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書評:欧州解体 ドイツ一極支配の恐怖
ロジャー・ブートル 著、東洋経新報社
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■クレディ・リヨネ銀行での思い出(ユーロの導入は政治的決断)
私がフランス国営・クレディ・リヨネ銀行で勤務を始めたのは1989年。
その後、マーストリヒト条約(欧州連合条約)が1991年12月に合意され、1993年11月に発効します。欧州経済統合の深化と政治統合が定められただけでは無く、統一通貨導入への道筋も示され、ヨーロッパ中央銀行・統一通貨(現在のユーロ)の設立・導入への具体的期限が定めらました。
私の所属していた部門はクレディ・リヨネ銀行と英国の金融ブローカー・ハウス(アレキサンダー・ラウス)とのJV(合弁)会社であったため、リヨネのパリの本店と、ロンドンのブローカー本社の両方からエコノミストレポートが送られてきました。
その多くの内容が一番ホットな「通貨統合」に関わるものであったのですが、パリとロンドンのあまりにも大きな隔たりに驚かされました。
要約すれば、ロンドン(英国)のエコノミストの主張は
「財政・政治・金融政策などの統合が行われる前の共通通貨の導入などあり得ない。もし万が一そんなことをしたら将来大変なことが起こる」
というものでした。
それに対して、パリのエコノミストたちの主張は
「共通通貨を導入しさえすれば、財政・政治・金融政策は後からついてくる」
というものだったのです。
私を含めたチームのメンバーは、すでにマーストリヒト条約で通貨統合の道筋が示されていたにもかかわらず「経済・社会の基本的な理論から考えても、パリの言い分は奇妙で、ロンドンの主張が正しい」と考えていました。
ですから、ユーロが1999年1月1日に決済用仮想通貨として共通通貨(ユーロ)が導入されたことには本当に驚きました(そのころすでに私は、リヨネを退行し、(株)大原創研を設立、独立していました)。
念のため、現在のような現金通貨であるユーロは、3年後の2002年1月1日に誕生しています。
結果的に、ロンドンのエコノミストや私の予想は外れたわけですが、発足以来20年間の経緯を見れば、ユーロの導入が愚策であり、現在のEU解体の危機の最大の原因(他にもEUの問題点は数え切れないほどありますが・・・)と言っても良いでしょう。
■EUというタイタニック(戦艦大和)から脱出した英国
1989年にベルリンの壁が崩壊し、その2年後の1991年にソ連邦が崩壊するという激動の時代に、永遠に不可能だと思われていた東西ドイツの再統合のチャンスがやってきます。
そのドイツ再統合(東西ドイツの合併、1990年)の議論の際に、ドイツが統合して強大な国になるのを恐れたフランス(共通通貨導入の最右翼)をはじめとする周辺諸国に対してドイツが通貨統合に関して柔軟な姿勢を見せるという「取引」がマーストリヒト条約での「共通通貨導入」という文言に影響を与えています。
つまり、ユーロというのは経済合理性を無視して、政治的思惑で誕生した通貨であり、いくら政治でごり押ししても、経済法則を変えることはできないという見本になってしましいました。
また、EUそのものも、言ってみれば太平洋戦争末期に建造された「戦艦大和」のようなものです。航空機の時代になって空母が必要とされているのに、巨砲を搭載した巨艦を建造した軍部が批判されますが、EUもまさに航空機の時代に取り残された巨艦なのです。
例えば、現在の「一人あたりGDP世界上位五か国」は、シンガポールをはじめすべて人口600万人以下の国です。「大きいことはいいことだ」という言葉は、少なくとも「国民の豊かさ」という観点からは意味を失っています。
英国のEU離脱が軽率だったなどいう批判を浴びますが、そもそも英国はEUに加盟すべきでは無かったと思います。またユーロ圏に入らなかったことはとても賢明な選択であったといえます。
現在のところブリグジットは無秩序離脱になる可能性が高いようですが、たとえ無秩序離脱になっても英国の離脱は正しい選択なのです。
理由は本書に詳細に述べられていますが、簡単に言えば「英国がEUから離脱しても、米国、日本、シンガポールのような非加盟国になるだけで、これまで重荷となってきた分担金の支払いや、全体主義(官僚主義)的なEUの呪縛から解き放たれる」ということです。ちなみにスイスはEUに加盟せずに特殊な関係を保っています。しかも他のEU加盟国にとって英国は最大の輸出先であり、貿易黒字を稼いでいる「お得意さん」なのです。
WTOが存在する限り、英国のEUとの「公正な」貿易は離脱後も保証されます。もちろん、EU各国からいじめや嫌がらせを受ける可能性はありますが無視出来る程度のものでしょう。
そもそも欧州統合は、2回の世界大戦で悲惨な状況を味わった国々が「不戦」を目指して模索されたのです。ですから、欧州統合に経済的・社会的合理性があるのかなどということは、あまり考慮されませんでした。
★なお、本書の272ページで「移民に対する何らかの対策が取られなければ2017年の国民投票で英国が離脱する可能性が高い」と述べられており、現実にその通りになりました。
■全体主義(ファシズム・共産主義)的傾向を強めるEUのエリート(官僚)たち
欧州の統合論議が活発であったのは冷戦時代であり、欧州が統合して巨大な共産主義(ファシズム)国家・ソ連邦に立ち向かうというのもそれなりに合理性があったのです。しかし、今やスペインやイタリアでは、むしろ分離独立運動が盛んであり、世の中の趨勢は「分散化」に向かっているのです。
その中で、EUは全体主義(共産主義・ファシズム)的な色彩を強めています。EU国民の箸の上げ下ろしにまで口を出し、膨大なEU官僚に対するバカ高い給料をはじめとする効果の無い浪費を続けています。
全体主義である共産主義もファシズムも欧州大陸で生まれた(イタリアのベニート・ムッソリーニが創始者であり、ドイツのアドルフ・ヒットラーが発展させた)ことから分かるように、大陸欧州(英国などは除く)の政治土壌は、かなり独裁主義的で、だからこそ「民主主義」を求める人々の行動が先鋭化するとも言えます。
例えばフランス革命(1789年)の後、1804年に独裁者ナポレオンが、国会の議決と国民投票を経て皇帝(世襲でナポレオンの子孫にその位を継がせるという地位)となっています。せっかく国王を斬首し、多くの国民の血を流して獲得した民主主義を自ら独裁者に売り渡しているのです。
またアドルフ・ヒトラーを首相とするドイツの内閣(ヒトラー内閣)は、国民の選挙によって1933年に成立しており、1945年のアドルフ・ヒットラーの死まで存続していました。
逆説的に言えば、選挙によって選ばれたヒットラーやナポレオンなどの独裁者は、普通選挙という手続きを経ていない(立候補を制限するダミー選挙は除く)、毛沢東・スターリン・習近平などの独裁者などと比べると「民主的」な存在といえます。
大陸欧州の独裁は「国民の選択」によって行われてきた歴史があるのです。
EUも現在全体主義(独裁主義)の道をひた走っており、各国でEU懐疑論が強まっているのもEUの全体主義的(共産主義・ファシズム的)独裁主義に対して欧州の人々が警戒感を強めているからです。
そのような崩壊・解体が間近なEUから離脱した英国の選択は賢明です。
今後EUが、ナポレオンやヒットラーの独裁のような事態になる可能性もありますが、欧州の多くの国民はそれを阻止できるだけの英知を持っていると信じたいです。
■EUの諸問題
本書では、前記のような大きな問題を抱えるEUに関し、詳細で的確な観察を行い、精緻な議論を展開しています。以下重要な問題点を列挙します。
1)富裕国は小国
IMFによれば、一人あたりGDPの世界上位5か国は、カタール、ルクセンブルク、シンガポール、ノルウェー、ブルネイ。いずれも人口600万人以下の小国。
特にシンガポールは、マラヤ連邦(現在のマレーシア)から追放される形で独立している。建国の父リー・クアンユーが男泣きしながら国民に結束を呼びかけた演説の映像は、その追放が当時の漁港に毛が生えた程度のシンガポールにとってどれほどの危機であったのかを象徴している。
しかし、現在のシンガポールはマレーシアなど及びもつかない富裕国(世界トップファイブ)になっている。英国とEU(加盟国)との関係もたぶん同じようになるだろう。
2)ユーロは金本位制の弱点を受け継いでいる
加盟国の通貨を統一し為替相場の変動による調整を放棄する手法は現代の金本位制である。ケインズはブレトンウッズ体制を構築するときに、デフレスパイラルを調整するため、固定制だが調整可能な為替システムを導入した。
ユーロ圏でのデフレスパイラルは、ケインズが恐れていたのと同じものであり、弱小国における高失業率も為替調整ができないため改善されない。結果競争力を保つドイツの輸出が独り勝ちする(為替調整が無いため)。
ゲルマン系の中核国よりも周縁国でのコストと価格の上昇が早く、周縁国は競争上不利な立場に立ち、経済が弱体化した。
為替による調整は、国内におけるデフレや失業などの痛みを調整する有効な手段であるのに、ユーロの導入によってその道を絶たれたのである。
3)日本よりも深刻なデフレスパイラル
本書の資料P176~177によれば、欧州のデフレスパイラルはバブル崩壊後の日本に酷似しており、むしろそれよりも先行しているくらいである。
4)諸国家を統一した成果は?
何世紀もの間多くの都市国家や王国の寄せ集めであったイタリアが1860年代に国土を統一し、政治・通貨・財政が一つになった、それ以来、現在に至るまでシチリア王国に対応する南部の地域では経済不振が続いている。
少なくともイタリア南部の指導者は、統一は間違いであったと考え始めている。米国のイタリアンマフィアが強い力を持ったのも、南部イタリアから多数の貧しいイタリア人が米国に移住したからである。
5)援助や補助金は何も生み出さない
イタリア統一以来、北部のミラノから南部のナポリへほとんど絶えることなく資金が流れ続けているが、資金は巨大なブラックホールの中に消えていき、資金の流れが反転することは無かった。これはアフリカ諸国への「援助」、世界中のほとんどの先進国が行っている農業への「補助金(日本の場合は特に悲惨な結果を招いている)」、地方創成への援助など同類のプロジェクトでもほぼ同様に起こっている問題である。
この問題への正しい対処方法は、オーストリア学派(ハイエクなど)が述べているように、政府があらゆる干渉をやめて「放任」することであり、著者も私も基本的部分において同意見である。
6)ドイツ人の信条
ドイツ人はグラッドストン流の財政政策を好み「出ずるを制し、入るを増やす」を実践しケインズ流の財政性政策を好まず、金融緩和には消極的である。
したがって、ドイツがEUの主導権を握る限り大規模な金融緩和は実行しにくい。
7)異常時の金融緩和は効果が薄い
大規模な量的緩和は「異常時」に発動されるので、銀行はいくら調達コストが安くても融資をすれば焦げ付くと恐れて融資を手控える(実際、米国、日本、英国ではそうなった)。その結果、中央銀行が供給した資金は中央銀行の当座預金として滞留し、中央銀行が供給した資金はブーメランのように中央銀行に戻ってくることになる。
8)「特殊エンゲル係数」と「一般エンゲル係数」
金融緩和によって資金を供給しても、一般消費財の消費は食費における「エンゲル係数」のように個人が消費する金額には限界がある。食費に関する性向を「特殊エンゲル係数」とすれば、一般消費財に関するものを「一般エンゲル係数」と呼ぶことができる。消費しきれなかった資金は中央銀行に還流するものを除けば、株式や不動産などの資産の購入へと向かい資産インフレを起こす。日本のバブルで一般消費財の価格があまり上昇しないのに土地や株式の価格が高騰したのがその典型であり、現在の日本もそれに近い状況にある。
9)金融緩和は為替調整によって「デフレの輸出」となる
金融緩和によって経済の底上げを行う手法は、金融システムが混乱している環境ではあまり効果が出ないが、金融緩和によってデフレを調整しようとする手法は、為替相場の調整(自国通貨の価値の下落)を通じてデフレを海外に輸出するのと同じことである。
10)英国は自由に貿易協定を結べる
英国がEUから離脱すれば、独自に各国とFTAなどの貿易協定を結ぶことができる。
11)金融サービスなど無形のものには関税がかからない
シティなどで、世界をリードしている金融サービスは、無形であるが故に関税がかからない。
12)英連邦は巨大な組織である。
英連邦は54の独立国(英国王を自国の王とする16の国々と38の共和国など)で構成。人口は20億以上、世界貿易の20%のシェア(推定)。
ただし、関税同盟などの具体的協定があるわけでは無いが、それらの協定の基礎にはなりうる。
(大原浩)
★大原浩の執筆記事「異次元緩和でも日本にインフレが起こらない極めてシンプルな事情」(アナログな企業と人生こそデフレの勝者)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56970
が講談社・現代ビジネスに掲載されました。
★大原浩の執筆記事<「衝撃分析:中国崩壊でも心配無用 世界経済好転」>
が8月20日(月)午後発売の夕刊フジ1面に掲載されました。
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(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関し
ては御自身の責任と判断で願います。)