2002年に東海銀行は三和銀行と合併し、UFJ銀行となり、2006年には東京三菱と合併し、現在では三菱東京UFJ銀行となっているが、私は、東海銀行時代に、とてもお世話になった。ギャンブルのお金は全て東海銀行に預けていた。
2002年にみずほ銀行になった富士銀行も、法人口座でよく利用した。登記していない法人名でも、架空の名でも都市銀行に口座が開設できるゆるい時代だった。
裁判の名器証言で話題になってしまった基になる画家の二木さんの供述調書が作成できたのも、架空名義口座にお金を振り込んでいた人達を警察が虱潰しに当たったことから、二木さんの名が浮上したのである。
私は、自分の口座ではないと伝えた上で、男性たちに送金を頼んでいた。
検察が把握しているだけでも、七千五百三十万送金してくれた福本さんが振り込んだ先のほとんどが、大手都市銀行の恵比寿支店に開設した架空名義の口座である。一度の送金の最大金額は三百二十万円。この金額はタイ記録で二度あり、三百万、二百六十万と続く。
事件とは関係ない昔のことなのに、わざわざ当時、お金絡みで交際していた男性たちの調書まで作っている。警察は執念で、振り込みのあった男性全てに連絡をとったらしい。証拠開示で、私は彼らの名前や住所、生年月日や振込年月日、金額まで知ることになった。
多分、住所は消し忘れたのだろう。それらの情報を見ても、多くは思い出せなかった。
「一回三十万払いました」
「彼女に会いたかったのですが、お金が続かず諦めました」
男性たちは十年以上前のことをよくぞ覚えているものだと感心した。
「一回三十万もらって顔を思い出せないんですか。この男性は、五十万払ったと言ってます」
拘置所の接見室で、銀行口座の取引明細と供述調書を広げ、弁護人が呆気にとられた表情で私を見た。
「いやあ、三十万くらいじゃ覚えていませんね。しかも送金者の名前がカタカナだから余計わからないですよ」
「名前の漢字はわかります。警察が全部裏を取ってます」
弁護人の梶先生が作った見易いリストがあった。名前と日付と金額が、入金状況一覧という表になっていた。0がたくさん並んでいた。
「全部足したら家が何軒も建ちますよねえ」
弁護人を何度も苦笑させてしまった。
「一回や二回で記憶に残るセックスできる男性ってそう多くいませんよね」
真面目な男性弁護士は、しばし呆然とした。
私が上京した九十三年は、東京銀行と三菱銀行も別の銀行で、りそな銀行は大和とあさひだった。三井住友銀行に、わかしおは入っていなかった。
銀行の偉い人に知り合いが多かったのと、投資に携わっている人が身近にたくさんいたので、彼らは、私が年齢にしては大金を動かしているのを知ると、税金のことを教えてくれた。
公営ギャンブルの払戻金は、税法上の一時所得扱いとなり、税法上所定の控除額を越える利益は課税対象になるという。本来は、確定申告が必要らしい。しかも、負け分を税額控除できないという。その日のトータルでの差し引き金額ではなく勝ち分に対して課税されると聞き、驚いた。
メインレースで百万勝ち、最終レースにそれを全て張り、外れて百万負けたとすると、儲けは0なのに、メインレースで勝った百万に対して課税されるというのである。
2007年から2009年にかけて、競馬での払戻で得た所得を申告しなかったとして大阪国税局が所得税法違反容疑で男性を告発し、大阪地検が起訴した裁判が話題になった。外れ馬券の購入費について、必要経費と認めるべきだと被告人が主張した一審の裁判で、競馬の払戻金は、原則は一時所得だが、先物取引やFXなどの金融取引と同じく雑所得として認め、娯楽の域にとどまらない利益を得るための資産運用の一種と判断された。
この税金騒動で投資競馬を知った人もいるだろう。
投資にはリスクが伴うから、投資先をいくつもに分けてリスクを分散するのは常識だ。私が複数のギャンブルに賭け、複数の男性と同時進行していたのも、リスク分散の為である。
私は、後に登場する大学で数学を専攻しているたっくんに難解な数式で投資リスクの説明を受けた。それは、説明というより説得で、ギャンブルをやめてほしいという懇願だった。
一回の投資で失敗する、つまり一レースで馬券が外れるという破産リスクが百分の一でも、賭けるレースの回数が大きくなると、破産確率は急激に倍加するという。
「1回でも式にゼロが含まれると、掛け算の積がゼロになるのはわかるよね。そこで資産は消失するんだよ。どんなに小さくても破産リスクがある限り、長期的には確実に破産する。1回のレースで大勝ちするハイリターンの投機より、そこそこのリターンが見込める長期的な投資の方が、最終資産を大きく出来る可能性は高いんだ。しかも競馬は二十五%も寺銭をとられるんだろう。そんなギャンブルを続けていたら、絶対に破綻することは数学で証明できる」
と言って、美しくエレガントな数式を紙に書き始めた。