おいしい料理が生まれる「キッチン」という舞台裏。料理写真だけでは伝わらない、作り手のこだわりやストーリーがたくさんつまっています。

前編」に続き、ご紹介するのはイラストレーター・こぐれひでこさんのキッチン。今回は食卓を豊かにする「食材」のお話。冷蔵庫の中まで惜しげもなく見せてくれました。

海と山の幸に恵まれた三浦半島。週に1回の買い出しが楽しみ

野菜室は、お米の袋を仕切りにしている。「今日は食材が全然ないの。明日には買い出しツアーに出かけなきゃ」

「何でも聞いて、何でも撮って」と言ってくれたので、お願いしてみました。「こぐれさんの冷蔵庫が見たいです」。

いつも副菜や薬味、フルーツやデザートまでが登場するこぐれさんの食卓を守る冷蔵庫は、さぞかし大きいのだろうと想像していました。しかし、大きいけれどあくまでも家庭用の冷蔵庫が1台、そして入らないときはフォトグラファーのTORUさんが仕事で使う冷蔵庫(フィルムを保管しておくための)の一部を借りることもあるそうです。

「食べきれなかったものを翌日に食べたりすることはあっても、作り置きはしませんね。だって時間があるし(笑)、1週間の献立を考えるなんてことができるほど器用じゃないから。そのときに食べたいものを作るのが楽しいですね。足りないものをすぐ買いに行けるような便利な場所ではないから、なければ工夫する。それもいいでしょ

「あごだしと薄口しょうゆがあると便利よ、白だしは玉子を焼くときにね」と調味料の説明をしてくれる。

食材の買い出しは、週に1回。三浦半島は、海の幸だけでなく、山の幸にも恵まれていて、レストランに卸すような珍しい西洋野菜を作っている農園もあり、しかも鎌倉野菜より手頃だとか。あちこちを回って「これ、食べたい」と思ったものを買い、何を作るかはあとで考えるのがこぐれさん流。

こぐれさんが食材を買いに行く「高梨農園」で折ってもらった保存袋。いくら真似しても同じようには折れないので、米袋で代用するように。 フルーツは冷蔵庫に入れず、無造作にかごに置いておくことも。

「TORU君と買い出しに行くようになったのは、ここで暮らしてからですね。昔は一緒に買い物をする友だち夫婦をうらやましいと思っていました。今は一緒に買い物に行って、一緒にキッチンに立つ。それがここで暮らしてからの最大の変化かな」

難しい品種にも次々と挑戦。TORUさんの野菜作り

テラスから見下ろすと、作業していたTORUさんの姿が。 森のような庭にさまざまな野菜が植えられている。

豊かな食卓を支えるのは、三浦半島の恵まれた海と山の幸。そして、TORUさんが畑で作る野菜も欠かせません

もともと青葉台の家でも屋上で野菜を作っていたそうですが、秋谷では種類も増え、難しい野菜にも挑戦。フリゼレタス、セルバチコ、ラディッシュ、ふき、スナップエンドウ、そらまめなど、「ごはん日記」でも、サラダやガルニチュールなどで、TORUさん作の野菜がたくさん登場しています。

やわらかくておいしいTORUさん作のフェンネル。取材にうかがった日は、根っこがダイニングルームに飾られていた。

フェンネルやアンディーブなどのほか、この冬に栽培に成功したのが「プンタレッレ」。イタリア・ローマでよく食べられる冬野菜で、こぐれさんはイタリアで食べて以来、「ここ10年ぐらい、『ごはん日記』で布教活動に努めているのに、全然広まらないの! おいしいのに!」というほど惚れ込でいるのだとか。

日本ではプンタレッラっていうんだけど、複数形だから『レ』で終らなきゃいけないの。それが私のこだわり。『ごはん日記』でアレ? って思う人もいるかもしれないけど、『レ』ですからね(笑)。TORU君が作ってくれるから、来年も布教活動をがんばらなくちゃ」

仕事がのらないときは、キッチンへ。最高の息抜きの場所

こぐれさんにとって、キッチンに立つ時間はどんなときかをたずねると「ん~、息抜きにはなりますね」という答えが。

仕事がはかどらないときは、ここに来て料理を始めたり、冷蔵庫の中を調べたり。作り始めると楽しくなっちゃって、もう仕事には戻れません(笑)」

秋谷に来てからキッチンに立つようになったTORUさん。「お料理本を見ながら作るような凝った料理はTORUくんが担当なの」とこぐれさん。

「食べる量も飲む量も、ずいぶん減りましたね」とこぐれさん。それでも1日に3回キッチンに立つのは「だって老人は、他にすることないし(笑)。ちゃんとした用事は食事ぐらいですから」と冗談めかして笑います。

「以前はとにかく忙しかったから、料理をするのもすごくてきぱきしていました。今は時間があるからぐずぐずしてる。だけど楽しいの。食べるのも作るのも、どちらも好きですね。でもTORU君と何を食べようかって話しているのも楽しいの

日当たりのよいサンルームにはハーブ類の鉢が鎮座し、干し網がかかる。

住まいにスタジオと畑があって、作業を終えたTORUさんとふたりで食卓を囲むのは、青葉台時代も今の家でも同じ。ちょっと変わったのは、今は一緒に料理をすること。こぐれ家の歴史を語るには、食は切り離せないキーワードです。

次回はキッチンを少し離れ、リビングやダイニング、寝室、そしてバスルームまで。こぐれ夫妻のお住まいを紹介します(6月末公開予定)。

前編はこちら

ごはん日記の舞台裏。キッチンの「ガラクタ」は宝物/こぐれひでこさん[前編]

こぐれひでこ
1947年埼玉県生まれ。イラストレーター。大学卒業後パリに住む。帰国後デザイナーとして活動した後、イラストレーターに転身。食や暮らしに関するイラストやエッセイを中心に執筆。「こぐれひでこのごはん日記」は2000年2月スタート。朝昼晩の食事をバランスよく、かつバリエーション豊かに食べること。それが人生の楽しみ。

撮影/小禄慎一郎

こぐれさんちの食材で

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