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【さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』】ショートストーリー第五話『合わせ鏡』
2019-07-31 12:00さんたく!!!朗読部『羊たちの標本』ショートストーリーをチャンネル会員限定にてブロマガで順次配信。第五話『合わせ鏡』
(作:古樹佳夜)------------------------------------「僕だって殺したくて殺すんじゃない……
愛するがゆえだ」
陶酔しきった甘い声音が耳にこびりついている。
いつもどこか虚ろな瞳が
あの時ばかりは、まっすぐと俺を見つめていた。
身体の内側からぞわぞわと悪寒がこみ上げてくる。
−−全部、葛のせいだ。
不安のやり場を失って怒りで狂ってしまいそうだ。
海月と月兎を部屋に送り届けて、
内側から鍵をかけさせた。
次は、どうしたらいい?
勢いよく前に踏み出す足すらも震えて、
俺は今どこに向かって歩いているのだろう?
廊下を踏みしめる度に怒りは冷えていった。
残ったのは底知れぬ恐怖だ。
「ねぇ鈴君! 待ってください!」
羊の声だ。
俺を説得するために追いかけてきたのはわかっている。
「待って! 鈴君! お願いです!」
勢いよく服を引っ張られて思わずのけぞった。
仕方なく立ち止まり、振り返る。
「なんだ羊。お前も早く自分の部屋に帰れ。
でないと葛に……」
「話し合いましょう、ね?」
「何を話し合うことがある? あいつは殺人鬼だ」
「誤解かもしれません。
だって、まだ十分に会話もしてない。
僕たち葛君に会ったばかりじゃないですか」
「人間を喰い殺すって言ってたぞ?
あの特徴は他人に害を……」
「ままならないことだってあるでしょ」
言葉に詰まった。『身に覚えがあるだろう』と、
その瞳が問いかけを発している。
『じゃあ、お前はどうなんだ』と。
−−俺は幼い頃から歌うことが好きだった。
変声前は透き通るような、
鈴を鳴らすがごとくの声だと周囲に褒められて育った。
特に褒めてくれたのは母だった。
俺は母に好かれたい一心で歌い続けた。
大人に近づいて声が変わっても、
母は変わらず歌を聞いてくれた。
俺は幸福だった。
ある日、その状況は一変した。
母が首吊り自殺してしまったからだ。
突然のことに理解が及ばなかった。
初めて経験した『死』が、最愛の母だなんて
悪夢と言う他ない。
それまで意識してこなかった人間の終焉はあっけなく、その死に様があまりの惨めさであったことに、
俺は恐怖していた。
死の原因は判然としなかった。誰も自殺を掘り起こそうとはしない。
けれど、残された遺書の最後の一文に、
理由は見え隠れしていた。
『息子の声が甘く爛れて聞こえてくる。
鈴の声は他人を狂わし、誘うのです。』
俺の歌を喜んでくれているとばかり思っていたのに。
俺は、俺の声で大切な人の死を招いてしまったんだ。−−
羊の言葉は正しい。
俺たちは、同じ穴の貉だ。
本当は葛をあんな風に突き放すべきじゃない。
だけど、俺は……
「何故、あいつは俺だけに好かれようとするんだ」
「それは……わかりません。僕にも」
沈黙があり、羊は小さく息を吐く。
「でも、友達になりたかったのかもって……僕は思いました」
「友達……? それ以上を望んでいただろう。俺を殺したいと……」
羊は頭を振る。
「葛君は『君の死』を望んでないと思います」
羊の手を振り払って良いものか、俺は躊躇いはじめていた。
「まずは理解しなくちゃ。いきなり好きになれなくてもいいから」
「出来るかどうかわからない」
「君がいつもしていることですよ」
「俺はそれほど強くないんだ」
「でも、鈴君は優しいです」
羊の言葉が心に刃を突き立てる。
……いや、心を抉っているのは言葉じゃない。
自分の醜さだ。
死ぬのはもちろん、言うまでもなく怖かった。
けれど、それと同じく……いや、
それ以上に恐れていたのは
自分が持つ『他人に死をもたらした特徴』に
向き合わなければならないことだ。
葛の存在が俺の罪を炙り出している。
俺はこれ以上加害者になりたくない。
だから、『優しい人間』像にしがみついているだけだ。
俺の優しさはまがい物だ。
『都合のいい関係でいて欲しいから』、
『一定の距離を取りたいから』、
『踏み込んでほしくないから』、
俺は他人に優しいだけ。
一枚剥けばこんなに醜く、利己的なんだ。
だけど−−出来ることなら、こんな自分を変えたかった。
自分の感情にようやく気付いた時、
胃の腑が泡立つような罪悪感がこみ上げきた。
「……葛に謝るべきなんだろうか」
「いいえ。言葉を交わせばいいだけです」
羊の言葉に背を押されて、俺は踵を返した。
「どこに行くんですか、鈴君!」
「葛の部屋だ」
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