こんにちは。ゴールデン・ウィークの合間もきっちり働いているマクガイヤーです。
前回の放送「最近のマクガイヤー 2017年4月号」は如何だったでしょうか?
『イップ・マン 継承』はあんなに面白いのにイマイチ盛り上がってないので、是非とも観に行って欲しいです。
マクガイヤーチャンネルの今後の予定は以下のようになっております。
○5月4日(木)20時~
「クトゥルフ神話と『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』」
3/4より『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』が公開されております。
この映画、最近の大長編ドラえもん映画の中でみても面白いばかりか、どうみてもクトゥルフ神話の一編である『狂気の山脈にて(狂気山脈)』をネタ元にしているのですよ。
そこで、大長編ドラえもん映画とクトゥルフ神話双方の視点からみた『のび太の南極カチコチ大冒険』について解説致します。
是非とも映画本編を視聴した上でお楽しみください。
○5月20日(土)20時~
「最近のマクガイヤー 2017年5月号」
いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。
詳細未定
○6月3日(土)20時~
「俺たちの『コブラ』」
ヒューーッ!
『コブラ』といえば、1978年から『週刊少年ジャンプ』で連載が始まり、その後も掲載誌を変えつつ断続的に継続しているご機嫌なSFアクション漫画です。
自分は親父の本棚から盗み読みして以来、『コブラ』が大好きなのですが、21世紀になっても新作アニメが発表されたり、実写化企画が進行していたり、ネットでMAD映像やコラ画像が発表されたりと、断続的に盛り上がっているコンテンツでもあります。それは まぎれもなく ヤツさ!
そこで、ゲストとして同じく『コブラ』が大好きなオタク大賞名誉審査員のナオトさんに出演して頂き、おっさん二人が『コブラ』の元ネタや成り立ちについて解説したり、傑作エピソードについて語り合ったり致します。
盛り上がらなかったら……笑ってごまかすさあ!
○6月後半(日時未定)20時~
「サバイビング・ジブリ ジブリ・サバイバーとしての米林宏昌と『メアリと魔女の花』予想」
7/8より元スタジオジブリ現スタジオポノックの米林宏昌監督による期待の新作『メアリと魔女の花』が公開されます。
米林監督といえばカオナシのモデルで有名ですが、「麻呂」という仇名をつけられつつも、後進を育てられないことで有名なスタジオジブリで『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』という長編作品をしっかり形にして発表できた稀有な監督でもあります。
そしてこの二作には、あまり知られていませんが、スタジオジブリについてのメタ的な意味が込められてもいるのです。
そこで、『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』の秘められた意味について解説しつつ、『メアリと魔女の花』について予想したいと思います。
是非とも『借りぐらしのアリエッティ』、『思い出のマーニー』を視聴した上でお楽しみ下さい。
○7月前半(日時未定)20時~
「『ハクソーリッジ』と天才変態監督メル・ギブソン」
6/24よりメル・ギブソン久々の監督作である『ハクソーリッジ』が公開されます。
本作は2017年の第89回アカデミー賞において録音賞と編集賞を受賞しました。これまでどう考えても落ち目だったメル・ギブソンにとっての復活作なのですが、『ブレイブハート』『パッション』『アポカリプト』といったこれまでのメル・ギブソン監督作を観ていた我々には分かっていたことです。
メル・ギブソンが、稀代の変態にして天才映画監督であることを……
そこで、俳優・監督としてのメル・ギブソンについて振り返りつつ、『ハクソーリッジ』について解説したいと思います。
是非とも『ハクソーリッジ』を視聴した上でお楽しみ下さい。
○7月後半(日時未定)20時~
「最近のマクガイヤー 2017年7月号」
いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。
詳細未定
お楽しみに!
さて、今回のブロマガですが、前回、前々回に引き続き、「科学で映画を楽しむ法」 第4回として、『攻殻機動隊』(と『シャブ極道』)について書かせて下さい。今回で一段落です。
前回に引き続き、
原作漫画を『攻殻機動隊』
95年に発表された押井守監督のアニメ映画版を『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』
先日公開されたルパート・サンダース監督の実写映画版を『ゴースト・イン・ザ・シェル』と表記します。
●主人公が俺ジナルで狂った価値観を追い求める映画
映画は、大きく二種類に分けられます。
・「観客が主人公に共感できる映画」
・「観客が主人公に共感できない映画」
の二つです。
で、後者の一つに、「主人公が俺ジナルで狂った価値観を追い求める映画」という定型があるのですよ。
・主人公が世間の常識や良識から外れた俺ジナルな価値観を持ち、俺ジナルなライフワークに邁進している。
・主人公は人格的に破綻したダメ人間であるが、一方で凡人にはない強烈な魅力や能力を持っており、様々な人間がそんな主人公にシビれ、憧れ、協力する(中でもヒロインはダメさも含めて主人公に惚れ抜いている)
これに含まれる映画は、『エド・ウッド』、『ナイトクローラー』、『X-ミッション』、『風立ちぬ』、そして数々のヤクザ映画……と、枚挙に暇がありません。それぞれの映画の主人公は、「映画製作」、「パパラッチ」、「エクストリーム・スポーツ」、「美しい飛行機制作」、そして「任侠道」や「やくざ業界で大物になること」に憑りつかれ、狂っているわけです。一般人はそんな主人公のことを馬鹿にし、排斥しますが、ごくごく一部の理解者は主人公に惚れ抜き、主人公の「夢」をかなえようと手助けします。
たとえその「夢」が反社会的なものであっても、です。
おそらく、このお話の原型は『白鯨』にあります。『白鯨』の背景となる広大な海は「人生そのもの」であり、エイハブ船長がモビー・ディックを追い求める理由――単なる復讐心と呼ぶにはあまりに狂っている尋常ならざる執念――は「神や自然への挑戦」「時代への反発」「無意味な人生に意味を与えるもの」……と様々に解釈されています。海もネットも広大ですね。
●俺ジナル映画としての『シャブ極道』
中でも『シャブ極道』は、この種の映画の代表作にして傑作だと思います。
『シャブ極道』は96年に公開された役所広司主演のヤクザ映画です。題名通り、シャブが好きで好きで堪らない主人公がヤクザ界で成り上がっていく姿を描いている……と書くとクレイジーな映画に思われるかもしれませんが、実際観てみると。笑いあり、涙あり、最後はちょっと感動させる、堂々のエンターテイメント映画だったりします。なおかつ、90年代という時代の閉塞感を打ち破ろうとした作品だったりもします。
まず冒頭、昨夜ヤリ散らかした裸の女の横で眼を覚ました役所広司演じる主人公が、スイカに塩ならぬ覚醒剤の白い粉をふりかけ、美味そうに齧り付きます。主人公は「身体に悪い」と酒もタバコもやらないのですが、覚醒剤だけは「身体に合う」とやりまくります。親分に無理やりタバコを吸わされると体調が悪くなって倒れたりもします。
主人公は本気で「シャブが人類を平和にする」と考えており、組長に成り上がると、捕まったり組が破産したりするリスクを背負ってでもシャブを売りまくります。覚醒剤をしゃぶしゃぶに入れた「シャブしゃぶしゃぶ」や、覚醒剤入りローションセックスなどが「笑い」として描かれます。事務所にはメタンフェタミン合成法発明者である旧帝大の長井長義教授の写真が貼ってあるというネタには爆笑しました。
で、役所広司はちょう楽しそうにシャブ大好きな主人公を演じているのですが、観ていると、不思議なことに、なんだかこちらまで楽しくなってくるのですよ。世間のしがらみや常識から開放された役所広司が、心の思い向くまま大阪弁で笑ったり怒ったり、他人を愛したり殺したり……そんなキラキラ、いやギラギラした姿を観ていると、シャブ狂いの役所広司のことがどんどん好きになってきます。
ヤクザ映画、特に実録映画で描かれるヤクザ界は、世間の縮図にほかありません。劇中、様々なルールや慣習の下で生きているヤクザは世間の世知辛さや生き辛さに苦しみますが、これらは高度経済成長社会以後のサラリーマン社会や、ご近所間における井戸端会議的地縁が無くなった後の地域社会を象徴しています。
特に、『シャブ極道』が公開された96年は、前年にオウム・震災・酒鬼原と90年代の日本を代表する事件が連発し、バブル後の混迷がいよいよ深まった時期でもありました。本作は終盤、阪神大震災が起こった神戸を舞台にしてもいます。そんな世界を「シャブ大好き!」という狂った価値観――されど凄まじいエネルギーを持った価値観で突破する役所広司が、物凄く魅力的にみえてくるのです。
そんなわけで、早乙女愛演じるヒロインも、リーダーこと渡辺正行演じる弟分も、その他子分たち(のほとんど)も、駄目さ含めて役所広司に惚れ抜いてしまいます。もう、みんな役所広司のことが死んでも良い位に大好きなのです。
でも、時代が進むと「シャブ大好き!」という価値観が許されなくなってきます。組織が大きくなったり家庭を持ったりすると、背負ってしまうものがあるわけです。もう子供の心のままではいられません。にも関わらず、役所広司は変わらず子供のままキラキラしているのです。それがまた切ないのですが。
●『シャブ極道』における「シャブ」とはなにか
ここで面白いのが、藤田傳演じるライバルの立ち位置です。藤田傳は日本最大の暴力団の若頭なのですが、彼は心の底からドラッグを憎んでいて、暴対法が施行された現代で生き残るため、組織から覚醒剤を一掃しようとしています。普通に考えれば、藤田傳の方が正しいわけです。「正しさ」や「良識」や「大人」を象徴する藤田は、常にスーツに身を包んでいます。
実録映画成立以前の任侠映画の定型として
「主人公率いる昔ながらの仁義を重んじる“良い”ヤクザ組織が、仁義を無視して勢力を伸ばす“悪い”イケイケ暴力団の抗争に巻き込まれ、当初は巻き込まれまいと踏ん張るも、ついに堪忍袋の緒が切れて殴り込みをかける」
というのがあります。
『シャブ極道』はこの定型もきちんと踏まえているのです。「昔ながらの仁義」が「覚醒剤のシノギ」という形になっているのですが。
つまり、『シャブ極道』はいわば「覚醒剤のファンタジー」なのです。シャブが身体に合う人間なんているわけないし、シャブで世界が平和になるわけもありません。しかし、本作における「覚醒剤」は「世間」とか「世の中の良識」といったものに抗するなにがしか――「純粋さ」「聖性」「自由」「反体制」……といったもの――の象徴なわけです。
●『シャブ極道』と『攻殻機動隊』の「進化」
映画の終盤、追い詰められた役所広司演じる主人公が、あわや交通事故という場面で急死に一生を得るという体験をします。その後、こんなことを言い出すのです。
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