小説『神神化身』第二十話

「去りゆく僕の送る微妙に長い手紙

 この手紙は多分届かないんだと思う。

  というか、届けるつもりも今となってはない。嬉しかったことも悲しかったことも、全部僕が引き受けていくつもりだ。だから、これはただの気持ちの整理のようなものなんだ。三言(みこと)のちょっとした言葉から作ったあのSNSアカウントと同じ。微妙に長くて、少しだけ独りよがりな手紙になる。

 三言は本当にすごいよ。これは舞奏(まいかなず)だけのことじゃない。勿論、あのどこまでも伸びやかな歌声とか、人を圧倒するような存在感とか、一度見たら忘れられないような舞において、三言の右に出る者はいないと思うけれど。そして、その全ては全部僕の憧れだったけど。


 三言のすごいところは、周りの人間に影響を与えずにはいられないところなんだ。三言はいつも周りのことを気にかけてくれるよね。どんな小さなことでも三言は気がついてくれるし、見つけてくれる。僕が言ったちょっとした言葉とか、小さな不安も、何だって掬(すく)い上げてくれたよね。なんてことを言っても三言は首を傾げるだろうけど、そういうことをごく自然に出来る君が、どれだけの他の人の救いになっていたか。


 そんな三言だから、周りも力になりたいとごく自然に思うんだろうね。そうして漣(さざなみ)のように影響を及ぼして、人を導いていく。三言を北極星だと例えたのは、自分でもなかなか上手いたとえだと思う。遠流も比鷺も、何かを決める時は三言のことを思い出しているんだと思う。僕らはそうやって生きてきた。今まで導いてくれて、本当にありがとう。

 そう、この手紙を送るのは、……書こうと思ったのは、三言が舞奏競(まいかなずくらべ)に出ると知っているからなんだ。君は舞奏競に出るだろう。どんなことがあっても三言と舞奏を切り離すことは出来ない。あの美しい舞がこの世から失われるのは悲しいことだから、それはそれで仕方のないことなのだと思う。君と舞奏衆(まいかなずしゅう)を組むことになるのは、やっぱり比鷺(ひさぎ)かな。……比鷺には化身があるから。そうじゃなくても、比鷺はずっと舞奏自体には焦がれていただろうし。比鷺がなるとしたら、どんな覡(げき)になるんだろうと想像したこともある。比鷺は要領がいいし、頑張る時は頑張るだろうから、きっといい覡になるんだろうな。


 

 それを間近で見られないのは、やっぱり寂しい。


 本当は三人と一緒にいられなくなるのも悲しい。


 叶うなら、ずっと四人でいたかった。


 

 僕がいなくなったら、遠流(とおる)を起こすのは誰になるんだろう。ちゃっかりしてるから、僕がいなくなったら遠流は一人で起きて普通に帰るのかな。反動ですごく真面目になったりして。頑張る遠流っていうのが少し想像出来ないけど、なんだかんだ要領が良さそうだし、努力したら大物になるのかもね。遠流の世話を焼くのは嫌いじゃなかった。でも少しは感謝されたいな。今からでも遅くないから感謝してよね。

 悲しいことはたくさんあるけど、こうしてみんなの元を離れなくちゃいけなくなったことで、みんなのことを走馬燈みたいに思い出さなくちゃいけないことが一番悲しい。自分一人で引き受けていくって決めたのに、弱くてごめんね。でも、これからはもう弱音を吐かない。出来ることは何でもする。離れても三言と遠流と比鷺の幸せを願ってる。


 三言。どうか元気でいてね。あんまり頑張りすぎないで。君はただ、健やかに舞奏に向き合ってくれればいい。舞奏競に出た暁には、自分の舞奏が研ぎ澄まされていくことだけを喜んでほしい。三言が心の底から舞奏を好きだってことを、僕は知っている。君の幸せだけが僕の願いだ。それ以上のことは、もう望まない。


 これが最後のアドバイスになるかな。気づいたことがあるんだ。舞奏はカミの為のものだっていうけど、やっぱり観囃子(みはやし)に向けたものなんだと思う。そして何より、覡本人の為のものなんだと思う。送られた喝采も向けられた歓心も、カミじゃなくて三言の力になるんだ。だから、めいっぱい楽しんでほしい。三言の舞奏はきっとたくさんの人を幸せにするよ。これから始まる舞奏競は、きっと今までで一番素晴らしいものになる。


 

 今までありがとう。


 

 チーズケーキ美味しかった。忘れない。






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著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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