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2019年7月の記事 1件

【さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』】ショートストーリー第五話『合わせ鏡』

さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』ショートストーリーをチャンネル会員限定にてブロマガで順次配信。第五話『合わせ鏡』 (作:古樹佳夜)------------------------------------「僕だって殺したくて殺すんじゃない…… 愛するがゆえだ」 陶酔しきった甘い声音が耳にこびりついている。 いつもどこか虚ろな瞳が あの時ばかりは、まっすぐと俺を見つめていた。 身体の内側からぞわぞわと悪寒がこみ上げてくる。 −−全部、葛のせいだ。 不安のやり場を失って怒りで狂ってしまいそうだ。 海月と月兎を部屋に送り届けて、 内側から鍵をかけさせた。 次は、どうしたらいい? 勢いよく前に踏み出す足すらも震えて、 俺は今どこに向かって歩いているのだろう? 廊下を踏みしめる度に怒りは冷えていった。 残ったのは底知れぬ恐怖だ。 「ねぇ鈴君! 待ってください!」 羊の声だ。 俺を説得するために追いかけてきたのはわかっている。 「待って! 鈴君! お願いです!」 勢いよく服を引っ張られて思わずのけぞった。 仕方なく立ち止まり、振り返る。 「なんだ羊。お前も早く自分の部屋に帰れ。 でないと葛に……」 「話し合いましょう、ね?」 「何を話し合うことがある? あいつは殺人鬼だ」 「誤解かもしれません。 だって、まだ十分に会話もしてない。 僕たち葛君に会ったばかりじゃないですか」 「人間を喰い殺すって言ってたぞ?  あの特徴は他人に害を……」 「ままならないことだってあるでしょ」 言葉に詰まった。『身に覚えがあるだろう』と、 その瞳が問いかけを発している。 『じゃあ、お前はどうなんだ』と。 −−俺は幼い頃から歌うことが好きだった。 変声前は透き通るような、 鈴を鳴らすがごとくの声だと周囲に褒められて育った。 特に褒めてくれたのは母だった。 俺は母に好かれたい一心で歌い続けた。 大人に近づいて声が変わっても、 母は変わらず歌を聞いてくれた。 俺は幸福だった。 ある日、その状況は一変した。 母が首吊り自殺してしまったからだ。 突然のことに理解が及ばなかった。 初めて経験した『死』が、最愛の母だなんて 悪夢と言う他ない。 それまで意識してこなかった人間の終焉はあっけなく、その死に様があまりの惨めさであったことに、 俺は恐怖していた。 死の原因は判然としなかった。誰も自殺を掘り起こそうとはしない。 けれど、残された遺書の最後の一文に、 理由は見え隠れしていた。 『息子の声が甘く爛れて聞こえてくる。 鈴の声は他人を狂わし、誘うのです。』 俺の歌を喜んでくれているとばかり思っていたのに。 俺は、俺の声で大切な人の死を招いてしまったんだ。−− 羊の言葉は正しい。 俺たちは、同じ穴の貉だ。 本当は葛をあんな風に突き放すべきじゃない。 だけど、俺は…… 「何故、あいつは俺だけに好かれようとするんだ」 「それは……わかりません。僕にも」 沈黙があり、羊は小さく息を吐く。 「でも、友達になりたかったのかもって……僕は思いました」 「友達……? それ以上を望んでいただろう。俺を殺したいと……」 羊は頭を振る。 「葛君は『君の死』を望んでないと思います」 羊の手を振り払って良いものか、俺は躊躇いはじめていた。 「まずは理解しなくちゃ。いきなり好きになれなくてもいいから」 「出来るかどうかわからない」 「君がいつもしていることですよ」 「俺はそれほど強くないんだ」 「でも、鈴君は優しいです」 羊の言葉が心に刃を突き立てる。 ……いや、心を抉っているのは言葉じゃない。 自分の醜さだ。 死ぬのはもちろん、言うまでもなく怖かった。 けれど、それと同じく……いや、 それ以上に恐れていたのは 自分が持つ『他人に死をもたらした特徴』に 向き合わなければならないことだ。 葛の存在が俺の罪を炙り出している。 俺はこれ以上加害者になりたくない。 だから、『優しい人間』像にしがみついているだけだ。 俺の優しさはまがい物だ。 『都合のいい関係でいて欲しいから』、 『一定の距離を取りたいから』、 『踏み込んでほしくないから』、 俺は他人に優しいだけ。 一枚剥けばこんなに醜く、利己的なんだ。 だけど−−出来ることなら、こんな自分を変えたかった。 自分の感情にようやく気付いた時、 胃の腑が泡立つような罪悪感がこみ上げきた。 「……葛に謝るべきなんだろうか」 「いいえ。言葉を交わせばいいだけです」 羊の言葉に背を押されて、俺は踵を返した。 「どこに行くんですか、鈴君!」 「葛の部屋だ」  

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