久野
です。

戦後は「明治維新」と呼ばれがちになった、
幕末から王政復古を経て近代化した過程は、
我が国の歴史においても誇るべき軌跡です。

近代化に成功したどの国も、結果で見ると
「王様や皇帝にちょっと引っ込んどいてもらう」ことで
厳しい国際社会を生き抜いてきました。

ところが日本だけは逆に、
君主制としての建国の原点に立ち戻る
という方法によって難局を切り抜けました。

王政復古の大号令の中でも、

「諸事神武創業之始ニ原キ」

と述べられていることが知られています。
そのおかげで、我が国はフランス革命や
ロシア革命のようなものを引き起こすこともありませんでした。

たまに「日本は革命を経験していないから
(≒国民でよってたかって天皇を引きずりおろすことがなかったから)
本当の民主主義国家ではない」

などと言う全共闘世代の論者もいますが、
2000年以上にわたって
同じ国のかたちが続いてくれたことに対する
感謝や畏敬の念がないとしか言い様がありません。

戦後は王政復古すらもやや否定的に捉えられ、
日本が“日清日露戦争という侵略戦争”
を行う下準備であったかのような学問的主張が為されてきました。

近年の幕末ブームも手伝ってか、
ようやくそれらも下火になってきましたが、
今度は「明治維新は長州藩による謀略であった」
という主張が注目を浴びるようになってきています。

戊辰戦争の時など、相手方を挑発し破るための
数々の謀略があったことは間違いありませんが、
極端なものでは「明治天皇は長州藩士がすり替わった」
とまで主張されています。

これが本当ならば、すでに今の日本は
皇統に連なる天皇を戴く(戴いてきたと国民が信じて国家を支える)
日本とは言えません。

これはもう、「明治政府の中心となった
長州・薩摩から見た歴史観がなんでも正しいのか?」
といったレベルの話ではないのです。
形を変えた王政復古批判、
あるいは隠れ蓑を着た自虐史観とでも言えましょうか。

【久野潤チャンネル】では今週から、
「近代を作った群像」と題したシリーズでお送ります。
第一弾は長州藩です、

このような議論の中で
王政復古(明治維新)の価値に
自信がもてなくなっている方もぜひご覧下さい♪

( 久野 潤 )