恐ろしくも魅惑的?な、奇跡の治療薬
新しい薬と聞けば、すぐに試したくなり、長寿、健康、美、幸福などそのすべてを手に入れようと、人々は過去にありとあらゆる種類の薬やドリンク剤を数えきれないほど服用してきました。いくつかの薬は、さして害がなかったり、身体によいものすらありましたが、中には明らかに危険なものも存在しました。
今回、その大昔アメリカ人がかつて取り入れていたと、恐ろしくも魅惑的な、奇跡の治療薬のいくつかをご紹介してみます。現代ではありえないものばかり。
01.ミートジュース(肉汁)
「拝啓、私どもの病院で貴殿の『ミートジュース』を異なる症例に用いましたところ、結果はまさに期待を超えるものでした」。1872年4月16日、ウォルター・リード医師がマン・S・バレンタイン氏に宛てた手紙です。「処方した患者は、劇的に食欲と気力が改善されました。これまで数々の肉の調合剤を試しましたが、貴殿の製品が群を抜いて最も実用的であると考えます」
その数か月後の1873年2月、W・M・ブロディ医師も同じく次のように書き記しています。「ずば抜けて優秀な、時代の薬食というべきでしょう。あるご婦人は1ダースほど服用したそうですが、まったく飽きないそうです」
「バレンタインのミートジュース」は、マン・S・バレンタインが考案し、特許を取得した瓶入りの肉エキスで、当時、あらゆるものに効くとされた魔法の薬でした。
もともとバレンタインがこの薬を作ったのは、病気の妻のため。1870年、寝たきりで何週間も食事がのどを通らない妻の姿を見て、完璧な強壮ドリンクを作ることさえできれば妻を治せる、という考えに取り憑かれた彼は、「新鮮な生肉に蓄えられている滋養豊富な貴重成分」を抽出する方法を考案。完成したエキスを妻に飲ませたところ、みごとに回復したので、このエキスの特許を取って瓶に詰めて売ることにしたのです。
当時の医師だけでなく、ガーフィールド大統領といった著名な愛飲者たちの喧伝が功を奏して、またたく間に多くのアメリカ人(多くの外国人も)が、元気がでるという効能を信じるようになりました。
この成功によって大金持ちになったバレンタインは、芸術品や工芸品のコレクターとしても名を馳せ、これが彼の故郷ヴァージニア州リッチモンドに設立されたミュージアムの基礎となっています。人気にいささか陰りが出はじめたのは、有名な殺人事件にミートジュースが使われてから。1889年にフローレンス・メーブリックという女性が、夫を殺害するのにヒ素を混ぜたミートジュースを利用したのでした(ちなみにバレンタイン・ミートジュース・カンパニー自体は、1986年まで経営が続いていました)。さて、ヒ素といえば、これも昔は治療薬でした。
02.ヒ素
ヒ素を肌に塗ったり、内服したりすると、顔の色つやがよくなると言われていました。おそらく毛細血管が収縮して、赤血球が壊れてしまうせいかもしれません。ヒ素が含まれている製品は、いくつかのブランド名で市販されており、少量であればまったく安全とうたわれていましたが、当然ながら健康によいわけがなく、長くもてはやされることはありませんでした。
03.ガラガラヘビのオイル
1800年代後半、アメリカにやってきた中国系の移民たちが、塗り薬として用いられていた水ヘビの油を持ち込みました。中国の水ヘビの油にはオメガ3脂肪酸が多く含まれていて、関節に塗ると炎症を和らげる効果が実際にあったのですが、これを見たアメリカ人は、ガラガラヘビで独自のオイルを作って売るというアイデアを思いつきます(残念ながら中国水ヘビはアメリカには生息していませんでした)。疑うことを知らない大衆は飛びつきましたが、特に有名な製品にヘビの成分など何ひとつ含まれていなかったことが発覚、それ以来、英語で「snake oil」というと「いんちき薬」を意味するようになったのです。
04.レンズ豆の粉
「Ervalenta」という名前の万能健康食品として、水や牛乳で溶いて摂取する乾燥粉末が販売されていました。メーカーの主張はこうです。「栄養価が高く、非常に好ましいこの粉末食品は、薬やその他の人工的手段の助けを得ずとも、自然な活力と精力を迅速に取り戻し、慢性便秘や消化不良、痔、便通および胃腸の不調に由来するあらゆる病気を劇的に治します」。
なんともひどいのは、この製品が基本的にはただのレンズ豆の粉に少々のコーンスターチを混ぜたものでしかなかったことでした(レンズ豆は、高タンパクのパスタの材料にはなっても、奇跡を起こすような代物ではありません)。
05.コカイン
南アメリカの先住民がコカの葉を噛んで覚醒効果を得ていたことが発見されてから、アメリカ人はすぐさま医療に用いるためにコカのエキスの合成をはじめます。このエキスは、神経によい気つけ薬のほか、うずきや痛み、消化不良、枯草熱、疲労、憂鬱など、あらゆる疾患の治療薬として大きくもてはやされ、ワイン、歯痛の点薬、のど飴、医薬品などのほか、1900年初頭に中毒患者が急増したのをきっかけに、用いられることはなくなりました。
06.放射能水
放射線が発見された当初、大ブームを巻き起こしたのが放射能水です。当然ながら安全だと宣伝されて売られていました。なぜなら、世界中の多くの温泉地などでもわずかに放射性を帯びた水は自然に存在しているからです。
しかし、イーベン・バイヤーズという当時有名な実業家で社交界にも名を馳せていた人物が、「Radithor(レディトー)」という人気ブランドの製品を1日に3瓶飲むという習慣を続けた結果、放射線による病気で死んでしまいます。これをきっかけに、放射能水は廃れました。バイヤーズは、鉛で覆われた棺で埋葬されたと伝えられています。
Laura Sant/6 Health Fads From The Past That Sound Crazy In The Modern Age (Meat Juice, Anyone?)
訳/Maya A. Kishida