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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.7 NO.3
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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.7 NO.3

2014-08-18 06:00

    野田稔・伊藤真の「社会人材学舎」VOL.7 NO.3

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    コンテンツ

    対談VOL.7
    浜田正幸氏 vs. 野田稔

    社会人材とは自分の足で立ち
    完結的な価値を創造でき、なおかつ
    外に向かって開いた人材のこと

    第3回 社会にとって好ましい行動を取るには?

    Change the Life“挑戦の軌跡”
    グラフィックファシリテーター――日本で1つの肩書き
    ――株式会社ユニファイナアレ やまざきゆにこ

    第3回 組織や会議の「ネガ」を描き続けるという使命感

    NPOは社会を変えるか?
    第23回 ドットジェイピーの願いは、平均値の引き上げ
    ――NPO法人ドットジェイピー 佐藤大吾理事長

    粋に生きる
    8月の主任:「仁平幸春」
    第3回 古典に学び、美の一撃を素直に図案に落とす

    誌上講座
    テーマ7 二流を超一流に変える「やる気」の与え方
    野田 稔
    第2回 プロ野球もビジネスも、役割期待が人を動かす

    連載コラム
    より良く生きる術
    釈 正輪
    第27回 生も死も循環する大いなる営みが“無情”



    対談VOL.7
    浜田正幸氏 vs. 野田稔

    社会人材とは自分の足で立ち
    完結的な価値を創造でき、なおかつ
    外に向かって開いた人材のこと

    本誌の特集は、(社)社会人材学舎の代表理事である野田稔、伊藤真をホストとし、毎回多彩なゲストをお招きしてお送りする対談をベースに展開していきます。ゲストとの対談に加え、その方の生き様や、その方が率いる企業の歴史、理念などに関する記事を交え、原則として4回(すなわち一月)に分けてご紹介していきます。

    今月のゲストは、浜田正幸氏。多摩大学経営情報学部および大学院経営情報学研究科教授で、「社会人材学舎」の講師陣の一人です。誌上講座にも一度、登場いただきました。早稲田大学大学院修士課程修了。大学院で認知心理学、行動科学を研究の後、本田技研工業入社。ホンダF1チームのコーディネーターとして欧州を転戦。その後91年、野村総合研究所に移り、人事・組織を中心にした経営コンサルタントとして活躍。独立して、ケアブレインズ設立。多摩大学経営情報学部准教授を経て現職。現在は樵とし、またチムニースイーパーとしても活躍。
    社会人材学舎の理事長である野田稔とは、野村総合研究所以来のパートナー。今月の対談では、この二人が社会人材について語り合います。

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    第3回 社会にとって好ましい行動を取るには?

    グローバルや国境に関する
    日本人、アメリカ人、中国人の認識の違い

    野田:田中さんはルーセントテクノロジーで今、どういうステータスなのですか?
    浜田:日本のマーケットのマネジャーをやっていて、自分から仕掛けていろいろなところを開拓していますね。楽しくやっているみたい。
    野田:それで大学院に来ている?
    浜田:来ています。多摩大学の大学院は大学卒業相当の能力があれば入学できるので、彼は専門学校卒だけど、職歴を見ると大丈夫だというので、入学が許されたわけです。
    野田:どんなテーマをやっているのですか?
    浜田:実は、ようやくテーマが決まったところで、グローバル人材の研究を始めたいと言っています。そもそも日本人とアメリカ人と中国人では、グローバルの概念が違う。その認識が出発点みたい。日本人は「私」とか「うちの会社」があって、外があって、グローバルはさらにその向こうという位置づけなのですね。ところがアメリカ人は自分がいて、その中にグローバルが入っている。
    野田:だから厄介なのですよね。
    浜田:だから、どこに行っても英語をしゃべってはばからないわけだけど、中国人は、一応、自分とグローバルを対比する。だけど、常にグローバルを自分の中に取り込もうとするのですね。
    野田:そうそう、全くそのとおり。中国、漢民族と言ってもいいかもしれないけど、国境という概念がないらしい。だから尖閣列島に対する考えは、彼らにとっては当たり前なんだそうです。彼らにとっての国境は、自分の力の及ぶところという概念なのです。「中華」とはその光を表していて、その光が強くなると遠くまで届く。その届いたところまでが中国。今は経済力がついてきて光が強いから、世界が視野に入っている。明るいのだから、「中国になったほうが、あなたも得だよ」と考えるわけです。「入れてあげる」なのですね。決して、侵略という発想ではない。自分たちの懐の深さだと思っている。
    浜田:華僑もいろいろなところに出ていっているけど、それはそこの土地を自分たちの、つまりは中華の仲間にすると、何かそんな意識らしいですね。
    野田:だからそういう意味では、習近平国家主席が、韓国のパククネ大統領のところを最初に訪問したというのは、当然なのですね。それはもう北朝鮮は中国の中だという意識だから、わざわざ行く必要がないからです。そこを日本のマスコミはミスリードしている。光が弱かった昔は、北朝鮮までしか行けなかった。だから、もっと光が強まれば、彼らは今度は日本にまで勧誘しにやってくるはずです。

    必要なのは先を見通す力
    10年後、20年後のために、今、手が打てるか

    野田:田中さんのほかに、どなたか社会人材のお手本のような人はいませんか?
    浜田:年齢は80歳を過ぎている人なのですが、この人の若いときの考え方がおもしろかったので、あえて取り上げたいのですが、元信州大学の島崎洋次先生。彼はもともと県に勤める公務員で、毎日、林野の測量をしていたのですね。それが、信州大学の農学部の前身である専門学校を開設する際に、請われて転職をして、その学校で助手になるのです。
     ただ、その後も彼のやることは変わらずに、現場にばかり出ていた。だから、いわゆる研究者仲間からすると異端児だったわけです。その結果、何と50歳過ぎまで助手だったのですよ。でもその代わりに、彼は現場を知り尽くしていたわけです。
     当時、10年、20年先を見たときに、このままでは絶対に森が荒廃する。だから山守の担い手を育てていかないといけないと彼は言い続けるのです。と言うのも、昭和40年代のエネルギー革命で石油が主役に躍り出て、その結果、森は使われなくなって、その後、林業従事者が瞬く間に何十分の1にまで減ってしまったのです。
     そうなることが彼にはわかっていた、見えていたのだと思います。そんなふうに時代の先が見えると言うのはとても重要な視座だと思うのですよ。
    野田:昭和40年代から今の森林の荒廃が見えていたわけですね。
    浜田:ちょっと話が飛びますけど、ミドルマネジャーは会社全体の改革をしなくてはいけないとか、自分たちはこういうことをやらなくてはいけないということはわかっていて、会社の方向性みたいなところはある程度見えているのかもしれないけど、世の中がこう変わるからこういうようなことをしなくてはいけないというのはわからない。それは、経営者の発想だと思います。
     島崎先生には当時から日本社会の将来、特に森の荒廃が見えていて、だから森の担い手を作らなくてはいけないと思われた。もう1つ、大きな問題がありました。戦時中、燃料のために木を切って、日本中が禿山になって、それで戦争が終わった後に「このままでは大変だ」というので拡大造林を始めたのです。ところが昭和40年代になって石油が入ってきて、燃料革命で家庭でも薪や炭を使わなくなって、森林が使われなくなった。それでも国の政策として拡大造林が続いていたのです。植え過ぎも困るわけです。それが大変だということも、島崎先生は言い続けていました。
     ところが、国からも県の行政からも、「またあんなことを言って」と言われて、結局50いくつまで冷や飯を食べさせられて、助手をやっていたのですね。
     しかし彼は、だからと言って、お上の言うことに従ったり、近視眼的に研究テーマを選ぶことはしませんでした。
    野田:そうしていたら、多分、もっと早く出世していたでしょうね。
    浜田:正義感というか、先が見えてしまうからなのでしょうね。後から我々が聞いても、島崎先生の言うとおりだと思いますけどね。まあ、我々は先を見越しているのではなく、事実を知った上で、ですから。
     そうであるけれども、当時の話を聞くと、これは拡大造林などしている場合ではないと言うことが滅茶苦茶よくわかるのですよ。なのに、お役人たちは、政策がそうなのだから、もう少し拡大造林で森林面積を増やしていくしかないと思い込んでいる。皆が石油を使い始めているのに、頑として態度を変えない。
     それに対して、島崎先生も頑固に主張するわけです。自分が今何をやるべきかがわかっているからです。正義感だけしかなかったのではないかと思いますね。

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    眼に見えない部分を見通せるのが玄人
    明るくなければ見えないのが素人

    野田:今、浜田さんが使われた「正義感」という言葉、僕もその感覚はよくわかるのだけど、正義感の前に、多分、恐怖心があったような気がする。
     要するに、見えている人は、このままやっていると大変なことになると素直に怖がる。「このままじゃ、まずいよね。何とかしないといけない」。でも誰もやらないから仕方ない、「俺がやるか」と思う。
     実は、その感覚って、ベンチャー経営者は皆そうだった。昔、「起業家は最初の一人をどう巻き込むか」という研究を行って、ベンチャー創業者8人を取材したのですが、皆、始まりは義憤だったのです。
     このまま放っておいたら大変なことになる。あるいは、顧客と自分たちの情報の非対称など、こんなにおかしなことを放置できないだろうという怒りなんです。本誌の対談に登場いただいたネクストの井上高志社長や、インフォテリアの平野洋一郎社長もそこに含まれていました。
     その義憤は、単なる義侠心などではなく、怒りであるとともに、恐怖心がそこにはある。それがモチベーションを強化するわけです。
     つまり、とにかく大切なのは、暗いところが見えること。目に見えないところが見えること。それができる人を玄人という。反面、白いところ=明るいところだけしか見えない人を素人という。これは中国古典の田口佳史先生の受け売りですが、言えていると思う。
     まあ、玄人は人の見えないところが見えているということだけど、それは見えているというよりは考えているということだよね。ロジカルに考えることができるということ。その時に妙な枠とか思い込みとかに囚われないで、純粋に自分の頭で考えることができる。それが暗いところが見えるということの意味かもしれない。
     そうすると、見えちゃった以上、危険もわかるので、変えざるを得なくなる。逆に言うと、お役人さんは見えているのに見ないようしにしているのか、そこに悪意があるのか。あるいは、ただ見る力がないのか。
    浜田:両方のケースがあると思うけど……、でも、それなりには見えていると思うな。見えているけれども、それを見ないようにしているのだと思う。
    野田:すると問題なのは、見えていて見ないふりをなぜするのか。利己主義?
    浜田:保身だと思いますけどね。
    野田:保身か。それは悲しいね。

     
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