市場・知識・自由 自由主義の経済思想
 F.A.ハイエク ミネルヴァ書房
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●政府は必要である

 本書は、ハイエクが1945年から1973年までの間に行った講演、雑誌、事典類への寄稿論文を抜粋してまとめたものです。

 ハイエクの思想を知るうえで重要な文書がたくさん掲載されていますが、あくまで<寄せ集め>ですので、一本筋の通った<体系>を求めている方には向いていないかもしれません。

 第5章は<デイビッド・ヒュームの法哲学と政治哲学>というタイトルですが、ハイエクが、アダム・スミスの盟友(後援者)であり、かつ当時を代表する賢人であったデイビッド・ヒュームの影響を強く受けていることがよくわかります。

 徹底した「自由主義」「市場主義」を強く主張したことで知られるハイエクですが、決して「無政府主義者」ではありません。国民が豊かな生活を享受するために、政府が行うべきことがあるということも述べています。アダム・スミス同様、軍事(外国からの国民の防衛)、警察(犯罪からの防衛)を主張していますが、通貨に関してもコントロールすべきではないが(この点がミルトン・フリードマンと異なります)、経済成長に十分な量の通貨を遅滞なく供給すべきであると述べています。

 アダム・スミスが強調した特殊利権組織(スミスの表現では商工業者)のカルテルを打破する「独占禁止」の政府の役割については、当然ハイエクも同意すると思いますが、私の知る限りでは積極的な論述はありません。

 また、ヒュームの「人間本性論」(1740年にヒュームが29歳で出版)から次の引用を用いて、国民に対して社会ルールを順守させる機関である国家の重要性も説いています。「…定まった規則が無ければ次のような結果をもたらすであろう。…そうだとすれば人間社会に無用の混乱が生み出されるであろうし、人間の貪欲と偏愛は、もしいくつかの普遍的原理によって規制されなければ、世の中にたちまち無秩序をもたらすであろう」


●共産主義の無性生殖(クローン)、自由主義の有性生殖(多様性)

 アダム・スミスの国富論が1776年に発刊された後、80年以上も経った1859年にチャールズ・ダーウィンの「種の起源」が刊行されましたが、「人間社会・経済の進化」の概念が確立した後に、その思想をダーウィンが自然界(生物)に応用したのです。そして、「人間社会・経済の進化」という概念を生み出したのがデイビッド・ヒュームだとしています(アダム・スミスはヒュームの影響を受けた…)。

 それまでのキリスト教などのカルト宗教(一神教)では、「人間は楽園から追い出されたから、この世もその理想の楽園に近づけなければならない」との考えが支配的でした。

 つまり、「社会や経済にはあるべき姿が存在し、そのあるべき姿から外れた社会や経済を特定の人間のリーダーシップによって<人為的に修正>しなければならない」ということです。

 しかし、<あるべき姿>というのはいったい誰が決めるのでしょうか?
 それは、所詮不完全な人間が思い描いた一種の妄想にしかすぎません。

 そもそも、人類がこのような高度な思考が可能な「脳」を獲得したのは誰か(神も含めて)がデザイン・設計したからではありません。進化の過程の<自然選択>によって高度な能力を得たのです。

 ファシズム、共産主義、絶対王政、福祉国家(大きな政府)などの基本的な考えは「正しいやり方が存在し、その正しいやり方を国民に強制する」というものです。しかし、これは生物学で言えば単細胞(無性生殖)生物の手法です。自らと全く同じ(正しい)遺伝子を寸分たがわずコピーすれば、あっという間に個体数を増やすことができます。共産主義やファシズムで「優生学」が発達したのも偶然ではありません。

 しかし、このような単細胞(無性生殖)生物が生物界の覇者ではありません。
 なぜなら、金太郎飴のようなクローンを量産すれば、予想外の事態に直面したときにすべての個体が対応できず全滅する可能性が高いからです。

 我々人間も含めたほとんどの多細胞生物が有性生殖を行うのは、「多様性」を確保するためです。人間が恋愛に注ぎ込むエネルギーを考えれば<有性生殖>の非効率さがよくわかりますが、それでもオス(男)とメス(女)の遺伝子を混ぜ合わせることによって起こる<偶然>が生物の進化の原動力なのです。
 そして、その有性生殖という七面独臭いことを延々と続けてきた生物が、生物界で重要な位置を占めておりその頂点に立つのが我々人類なのです。

 人間社会でも、共産主義、ファシズムのように単性生殖でクローンを量産したほうが効率的だという議論がよく見受けられます。しかし、そのような社会はまったく進化せずに、あっという間に時代の変化に置いてきぼりになります。

 手間がかかるようでも「市場」や「民主主義」で有性生殖を行う社会こそが、持続的発展を行うことができるのです。


(大原 浩)


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