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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.5 NO.4
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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.5 NO.4

2014-06-23 06:00

    野田稔・伊藤真の「社会人材学舎」VOL.5 NO.4

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    コンテンツ

    対談VOL.5
    平野洋一郎氏 vs. 野田稔

    安定したら、ベンチャーじゃない
    世界で通用しなければ、意味がない
    挑戦を止めたら、人生はつまらない

    第4回 自分がやりたいことは何か。それがわかったら突き進め

    企業探訪:理想のワークプレイスを求めて
    第4回 インフォテリア
    決して立ち止まらない。決して妥協しない組織力

    政治・行政にやり甲斐はあるか?
    6月のテーマ:日本国憲法は果たして変えるべきなのか
    伊藤 真
    第4回 こんなにも憲法は歪められようとしている

    粋に生きる
    6月の主任:「遠峰あこ」
    第4回 自分らしく生き、自分にしかできないことをしよう

    誌上講座
    テーマ5 若いうちからたそがれないように、自己変革をする方法論
    野田 稔
    第2回 有言実行し、予期せぬ出来事は前向きにとらえて軌道修正する

    Change the Life“挑戦の軌跡”
    女子力をビジネスに活かす! 二人で組んだしなやかな経営
    ――シルキースタイル
    第4回 3年後に花開く事業の種を、いま巻き始めたところ

    連載コラム
    より良く生きる術
    釈 正輪
    第20回 悟りとは何か、あえて語れば


    対談VOL.5
    平野洋一郎氏 vs. 野田稔

    安定したら、ベンチャーじゃない
    世界で通用しなければ、意味がない
    挑戦を止めたら、人生はつまらない

    本誌の特集は、(社)社会人材学舎の代表理事である野田稔、伊藤真をホストとし、毎回多彩なゲストをお招きしてお送りする対談をベースに展開していきます。ゲストとの対談に加え、その方の生き様や、その方が率いる企業の歴史、理念などに関する記事を交え、原則として4回(すなわち一月)に分けてご紹介していきます。

    今月のゲストは、インフォテリア株式会社の創業者、平野洋一郎氏です。同社は、昨年9月1日に、創業15周年を迎えた会社ですが、そのベンチャースピリッツは衰えることを知りません。平野社長は、「安定」を嫌います。安定とは、変化しない、つまりは成長しないということを意味するからです。1998年に六畳一間のアパートからスタートしたインフォテリアは、海外4拠点に子会社を持つ会社になりましたが、平野社長の理想にはまだほど遠いのです。対談はいよいよ佳境です。経営の醍醐味とは何か、なぜ起業するのか、成功の秘訣は何か。さまざまなヒントが語られます。

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    第4回 自分がやりたいことは何か。
          それがわかったら突き進め

    開発の遅れと9.11の影響で、アメリカから撤退する

    平野:アメリカは二度撤退しています。現在はそれこそ三度目の正直です。
     もともと、世界を目指すということをうたってスタートして、しかも資金調達もうまくいきました。アステリアの開発はバッファを見ても20億円と計算をしていたのですが、27億円調達できました。投資を受けたからには、銀行に眠らせておくわけにはいかないというので、当時、私が書いたビジネスプランをすべてやろうという話になったのです。で、その一番下に書いてあったのが、アメリカ進出なのです。
    野田:だからやろうと。
    平野:そうですね。それで2000年の春にボストンに子会社を作りました。当時はまだアステリアはありませんでした。ただ、中間成果物を売ることも出来ると思いました。大切だったのは、すでにアメリカではXMLの市場がだいぶ盛り上がりを見せてきていて、XMLを核としたスタートアップの企業がどんどん出始めていました。だから、そこにやっぱり私たち自身もポジションを作っておく必要があると考えたわけです。
     メンバーですが、私がロータス出身だったこともあって、ロータスのわりと精鋭を揃えることができて、中間成果物も、開発者向けの部品とかキットなどとして結構、売れました。月によっては、日本よりもアメリカのほうが売上が大きいということもあったほどです。他のXML専業の競合に負けじと、ボストンの社員は20名以上になりました。
    野田:素晴らしい。やはり精鋭がやると違いますね。
    平野:ところが、9.11を境にぱったりとその売れ行きが止まってしまったのです。いわゆるドットコムバブルの崩壊です。アメリカもそれまでITセクターは景気がよかったのですが、ぱったり止まってしまって、半年間、売上ゼロ。しかもアステリアの開発に時間がかかっていて、財務的にはかなり大変な状況に陥ってしまいました。02年になって、インフォテリア本体自体、もう半年ももたないというところまで追いつめられたのです。
     バーンレート(キャッシュインからキャッシュアウトを引いて、1カ月にいくらお金を失うかという数値)が1億円ほどになっていました。アステリアは02年半ばには出荷できる状況でしたから、何とかそこまで会社をもたせたい。しかし、放っておけば、そこまでもたないので、バーンレートを極端に下げるしかありませんでした。
     実は、腹の中では、もう1つの可能性も考えていました。できれば、もう1つ、皆に見せたかったのは、日本でも、投資のみで起業すれば、一度会社を潰してもすぐに再チャレンジができるということです。でも、さすがにアステリアが完成間近でしたから、これをお披露目できずに終了というのは我慢なりませんでした。
     そこで、アメリカの子会社を閉めて、日本もリストラを敢行したのです。そうやって耐えて、アステリアの出荷にこぎつけました。アステリアが売れ始めて、墜落寸前の地表すれすれからまた大空に駆け上がることができたのです。

    インフォテリアである以上、何回だって挑戦する

    野田:それが一度目の撤退ですね。それからまたアメリカに会社を作るわけですね。
    平野:はい。アステリアが売れて業績も回復して、05年には黒字化を果たしましたので、もう一度、アメリカに行こうということになりました。
     今度は東ではなく西。シリコンバレーにしました。そして、前回の反省から、小さく始めて進捗に応じて投資をしようと考え、三人でスタートしました。それでまずアステリアが売れるかどうかの市場調査を始めたのですが、「時すでに遅し」でした。2000年当時にXMLに投資していた会社がもうとっくに製品化をしていて、しかもそれが成功して、会社も大きくなってしまっている。そこに割り込むためには、方針と違って、大きく資金をつぎ込まないといけないとわかりました。
     そこで、半年のリサーチ後、アステリアの販売は止め、その会社は研究開発組織という位置づけにしたのです。
     当時、アメリカではWEB2.0が盛り上がっていましたから、新しいWEB技術を中心に、シリコンバレーでR&Dを行う会社です。3年間、それで行こう。コストセンターでいい。だけど、3年後に自立できなければ撤退しようと決めました。
     結果として、09年に判断をしたのですが、その時点でWEB2.0に関連する意欲的な無料のサービスを2つ出していましたが、そのサービスを核にマネタイズできるモデルを築くことは無理だと判断をして、残念ながら当初の判断基準どおり撤退しました。
    野田:アメリカはそれだけタフな市場だということですよね。でも、また挑戦をする。それがベンチャースピリッツというものでしょうかね。
    平野:そうだと思いますが、それ以上に、インフォテリアの創業時のビジョンが、「世界規模で提供する」ですからね。つまり、世界で通用するソフトを開発して、それを世界中の企業、組織に届けていく。そのためにこの会社を作ったので、それをしなければ、インフォテリアではないわけです。だから行く。インフォテリアである限り、何度でも行く。それが今、三度目というわけです。

    不満に強くて、不安に弱いのが日本人の特徴だが……

    野田:当然と言えば当然なのでしょうが、とにかくチャレンジスピリッツが強い。そのチャレンジ精神はどこから来るのでしょう。
    平野:どうなのですかね。たまに聞かれることがあるのですが、原点は子ども時代なのだと思います。農家の長男として生まれて、山の中で遊んでいて、おもちゃもなにもない。何をするのも自由だけど、自分で工夫するしかないし、自分で決めて、自分で行動するしかなかったわけです。親から与えられたものはほとんどありませんでした。
     いま、東京に住んでいて、子どもが8歳なのですが、とても危惧しています。ここでは、親が規制することと、与えることしかできないからです。自由度のありそうな場所は、危ないから行くなと規制する。その代り、いろいろなモノを与え続ける。それはいかがなものかと思います。指示待ちになるというのも、わかるような気がします。
    野田:私は東京生まれですが、郊外だったので、その感じがよくわかります。当時は、歩いて、あるいは自転車に乗って、それこそどこまでも行ってしまった。そんなところからも冒険心が養われたのかもしれないですね。
    平野:そうですね。子どもの足で歩いて1時間ほどのところに港があったのですが、5歳のときに、急に船が見たくなって、近所の3歳の子を連れて、出かけていきました。無事、船を見て、帰ってきたのですが、集落は大騒ぎでしたね。山の中を捜索していました。滅茶苦茶怒られましたね。
    野田:神隠しですものね。
    平野:怖くなかったかと聞かれたのですが、見たいという気持ち、好奇心のほうが強いのですね。そこは昔も今も変わっていないのかもしれません。
     だから、もちろん全く怖くないわけではないですけど、やりたいという気持ちのほうが勝ってしまうのですね。
    野田:人間はリスク・アバーターとリスク・ラバーに分かれます。日本人は前者で、「不満に強く、不安に弱い」といわれていて、我慢はするのだけど、不安には耐えられないのですね。それが強すぎると、先に踏み出せなくなります。
     どんなに船が見たくても、船を見にいくのが怖いとすると、船を見に行くのを我慢するという不満に耐えてしまうのですね。
    平野:それは何なのでしょうね。
    野田:理由は解明されていません。ただ、明らかに諸外国の心理テストをしてみると、不満に強く、不安に弱いという傾向が出る。そういう意味では若干ベンチャーが生まれにくい風土とも言えるわけです。

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    新しいことを、自分の意志決定で進めていけるのは楽しい

    野田:経営者という、この大変おもしろい仕事の醍醐味と辛さ、そして大切なものを教えてもらえますか。
    平野:私は大学を辞めてから30年間、社会人としてビジネスをしてきています。その中で学んだことですが、一番大切なのは「信頼」ですね。これがないと、他にどれだけの力を持っていても、ダメです。
     これは経営者に限らず、いわゆるビジネスパーソン全般に言えることだと思うのですが、経営者の場合はより影響範囲が大きいわけです。
     醍醐味は何か。私自身は社長をやりたくて経営者になったわけではないのですが、……自分で会社を作るということは、自分でやりたいことをやる方法として非常に有効な手段だと思います。もちろんその分、大変な部分もあるのですけど、さっきおっしゃった、不満と不安というところでいうと、不満は少ない分、不安は山ほどある。逆ですよね。
     だから会社勤めとシーソーがガタンと入れ替わってしまうわけで、そこが醍醐味なのだけど、逆に多くの人が踏み切れない原因なのでしょうね。でも、楽しいですよね。滅茶苦茶楽しいですよ。新しいことを、自分の意志決定で進めていけるというのは楽しいですよね。

    市場のニーズではなく、自分事化できる目的があるか

    平野:だから、経営者になることを勧めるかというと、ノーです。経営者を目指すのは違うと思う。
    野田:手段ですからね。
    平野:たとえばビジネススクールなどで、「相談があるんです」と学生がやってくる。「私、起業したいと思っているのです」「どんなことやるの?」「いや、それが、どんな事業がいいかと思って相談したいのです」みたいなね(笑)。
    野田:いますね。何がやりたいのではなく、社長になりたい。
    平野:いるでしょう。だから、やりたいことがある。まずやりたいことを持つということを、あくまでも私は若者に勧めたい。その手段の1つとして、会社を作る、つまり経営者になるということが有効な例が結構多いということだと思います。
    野田:そのとおりですね。
    平野:どうしても今、IPOが増えてきているので、起業を煽る傾向がありますが、やっぱり「やりたいことが自らの中にある」ということがまず大事で、それがないのであれば、意味はないわけですよ。
    野田:実は今、「事業創造をしたいから社員を鍛えてくれ」というニーズがすごく高いのですね。私はまず、「今まではどうしていましたか」と会社に聞くわけです。すると、「ですからニーズを探してですね」と始まるわけですよ。「それでこのニーズを実現できる技術などを探しましてですね、両者をマッチングさせる……」と言うから、「なるほど、それではうまく行かないですね」。私はそういうやり方は大嫌いだと言っていまして、だいたい「ニーズがあってさ」「シーズがあってさ」というやり取りは、自分からすごく遠いところで事業創造をやろうとしているわけです。それでは自分事化できないから、少しでも壁にぶつかったら逃げるに決まっているじゃないですか。もっと内側からね、何とかしたいという気持ちがわき上げってこないとダメだと思う。それが義憤ですよね。
    平野:その通りですね。
    野田:だから、あなたは世の中に負と思うことがないのかと言い放ちます。「負の写真を100枚撮ってこい」と言います。その中で本当に自分がおかしいと思うものが見つかったら、それを核として考えるのであれば、まだ自分事化できると、そんな話を今よくするのですよ。
    平野:最近はさらに、ケーススタディを数多く学ぶといったことも自分事化できない方向に行ってしまっていますね。あるいは今、リーンスタートアップのような話も盛んですが、その中でも市場のニーズみたいな話があって、それはそれでいいのですけど、起業ですからね。本当に小規模でスタートするのに、市場データや統計から出てくるようなニーズをベースにしても、そんなものは大企業でも決められることですよ。
     大企業がより詳細なリサーチをして、それで進めていけるようなことを、従業員が二~三人の組織がやって勝つわけがないですよ。だから、ニーズから持っていくのは止めようと言っています。
     インフォテリアの製品開発では、ファーストバージョンはユーザーの声を聞かないポリシーです。
     あくまでも自分たちの中から湧き出るもの、自分たちが考える未来において市場に提案したいものを出せというわけです。それで出来たのがアステリアであり、ハンドブックなのです。そうやって形にした上で、市場のフィードバックをもらうのです。
     もう1つ大事なことはユーザーのニーズ、市場のニーズは「今」ほしいことだということです。市場の変化が激しい中、一方で開発には時間が必要です。1年かけて、2年かけて作って出すわけです。だから、その時に必要なものでなければいけない。しかもうちの製品は企業向けですから、その後何年間も使ってもらいます。だから、今のニーズではなく、未来のニーズに応えるものでないとダメです。今必要なものを今から作っても遅すぎますよね。
     だから、ユーザーの声に紛らわされてはいけない。
     ただ、出した後に、フィードバックを徹底的に聞いて、それでブラシュアップするわけです。
    野田:昔、携帯電話に求められる機能の調査というのを野村総研にいたときに受けました。私はその中にカメラという機能を入れておいたのです。しかし、当時の電電公社、移動体通信の担当者は「カメラなんて、いるわけないだろう」と言いのけました。内心、私もそうだなと思いました。アンケートを取りました。そうしたら欲しいと言う人が誰もいなかった。だから付けなかった。そうしたら2年後にカメラ付き携帯が大ヒットしました。消費者は自分のほしいものがわかっていないということがよくわかりましたね。
    平野:わかってないですよね。
    野田:それ以来、そういうやり方は止めました。

     
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