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  • 思想メモ8

    2018-07-08 05:15
    対称性思考=「分類上違うものの間に深い共通性のあることを見出す能力」
    無意識的思考の基底にあるのは対称性思考であり、このうえなくパワフルな思考である
    ホモサピエンスとして誕生して以来この思考が働いており、いまでも強弱はあるが作動し続けている
    神話的思考を生み出してきた無意識は、芸術・哲学・科学的創造・経済生活などにおいて、いぜんとして大きな働きを行なっている

    無意識は数万年前ホモサピエンス(現生人類)の脳組織におこった革命的な変化をきっかけにして形成され、私たちの「心」の基体を形づくってきた
    このとき、分化された知性領域を横断する流動的知性が発生
    流動的知性は、脱領域性、高次元性、対称性などの特徴を持っている
    比喩、象徴表現などを使い、異なるものをつなぐ知性
    対称性思考の特徴=(全体把握、情緒性、矛盾をはらむ、多方向的、自在性)

    過去と未来がひとつに融合して、神話的思考における「ドリームタイム」(夢の時間)と同じ無時間的表現をつくりだしている
    個体同士をつなぐ同質的な「流れるもの」が発生して、個体を包摂する「種=クラス」の働きが前面にあらわれてくる
    「心」の基体では、部分と全体が一致し「心」は無限の広がりと深さをもつものと思考されるようになる


    人間の思考=非対称性思考(意識的・論理的思考)+対称性思考≡バイロジック(二重論理、2分心、複合ロジック)


    区別し、分離し、論理的につなげる非対称性思考 その働きの極限として「神の概念」「国家」「資本主義経済」等々が出現


    「一神教」と「国民国家」と「資本主義(グローバリゼーションもその延長)」と「科学」は形而上学の形態としては同型
    これらの「圧倒的な非対称」が支配する無意識が抑圧された時代(アンハッピー状態)が続いている
    対称性無意識の働きによってこの形而上学化された世界を「自然化」する
    「一神教の神」をふたたび「自然」に接合する


    言語:無意識の自律的な「みずからを構成しつつある秩序」と、すでに出来上がっている言語体系としての「すでに構成された秩序」とがお互いにせめぎあい具体的な言葉が語りだされる
    贈与と交換:対称性/非対称性からとらえ直される
    一神教:対称性の論理と非対称性の論理のバイロジックとしてつくられ、特異な一神教の形態を実現したこと。この「一」の原理が支配
    仏教:純粋贈与(=対称性思考)としての布施の実践。仏=無意識=智慧=純粋贈与(布施)。色即是空(色と空は対称(同じ)である)。華厳経の法界=無限集合としての無意識
    科学的アイデアの発想現場:対称性無意識の活動している思考の空間。
    アート:内奥の無意識からわきあがってくる悦楽に触れようとする


    神話は生と死、人間と自然などのバランス・対称性を維持することを目的としている
    王は自然の力を手に入れ、かつ人間世界の権力も手にする野蛮な存在である。王の登場によって「クニ」が誕生
    神話的思考は技術にストッパーをかけていた 人間は自然から力を手に入れることができるが(例えば鉄の入手)、その強力すぎる力は自然と人間との対称性を崩してしまう


    「交換」は、等価値の商品(モノ)の交換であり、関わる人の人格や感情は無関係。モノの価値は定まっている
    「贈与」はモノを媒介にした人格的なものの移動、信頼関係の構築である。モノの価値は不確定
    「純粋贈与」はモノの循環ではなく、見返りも求めないような力の贈与、富の源泉。例えば農業(自然からの富)、ポトラッチ、密教の儀式、出産、豊かな恵みをもたらす女神の賛美

    貨幣は、自然がもたらす純粋贈与の力を人間の側に移動させたものである(非対称化したもの)


    神以前にはスピリットなる存在があった 流動し、自然から出て人間世界にも登場する。日本の八百万の神や妖怪に近い
    スピリットを人間世界に持ち込むこと、つまり神の誕生に

    来訪神 メビウス縫合型(表裏一体のメビウスの輪を保つ)、スピリットのようにあの世とこの世(表と裏)を行き来する。対称性の神
    高神 トーラス型(ドーナツ型)、中心の穴にとどまり、常に見守り、人間のコミュニケーションすなわち言語体系を維持する。秩序の神
    高神が元になりユダヤ教やキリスト教などの唯一神が発生 人間と自然との間に非対称性が生じ、一神教とクニの支配が成立

    かつてのスピリットに代わり、商品が流動する。しかし商品はスピリットのように崇められる存在ではなく、人格もよろこびもない



    近代科学や過去の宗教が陥りがちであった、固定的な分割の態度を超えていこうとするところに人類文化の希望を見ようとする

    伝統的な宗教が自己から遠い超越者に向き合う事を求め、近代科学が自己の外部にある世界を分析し、支配していくことを目指したのに対し、
    新霊性運動は自己が自ら体験し、それを通して自己がより高次のあり方へと成長していく

    新霊性運動、自己は善悪の対立に引き裂かれたり、超越領域から切り離されたりした小さな「我」なのではなく、それらを包み込み、全宇宙の実体とも合致しうるような何か

    自由の否定を含まないで、自己の多面性、重層性に気づきつつ、悪を包み込み、抱かえ込んで高次の自己に融合すること、これが「自己変容」

    宗教を、「虚構の人格」を中心として社会を組織すること、そしてそれによって、生死を超えた人間同士の「つながり」を確保すること、と規定
    人間の社会は常に、こうした永続的な「虚構の人格」を中心に据えることによって成り立っている
  • 思想メモ7

    2018-06-29 18:08
    差別とは意識されなかったことが差別だと意識されるようになるのは、コスモロジーの貧困化せいだ、コミューナルなものの空洞化せいだ
    それまで鬱屈しないで良かったものに鬱屈するようになった背景に、「フラットな社会における感情の劣化」
    「男がいて、女がいる」んじゃなく「私は男でも女でもある」。同じく「私はLでもGでもBでもTでもある」

    「恋愛稼働率」つまり恋愛パートナーがいる割合は、どの世代でも女は男の2倍、男は女の2分の1

    今日の童貞とは、セクシズムを前提にした性的未経験者の男


    正しさという感覚のルーツは「仲間のための自己犠牲を肯んじる構え」。「小さな仲間集団を犠牲にして大きな仲間集団に貢献する構え」
    正しさとは「仲間への愛のために法を破る=正しさのために法を破る」
    「正しさ」は、交換ならぬ贈与、バランスならぬ過剰

    ヒトは、感情の働きを使って絆を作ることで集団的生存確率を上げ、そのことで個体的生存確率を上げてきた動物

    「正しさよりも損得」が専らな人間「クズ」、クズに傾くこと「感情の劣化」
    自分が犠牲になってもいいと思う仲間がいて、その仲間にリスペクトされていれば、その時点で「損得を超える力があり、それゆえに絆に満ちていること」
    仲間がいない孤独ゆえに妄想的に損得にこだわる
    不安を埋め合わせたくて、少しでも法を逸脱していた人を指差しては炎上


    「便所女」自己評価が低く自分の醜悪さを「見たくない」から、イケメンという「見たいもの」だけ見る。股を開く→自己評価もっと下がる
    自分はイケメンだから女はイチコロみたいなコントロール系の糞ナンパクラスタ男と、イケメン好きの便所女は、いつも対(つい)

    女の心や体に生じていることを、自分の心や体にを生じさせられれば、女の快楽は男の快楽になり、男の快楽は女の快楽になる
    相互浸透的なセックスを経験できるダイブ系は、ダイブを通じて「人が見かけによらないこと」を経験で知っている
    両親が愛し合っていると思う大学生は、そう思わない大学生より、恋人がいる率が高く、性愛経験人数が少ない

    劣化した人たちは、「絆の集団」を生きる人たちに比べて、社会がより劣化=損得化したものに見えて、それに適応してますます劣化
    感情的に劣化した連中も、何かのラッキーでそうした包摂的な仲間集団に加えてもらえば、気持ちに余裕ができて、ポジション取りや承認ゲットに右往左往する「損得厨」から逃れられる

    恋愛のために仕事をし、仕事のために恋愛をする。さもないと動機付けが続かない
    性愛で定住社会の軛から解放されて、人は幸せになれる
    言葉の奴隷や法の奴隷であることよりも、言葉の外や法の外でシンクロする=幸せになる能力


    損得の計算可能性をベースに回る大規模定住社会は3千年前の文字の誕生以降。ホモ属サピエンス種の遺伝的基板は過去20万年変わってない

    4万年前。遺伝子の変異で「ウタから言語へ」とシフトした(認知革命)ロゴスを用いる散文的思考ならぬ、隠喩と換喩を用いる神話的思考
    1万年前。既存の農耕技術を用いて定住が決断された(定住革命)。収穫物ストックを保全・継承すべく法が生まれる
    3千年前。宗教儀式から離れた文字使用が始まる(文明革命)。文脈自由なロゴス化が大規模定住化=文明化を
    音声言語は距離の近さが前提だから文脈拘束的。文字言語は距離の遠さが前提だから文脈自由。神話的思考から散文的思考に移行
    法や言語が自己目的化する頽落を退けるべくなされた祝祭で元の在り方=「法外・言語外のシンクロ」を取り戻す
    4百年前から近代化が始まる(近代革命)。近代化とは計算可能化をもたらす手続化・技術化。計算可能性が大規模定住社会を複雑化させる
    「崇高な仲間」と思い做すドイツ的民族ロマン主義と、平凡な男女を「あなたこそ世界の全て」と思い做すフランス的恋愛ロマン主義が19世紀に立ち上がる

    3千年前の文明革命(文字化)を一方で駆動したのが「セム族的なもの=一神教」
    大規模定住が仲間を超えるから神の言葉(の文字)が持ち出される「石つぶてを投げる者をこそ愛せ」

    「正しさのために法を破る営み」を厭わぬ者が「政治」を与える

    「交換&バランス&秩序&シラフ」を旨とする定住社会から祝祭が消え、性愛にだけ「贈与&過剰&渾沌&トランス」の時空が残った
    人はホモ属サピエンス種が分化した50万年の歴史から見てもごく最近まで、文字言語の散文を真に受ける「言葉の奴隷」でも、法の内側を損得で生きる「法の奴隷」でもなかった

    「セム族的」=「一神教的」=「近代哲学(形而上学)的」=「カント的」=ツリー(樹)
    「初期ギリシャ的」=「パンテオン的」=「現代哲学(形而上学批判)的」=「ニーチェ的」=リゾーム(根茎)


    「損得を越えた内発性」に駆動されず、「何か分からないけど凄い」から見放されれば、快楽の相対性を越えた享楽の絶対性に届かず、幸せになれない
  • 思想メモ6

    2018-06-27 20:22
    左派が今やいかなる意味でも「ユートピア」を語れなくなっている
    そのつどユートピアを携えてこそ、哲学は政治的なものに生成し、おのれの時代に対する批判をこのうえなく激しく遂行する
    ユートピアは《歴史》と対立する時でさえも、その歴史になお準拠しており、そのなかに理想あるいは動機として書き込まれている


    資本主義終焉論と相互補完的に、資本主義は永遠であるという言説が強力に主張されている

    市民主義的、社会民主主義的な力ない改良主義
    アナキズム的侵犯行為(一過的な暴動? 万引き?)
    近代以前的な「伝統」への回帰(アソシエーショニズム? 家族制度?)

    国民皆兵とともに、憲法の天皇条項も廃棄するのが、ブルジョワ革命の要諦


    人間の終わりには、三つの要素が絡み合っている
    (1)歴史的政治的「人間」――歴史の終わり。
    (2)経済的合理的プレーヤーとしての「人間」――疎外の終わり。
    (3)身体としての「人間」――科学による終わり


    人間は波打ちぎわの砂の表情のように消滅するであろう
    構造主義以降は、本質とされる人間など虚構であり、物語の登場人物のようなものに格下げされた

    大文字の歴史ではなく、一人一人の身体に根ざした人間の解放こそが重要だという人間主義が世界史主義

    人間が、商品なしでは生きていけなくなり、分業のネットワークに委ねられ、骨の髄まで商品の滋養で生きている
    資本と人間の勝負にならない対立、無限と有限が戦うようなフェアでない関係
    資本の前では、人間は剥き出しになり、商品のネットワークにバラバラにちぎられて吸収される

    ネットワークからのパラドックス的な差異の中にこそ、人々は生きる場所を求めた
    神からも、その近代版である国家や「党」からも離脱するという絶対的な無政府主義


    人間が資本に付き従い得ないこと、すなわち「疎外」という深刻な事態を、資本こそがより深く理解し、その克服を生き残りの至上命題として捉え返した
    身体の制約を生物学・生理学的などのテクノロジーによって克服する課題として「疎外」を捉えた
    人間の疎外は、人間をアンドロイド化し、身体のリミットから解放することで、克服される

    中国共産党が展開する監視社会、情報化された電脳コントロール社会というディストピアは、人間を資本そのものとするための最先端実験場
    人工知能の現実化に至るデータ処理の飛躍的進歩、そしてiPS等の再生医療などを通路にしての、生命工学の進展つまりは生命と機械、動物、環境の技術的接合の進展
    国家から離脱する大衆の動きとデータ情報技術進展の奇妙な一致、それをめぐる人間と資本の壮大なドラマが、68年から政治空間に現れ、われわれをずっと絶えず運んでいっている


    革命的経験が世代から世代へと伝わるのは、敗北によってなのである