第15回 ムエタイ修行記。
初のメーンをKOで勝った僕はタイへ修行に出かけた。もともとはシーザーさんが欠場しなかったら、すでにタイへ行っていたはずだったのだ。ムエタイは世界最強の立ち技格闘技とも呼ばれている。若手から一歩抜け出るために僕はムエタイ修行を計画していた。シーザーさんの欠場で少し延びたけど、僕はムエタイの聖地、タイのバンコクに修行へ行った。
タイにはシンサックが同行した。シンサックは当時シーザージムに週2回くらい指導に来てミットを持ってくれていた。その日を僕たちは“シンサックミット”と呼んで恐れていた。なぜなら、シンサックミットは疲れるのだ。
歩く、走る、ボールを投げる……全ての運動は、前に向かう時に一番力が入るように人の身体はできている。そもそも人は目が前にあるんだから、前に向かって何かをするように身体は作られているのだ。
同じミットでも持ち手が下がりながらミットを持つと、自分が上手く前に出られるから上手に蹴ることができる。だけど、シンサックミットはシンサックが前に出て来る。どんどん前に出て来る。さらに、シンサックミットは基本連打を要求する。一度蹴って、ミットが前に出て来たら間合いが狂うから上手く蹴られない。上手く蹴るには自分で下がって間合いを取り直す必要がある。後ろに下がって間合いを取り直して蹴るのは、前に出て蹴る何倍も疲れる。それを連打で続けるのだからシンサックミットは疲れる日なのだ。
僕たちは毎日きつい練習をやっていたから体力はある。それでもシンサックミットは疲れた。前に出て来るサンドバックを想像すればいい。そこにずっと蹴りを連打するのだから疲れてしょうがない。もっとも試合では相手は前に出て来る。それを冷静に間合いを取りながら、自分のバランスを崩さずに防御と攻撃を繰り返すのが基本なのだ。シンサックミットは辛いけど理に適ったトレーニングだった。