第2回The Ultimate Fighting Championshipをデンバーで見た。自分で望んだというよりも何となく見に行っただけ。本当にそんな感じで、お気楽な僕はお気楽にデンバーまで出かけただけだった。そこで見た衝撃的な惨劇続出の試合。その日から僕は恐怖に脅かされる毎日を過すことになる。
デンバーでの衝撃的で凄惨な試合が日本に伝わると、格闘技マスコミが誌面を割くようになった。始めは恐る恐る競合他誌の反応を覗いながら誌面を飾った本もあった。たぶん“どう扱っていいのか?”それを誰もが計りかねていたんだろう。何しろこれまでの格闘技の常識からは計れないような試合だったのだから。試合を素手でやって反則は目つぶしと噛み付きだけ。何よりも倒れた相手を上から押さえつけて素手のパンチや肘打ちを振り下ろす試合。現代でまたそんな試合をやったらマスコミはどう扱うのだろう? それほど扱いにくい試合だったのだ。
劇薬は上手く処方すれば驚異的に効く。あの日を境に格闘技界に新しい動きが生まれた。劇薬は常習的には使えない。だから今はあの時の試合は消えてしまったのかもしれない。
格闘技の専門誌だから色んな格闘家、様々な格闘技の専門家にツテはいくらでもある。ところが誰に聞いても分からないのだ。誰もそんなことをやったことはないのだから。本当のことは誰にも分からない。分からないのに、だんだんファンの興味は大きくなってゆく。人は自分の常識を超えたものに憧れるし、興味も抱く。それが神秘的であれば、より知りたいという欲がどんどん大きくなる。当時のグレイシー柔術はまさに神秘的な存在だった。
無差別のオクタゴンの中に入ると、ホイスはとても小さく見える。オクタゴンの中での闘いは常に暴力的な内容だった。素手で相手が動けなくなるまで押さえつけて殴る。これがグレイシー柔術を知らない、当時のオクタゴン内でのほとんどの闘いのスタイル。