいことは山ほどあるし、新人の乗子である岩本くんとも仲良くなりたい。計画通り、“おがさわら丸”の運航を一つ飛ばして調査を続行することにした。釣り上げたダイオウイカは、磯部さんの手配で小笠原父島漁業協同組合の冷凍庫に保管してくれることになった。
     12月としては海況が安定して、12月4日から10日の1週間で6回、小笠原父島東北沖で調査をすることができた。今回は新小型HDビデオカメラ撮影システムが4台手元にある。そのうちの2台を水深600mに、残り2台を800mと1000mに吊るし水深別の出現状況を調べることにした。記録媒体は60分のHDテープで、タイマーにより3分撮影、2分スタンバイとして約100分の稼働時間を確保した。LEDライトはフィルター無しの白色と、赤いパラフィンで覆った赤色を用いた。撮影システムのほか、漁業用縦延縄を3~4本、水深600~700mに入れて中深層の大型魚類やイカ類を釣獲することを試みた。これで前述のダイオウイカが釣りあがってきたのである。

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    小型深海HDカメラシステムを縦延縄に吊るして流す
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    旗流し縦延縄の旗竿の支度をする乗子の岩本くん

    新小型HD撮影システムが捉えた映像

      10月の調査で気付いた問題点をクリアーするため、仕掛けの長さを短くするとともに、ライトの横軸からナイロンテグスをV字型に吊り下げることにより、仕掛けのブレを少なくするように工夫した。しかし、赤色のフィルターを付けたライトは光量不足で、仕掛けを短くしても鮮明な映像はなかなか得られなかった。
     最も頻繁にカメラに捉えられたのはアカイカで、水深600~800mに多く出現した。仕掛けのスルメイカに接近したり、一瞬腕で抱き付いたりする映像が多かったが、イカ針に腕をひっかけて逃げようと暴れる姿も捉えられていた。赤色灯下では、仕掛けに接近する際や抱き付く際に一瞬体全体を白っぽく発光させることが観察された。アカイカは外套膜全体に網目状の発光組織を持っていることが知られているが、自然状況下で実際に発光する様子が撮影されたのはこれが初めてである。この時期のアカイカは産卵のため小笠原近海まで回遊してきた雌個体が主体であり、漁業用縦延縄でも外套長50㎝を超える大型個体が釣獲された。他、ヒロビレイカが水深600mで3回、1000mで2回出現した。その内の3回は、白色ライトに向かって大きく腕を振り上げて接近しており、明らかに攻撃行動と判断された。さらに水深800mと1000mのカメラにシュモクザメが捉えられた。仕掛けのイカ針に頭をぶつけて通り過ぎてから急激に反転してイカ針に襲いかかるシュモクザメの凶暴で俊敏な行動が記録された。大型のシュモクザメがこのような深海で泳ぎ回っている初めての映像記録となった。

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    イカ針に抱き付き外套膜を光らせるアカイカ
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    腕を大きく広げてカメラに接近するヒロビレイカ
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    イカ針に頭をぶつけるシュモクザメ、そのあと反転して攻撃をしてくる

    漁業用縦延縄にかかった漁獲物

     漁業用縦延縄には、前述のアカイカを始め小笠原縦延縄漁師のターゲットである大型のメカジキや海のギャングといった風貌のヒレジロマンザイウオ、深海カメラでは未だ撮影されたことのない大型のソデイカなどが釣りあがってきた。
     乗子の岩本君が慣れた手つきでさばいて、胃袋から餌生物を引っ張り出してくれた。メカジキの大きく膨れた胃袋にほとんど消化されていない特大のアカイカ1個体が入っていて驚かされた。が、よく考えてみると縦延縄のエサとして針掛けしたアカイカと判明した。その他には、消化途中の肉片と数個の顎板、寄生虫が入っていた。恐らく腹をすかしていたのだろう。また、胃壁には点々と潰瘍と思われる黒点が観察された。悠々と大海原を泳ぎ回るメカジキもストレスを感じることがあるのだろうか。いずれにせよ、この時期はアカイカがメカジキのような大型魚類の重要な餌になっていることが確かめられた。そのほか、磯部さんが漁師の手釣りを教えてくれて、島近くの根まわりで体長1mを超えるヒラマサや50㎝近くのバラハタを釣り上げたことも、楽しい思い出となった。小笠原父島の近海は大型魚の宝庫である。

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    縦延縄にかかったメカジキ、吻を除く体長は約1.5m
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    メカジキの胃袋、アカイカが丸のまま1尾入っていた
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    縦延縄にかかった体長1mほどの大型ソデイカ
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    磯部さんの指南で、手釣りで釣り上げた体長1mほどのヒラマサ
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    磯部さんの指南で、手釣りで釣り上げた体長50㎝ほどのバラハタ

    記者会見


     小笠原の調査から研究室にもどって1週間後、2006年12月22日国立科学博物館新宿分館で記者説明会を開いた。今回撮影したビデオ映像だけでは論文にならないと判断して、まずはニュース・メディアに発表することにしたのだ。文科省の記者クラブに情報を流したところ、大手の新聞社やテレビ局の科学報道関係者が35名ほど集まってくれた。4-5台のテレビカメラが放列する前で調査の概要と背景を説明し、60秒ほどに編集したダイオウイカの映像を紹介した。質問が飛び交い、発表会は1時間半ほどで無事終了した。
     このニュースは、その日の夕方にNHKをはじめとするテレビ放送局各社のニュース番組で紹介され、翌朝には毎日新聞の一面に写真入で大きく取り上げられたほか、大手各新聞の紙面にも掲載された。また、海外のメディアにはロイターとAP通信からインターネットを介して広く報道された。国内外の知人や頭足類研究者からコングラチュレーションのメールが送られてきたほか、海外の見知らぬ人から「罪も無いダイオウイカをなぜ殺してしまったのか」、「研究の名の下に、動物を殺して調べる必要があるのか」、「お前は科学者か、漁師か、馬鹿か」といったメールも受け取った。やはり、ダイオウイカ釣獲は世間をあっといわせる大事件であった。

     記者会見で配布した釣り上げたダイオウイカの動画の一部を紹介する。無断転写禁止 (撮影・コピーライト:窪寺恒己)
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