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遺言 その5 2015/11/16
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分子時計という概念をご存知でしょうか?
ヘモグロビンは血中での酸素運搬に関わる蛋白質です。酸素呼吸をする生物ならどんな生物でも必ずヘモグロビンを持っています。
ヘモグロビンは約140個のアミノ酸が直列に結合した蛋白質で、生物ごとに、アミノ酸配列に若干の違いがあることが知られています。たとえば、ヒトとゴリラは1個、ヒトとウマは19個、ヒトとイモリは63個のアミノ酸が異なります。
一方、化石から、ヒトとゴリラは約650万年前、ヒトとウマは約7000万年前、ヒトとイモリは約3億6000万年前に、種として分岐したことが分かっています。
1962年、ZuckerkandlとPaulingは、ヒトとその他動物とでヘモグロビンのアミノ酸が異なった数を縦軸、分岐した年代を横軸にとった二次元グラフをプロットしました。
すると、なんということでしょう、プロットが一直線上に並ぶではありませんか!
共通祖先の化石が発見されていない生物でも、ヘモグロビンのアミノ酸配列を調べて、このグラフにあてはめれば、いつヒトと分岐したか推測できる――これが分子時計の基本的な考え方です。
アミノ酸配列はDNA配列によってコードされており、こちらを調べる方が簡単で、情報量も多くなります。
その後、DNAシーケンサーと、そこから生み出されるデータを解析するコンピューターの発達・低コスト化により、DNA配列を比較することで種の分岐や起源や移伝播を調べる研究は大規模化・一般化していきました。生物ごと、遺伝子ごと、DNAの部位ごとに突然変異が起こる確立――塩基配列置換速度が異なることや、地域や年代で塩基配列置換速度が異なる可能性があることなどが分かってきましたが、比較する遺伝子をエビデンスのあるものに限定したり、時には染色体まるごと、ゲノムまるごとを比較することで、この種の研究――分子遺伝学や分子系統学と呼ばれる学問は発達していきました。
たとえば、全ゲノム解析と比較を行った結果、ヒト属とチンパンジーが分岐したのは約600~760万年前、ヒトとゴリラが分岐したのは760~970万前ということが推定されました。地層や極地の氷を調べた研究から、この頃、アフリカ大陸は乾燥化し、森林が縮小して草原が拡大していたことが分かっています。遺伝子プールの変化――種の進化は環境への適応からおこります。つまり、ヒトがその他のサルと分岐したのは、それまで棲んでいたジャングルからサバンナへと変化した環境に適応せざるを得なかったことが関係しているのではないか、といわれています。
化石からDNAを精製し、ヒトと比較する研究も行われました。ヒトは約280万年前に原人、20~200万年前にホモエレクトス、20~70万年前にネアンデルタール人との共通祖先と分岐したと推定されています。分岐年代の幅が広いのは対象とする遺伝子、染色体、ゲノム、サンプルごとに結果が異なるためです。
世界中に棲んでいるヒトからDNAを採取し、遺伝子を比較し、起源や伝播を調査する研究も行われました。我々が属するホモ・サピエンス(・サピエンス)という(亜)種は、およそ20万年前のアフリカ人祖先集団に由来することは間違いなさそうです。
ところが、更に解析を進めてみると、理屈に合わない部分があることが分かってきました。20万年が経過しているにも関わらず、遺伝子のバリエーション――多様性が少なすぎるのです。この20万年の間、宇宙から降り注ぐ放射線量が減るとか、がん抑制遺伝子が出現するとかいった、突然変異発生率がぐっと下がるような出来事はありませんでした。つまり、20万年の間、ヒトの塩基配列置換速度は一定だと考えられるにも関わらず、塩基配列置換が少なすぎるのです。
これは、人類史のどこかで大量絶滅が起こり、ボトルネック効果が生じたことを意味しています。複数の大規模なDNA比較から、約7万年前に人類の総数が約2000~1万人まで減少したこと、地学的な調査から、約7~7.5万年前にインドネシアのトバ火山でカテゴリー8の大規模な噴火が起こったことが分かりました。
同じようなボトルネック効果は他の年代でもみつかっています。
ミトコンドリアのDNAは母方から、Y染色体のDNAは父方から受け継ぎます。これを調べていくことで母方、父方の共通祖先から分岐した年代を調べていくことができます。最近、Karminらによる研究から、約8000年前にY染色体の伝播にもボトルネック効果が生じていたことが分かりました。一方で、ミトコンドリアDNAの多様性は正常でした。統計学的な計算の結果、この時期に生殖可能なヒトのうち、自身のDNAを後世に伝えることができた男は女性の17分の1しかいないことが分かりました。
約8000万年前といえば、新石器時代に人類が農耕や牧畜を始め、食糧生産が安定化した時期にあてはまります。それまで狩猟採集で飢えを凌いでいた人類が農耕や牧畜を始め、貧富の差が生じ、富める男性や、種族間競争で勝ち抜いた一族が、一夫多妻制をとったりハーレムを作ったりした――そんな仮説が考察されています。
一方、ミトコンドリアDNAの伝播にボトルネック効果が生じたというような報告は、これまでのところほとんどありません。一妻多夫制をとる民族も、女性専用のハーレムも、文化人類学的・歴史的にマイナーな部類に属します。
ヒトは動物の一種族である以上、できるだけ多くのコピーを次世代に残したいという欲求からは逃れられません。しかし、その欲求の表出には、男女間で差があるようです。
A子さんが祖父の「愛人」の存在を知ったのは、例のSNSを通じてだったそうです。
祖父のコミュニティに参加していたメンバーは様々な年代に渡っていましたが、最も多いのは30~40代、それも独身の男が多かったそうです。女性はマイノリティの部類に属していたそうです。ちょっとしたカリスマや有名人の周りにには、似たような人間ばかり集まる傾向があるといいますが、祖父のコミュニティもそうだったのかもしれません。
A子さんは30代前半、見目麗しく、特に太っても痩せてもおらず、服装もお洒落すぎず地味すぎず……なによりも、きちんとこちらの顔を見て話しますし、受け答えのタイミングも自然です。こちらが答え難い質問をしても、機知に富んだ言葉を返してきます。おそらく、占い師という客商売も関係しているのでしょう。
つまり、A子さんは魅力に溢れた女性です。だから、ある時、A子さんはメンバーの男性から交際を申し込まれました。A子さんは交際をやんわりと断ったそうです。そういう目でその男性をみたことなかったものですから――A子さんはそう表現しましたが、祖父の周りに集まる人間が、祖父が持っていたものとどこかしら同じ要素を持っている傾向があるのだとしたら、A子さんが断った理由も納得できます。
「たぶん、その人は私と貴方のおじいさんが男女の仲だと勘違いしたと思うんです」
後日、その男性から送られてきたメッセージには、祖父に複数の「愛人」がいること、その「愛人」たちの名前がずらりと並んだリスト、おまえは所詮この中の一人に過ぎず、大事にされていないのだから、祖父と別れるべきだ――そんな内容が書いてあったそうです。
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