『スーパーマリオメーカー』(任天堂, 2015)
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先月の発売以来、けっこうやっています。

最近は昼も夜も
「ああでもない、こうでもない……」と
新たなコースについての構想を膨らませる日々です(-ω-;)

こういうのは短期間でパパッとやる派なので
熱いうちに詰められる限り詰めてみようと思っています。


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さて、最近ぼんやりと思うことを1つ。

「アクションゲームの楽しさって何だろう」と。

自分で作ったコースに関する動画を自分でも投稿していますし、
他の方が私のコースをプレイする様子を収めた動画もいくつかあるので、
自分のコースに対する評価というのは
けっこう目にする機会が多いです。
嬉しい限りです。

評価は大きく二分していると感じます。

「よく作り込まれた素晴らしいコース」「この発想に感銘を受けた」
など、とても高評価なご意見と、

「制作者の自己満足だけの糞コース」「やっていて楽しいと思えない」
など、とても低評価なご意見とに、

他の制作者さんのコースに対する評価と比べてみても
かなり極端な分かれ方をしているのを認識しています。

もちろん、人それぞれの趣味趣向はあって然るべきなので
その1つひとつの評価に云々するつもりはありませんし、
すべて自分のコースに対する貴重な評価なので
そのままありがたく受け止めさせていただいています。

ただ、ここで作り手として最近強く感じるのは、
アクションゲームの「楽しさ」に対する考え方
本当に様々、十人十色なんだろうなということです。

十人十色と書きましたが、私としては
主に3色に分類されるように思います。

 ①演出が凝っている、あるいは賑やかで派手なものを楽しいと感じる

 ②道しるべや救済アイテムが多く用意され、緩めの設計となっており、
  はじめてでも難なく進めていけるコースを楽しいと感じる

 ③目に見えるヒントは少なめで、厳しめの設計となっており、
  試行錯誤を経て「正解」の道筋を探していくコースを楽しいと感じる

特にが決定的に相反するものです。

私はのタイプの人間で、
そういうコースやゲームに楽しさややりごたえを感じるので、
コース作りも自然との方々の楽しみを想定したものとなることが多いです。

作成後のテストプレイ・修正は、1マス単位で何度も行います。

コースのポイントごとに、
「ここは2マス余裕をもたせよう!」
「ここは1マスだけ余裕を!」
「ここは1マスでもズレたら駄目なように!」
など、こちらでの想定解を明確に描いて設計しています。

また、プレイする方がその想定解に近づくための誘導も、
多すぎず少なすぎずのバランスで盛り込むようにしています。

任天堂のオリジナルコースのように、
コース冒頭・序盤でコンセプトを示して
中盤から終盤でそのコンセプトの難しい版が出てくる、
という作りが私は好きです。

そしておそらく、私のコースが嫌いだという方は
こういうのを探る過程が嫌いだ!面倒臭い!という方だと思います。
もうこれは、好みの問題なのである程度仕方ないと割り切っています。

ただ、のタイプの方の大多数からも
「自己満足の糞コース」と思われているならばこれは問題です。

今後も皆さんのご意見を、できるだけ偏ることなく受け取って
制作に活かしていきたいと考えているところです。


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このゲーム、生粋のゲーマーはもとより
絵を描く人や音楽を作る人はすごくハマりやすいと思います。
最近やりとりさせていただいている周りの方々を見ていると、
本当にそう思います。


ではでは(-ω-)ノ