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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「荒神討伐奇譚~目覚めし虎の姫~」  3/4
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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「荒神討伐奇譚~目覚めし虎の姫~」  3/4

2014-12-17 13:03

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     兵御院に示された入り口から、姫花は坑道に入った。
     人の手によって整備されており、壁は固められている。
     しかし、明かりはない。
     
    「光よ……」

     指先からほんの少しの妖力を解放する。
     ふわりと光の玉が浮かんだ。
     あたりを照らす。

    「でも、霧に阻まれてあまり遠くまでは見えないわね。嫌らしい霧……」

     外よりもはるかに濃い、べったりとした緑の霧が漂っていた。
     死臭と腐臭、刺激臭。ありとあらゆる悪臭の塊。
     姫花は服の裾で口と鼻を抑えた。
     
    「気分が悪くなってくるわね……」

     前を睨みつけ、姫花は奥へと歩を進める。

     足元はだんだんぬかるみはじめ、空気は重く湿り気を帯びる。
     毒霧は濃度を増し、視界は悪くなる一方だ。
     
     だが、突然霧が薄くなった。開けた場所に出たのだ。
     天井は高く、上の方には澄んだ空気がたまっているのか、霧はない。
     それを見て、姫花は妖力の光球を上方に飛ばした。
     
     最奥に、人の背丈のゆうに三倍はあろうかという巨大な岩が見える。
     その前に、緑の霧が凝ったような人型の何か。
     体のいたるところから毒霧を噴き上げている。

     冠に袍、沓に笏。
     壁画に描かれるような、古の日本を治めていたであろう王族の衣装。
     数百年の時を経てなお、変わらぬ宿敵の姿。
     
    「荒神っ……!」

     円形の広場に、姫花の声が響いた。
     
    「妃たる娘か……」
     低く、くぐもった声が残響する。
     
     人型の頭の部分に、下卑た表情が浮かんだ。
    「ほう、これは美しい。我が妃に相応しい。さあ、近う寄れ……」

     姫花は両足を肩の幅に開き、踵を浮かせた。
     両腕を胸の前で交差させ、妖力を集中させる。
     
    「私の顔を忘れたの? 長いこと経って耄碌したんじゃない?」

    「ぬうっ……貴様、生野姫花か!」

    「今更気づいたの? 間抜けなことね」
     姫花は鼻で笑った。

    「ふん、貴様が来たならこの上ないわ。うまくいったようだ。妃などもはや必要なし」

    「何かわからないけど、戯言はここまでよ! 引導、渡してやるわ!」

     姫花の両腕から放たれた純粋な妖力が、荒神に叩きつけられた。
     しかしその瞬間、荒神は実体を失い、緑の霧へと変じた。
     妖力の塊は、一瞬前まで荒神がいた場所をすり抜け、後方の大岩にぶつかった。
     
     ドォォォン!
     
     爆音が響く。もうもうと煙が立ち、天井からぱらぱらと土の破片が降り注いでくる。
     
    「手間を省いてくれて感謝するぞ、小娘」

     荒神の声だけが響く。
     土煙が収まると、巨大な岩に変化が生じていた。
     妖力の光を反射して、坑道中が照らされる。
     表面を覆う岩と土が払われ、中の銀が姿を現したのだ。
     
    「この山に封じられて、むしろ幸運であった。我が失われし肉体に相応しい憑代を見つけたのだからな」

     霧が筋となって、巨大な銀塊に巻きつく。
     そしてそれは、吸い込まれるように消えて行った。
     やがて。
     
     低く、山そのものを揺るがすような地響きが始まった。
     
     銀塊が動く。命あるもののように銀塊が蠢く。
     まるで眠れる巨人が起き上がるかのごとく、それは徐々に人の形を縁取り始めた。

    「!? 何をする気なの、荒神っ」 
     
    「人の肉体のように脆弱ではない。霧のように薄弱でもない。我が肉体は、強く美しく、輝きを放つ銀とする!」

     甲に冑をまとい、右手には巨大な直刀。
     姫花の時代よりさらに昔。太古の兵装をなした銀の巨人が、姫花の前に立ちあがった。
     その身丈は、姫花の五倍はあるだろう。

     姫花は息を飲んだ。だが、すぐに立ち直る。
    「所詮は木偶人形よ。粉々にしてやるわ」

     ギロリ。
     冑の下から、姫花を睨みつける。
     表情は、霧でいた時よりもはるかに殺気に満ちていた。
     
    「クハハハ! 小さいな、生野姫花」

     響き渡る哄笑。
     巨人となった荒神は、その直刀を上方に振り上げた。
     山頂に至る、天井に向かって。
     
     衝撃波が走る。
     
     坑道の中が光に照らされた。鉱山そのものが切り裂かれ、そこから陽光が降り注いだのだ。
     そして次の瞬間、崩落が始まる。
     
    「きゃあああああ!!」

     大岩が姫花めがけて落下する。
     
    「今度はお前が銀山に封じられる番だ! 地中深くに埋もれるがいい!」

     崩れゆく銀鉱を、ゆっくりと荒神は上昇してゆく。
     
     
     


     生野銀山の頂上に、荒神は姿を現した。
    「数百年ぶりの地上か。なんと太陽の力強いことか」

     地上を見下ろす。
     山々に囲まれた生野の地は、古の時代よりも栄えているのが見て取れた。
     銀山の入り口に群れた人々が、恐怖の眼差しで荒神を見上げていた。
     それが、たまらなく心地いい。
     
    「愚民ども……。その命、我に捧げよ。その生気を我が妖力としてくれよう」

     大きく息を吸い込む素振り。そして街に、毒霧を噴きつけた。
     固形化したような緑の霧が、人々に襲い掛かる。

    「ゲホッ……ゴホッ!」
    「いき……が……」
    「けほっ……あのひとは……」

     ある者はそのまま地に倒れた。
     喉を掻き毟る者、咳き込みうずくまる者。
     涙を流しながら、空に手を伸ばすもの。
     妻と子を抱きかかえながら倒れ伏す父。妻の悲鳴は、毒に塞がれて外に出ることはなかった。
     
     荒神は上空から、緑の霧に包まれた地獄絵図を、恍惚の表情で眺めていた。

    「時が経とうと、人は変わらぬものだな。なんと心地よい絶叫か……むっ!?」

     何かを察し、荒神は身を翻した。
     雷球が銀の体をかすめて飛んでいく。
     
    「なんということを……! 残虐にして極悪なのは、変わっていないようね!」

     怒りに満ちた声が響いた。
     
    「生野姫花……っ」
    「おあいにく。あの程度でどうこうできると思ったら、舐められたものだわ」

     衣装の裾がはためく。
     髪が、風にたなびく。
     全身を淡い銀の光に包まれた姫花が、空に浮かんでいる。
     妖力を解放して、浮力に変換しているのだ。
     
    「生野の地よ。谷よ。風よ。今ここにある毒を打ち払え……!」

     その身に宿る力を乗せて、姫花は祈るように唱えた。
     刹那。
     地上を突風が駆け巡った。
     姫花のいる上空では、髪の先を揺らす程度のそよ風だったが、大地に溜まる毒霧はすべて払われていた。
     人々が、互いに助け合い立ち上がるのが見える。
     
    「貴様あぁぁ!」

    「ふん、お前が人々の苦しみを妖力に変えるなんて百も承知よ。そうはさせないわ」
     彼女は油断なく、身構えた。

    「さあ、決着をつけましょう。今度こそ永遠に古墳に葬ってやるわ……!」
    「ぬかせ小娘! 跡形も残らぬよう捻り潰してくれるわ。その苦悶を我が力としてやろう」

     姫花は不敵に笑った。
     自分の数倍の大きさのある敵を相手にしながら、その瞳に恐怖はない。
     銀色の光が、稲妻を成して彼女の体を走る。
     自分の妖力が高まっていくのを、姫花は感じていた。

    「さぁ、そろそろ本気を出そうかしらね」

     左手を大きく打ち振る。
     雷球が空中に五つ、荒神の巨体を囲むように現れた。
     
    「喰らいなさい!」

     広げた手のひらを、ぐっと握る。それに合わせて、同時に五つの光が荒神に襲い掛かる。
     
    「手ぬるいわ!」

     荒神は刃を打ち振るい、雷球を切り裂いた。
     弾ける音を立てて、雷球が消え去る。

    「やるわね!」

     光の残滓の中を、荒神が刃を掲げて突っ込んでくる。巨大な体躯に見合わず、その動きは素早い。
     姫花の瞳に、振り上げられた剣が映る。避けられない。

    「盾よ出でよ!」

     とっさに、姫花は身を守る。妖力が実体化し、盾の形をした結界壁が形成された。
     
     ギイン!
     
     金属同士がぶつかり合うような音。
     その一撃で、姫花の盾には亀裂が入っていた。二撃以上耐えられないと判断し、実体化の妖力を打ち切る。盾は霧散した。
     防御分の妖力も上乗せし、攻撃に転じる。
     
    「刃がお前だけのものとは思わないことね」

     大きく空中に十字を切るように、姫花は手を動かした。
     切り裂かれた空気が意思を持つように、鎌鼬となって銀の巨体に向かう。
     荒神は、避けようともしない。
     
    「愚かなり」

     真空の刃は荒神の体に、毛の筋ほどの傷をいくつかつけただけで、かき消えてしまった。

    「金属を切り刻むなど、土台無理なことよ」
     嘲りを含んで、荒神が笑う。姫花は舌打ちした。
     
    「ちっ……。当然だったわね。じゃあ、火ならどう?」

     空中で体制を立て直す。両手を合わせ、軽く指を曲げる。できた隙間に妖力を集中させた。
     薬指、中指、人差し指と徐々に離していく。
     花びらのように開いていく手のひらの真ん中に、青く燃える炎が現出した。
     
    (一点狙いよ……)
     
     両手を離す。その幅に合わせて火球も、轟々と音を立てて回転しながら、大きく膨れ上がっていく。
     姫花は両腕をいっぱいに広げた。
     巨大な火球が形成された。

    「行きなさいっ!」

     姫花の声を受けて、火球は荒神に向かっていく。
     正確に言うのであれば、剣を構える右腕の、肘一点に。
     
    「ぬうっ」

     意図を見抜けなかった荒神は、迫りくる火球にとっさに右腕を上げ、顔面をかばった。
     むき出しになった腕の関節に、火球が絡まりついた。
     青い火球は、荒神の体を構成する銀を融解させていく。

     ずるり。刃を持ったままの右腕が焼切られた。
     水銀のように液体化した金属の雫が、日の光を反射しながら落ちていった。

    「やったぞー!」
     地上の人々の声が、姫花の耳にも届いた。

    「う、ぐああぁぁぁ!」
    「そんな体でも、痛みは感じるのかしらね」

     冷たく言い放つ姫花。

    「おのれ小娘、許さぬ……むごたらしく殺してくれるわ!」

     憤怒の光を宿して、荒神は姫花を睨みつけた。
    「いくら貴様の結界壁といえども、無数に襲い掛かる銀の礫に耐えられまい」

     無傷の左手で、右の失われた肘先を引っ掴む。
     バァン! 握力で己の体を砕く。肘、上腕、そして肩。そのたびにいびつな銀の礫が生産される。礫とはいえ、その一つ一つの大きさは人間の拳ほどもある。

     傷口からは、血のように緑の霧が溢れ出た。

    「喰らえ!」

     荒神の体の一部であった銀塊は、それ自身が意思を持つかのよう空中を走り、あらゆる角度から姫花に殺到した。
     
    「盾……いえ、球!」

     姫花は己の周りに真球の障壁結界を形成した。身をかがめ、それでも訪れるであろう衝撃に備える。
     幾百もの礫が、結界壁を打ちつける。
     地うねりのような低い音があたりに木霊する。

    (この勢いじゃあ、いつまでも耐えられないわね……)

     障壁の内側で、姫花は焦っていた。攻撃はやむことなく、間断なく姫花の妖力を削っている。
     かといって、攻撃に転じるために結界壁を消せば、その瞬間に無数の礫に打たれて命を失う。
     差し違える屈辱はもうごめんだった。でも、このまま荒神に一方的に負けるのは、彼女の誇りが許せなかった。

    (一気に妖力を解放し、その隙をついて一撃で決める)

     いくらかの傷を負うことを覚悟の上で、結界壁の妖力を絶とうとした瞬間。
     不意に、礫の攻撃がやんだ。
     絶好の好機。彼女は結界壁を解除した。
     だが。
     
    「クハハハハ! 小娘は何百年経とうと小娘よ!」

     姫花の目の前に、荒神の無傷の左手が伸びていた。
     その細い体を、鷲掴みにする。
     
    「ああああああっ……!」
     姫花は、体の中で骨が軋る音を聞いた。
     痛みが全身を支配し、集中させた妖力が霧散していく。
     
    「この程度の策にかかるとはなぁ! 宣言通り、捻り潰してやろう」
     荒神は、さらに握力に力を込めた。

     姫花の悲鳴が、山彦となって生野の地を駆け巡った。
     
    (この、ままじゃ……)
     すぐそばのはずの荒神の嘲笑が、遠く聞こえる。
     手足が冷えていく。
     視界が暗くなっていく。
     
    (か、さま……姫花さま!)
     姫花のすぐ耳元で、はなきの声が聞こえた気がした。
    (どうか勝ってください)

    「負けられない……あの娘の祈りを、私は背負っているから!」
     体に妖力がみなぎる。 

     手足にぬくもりが戻ってきた。
     暗くなった視界は、霧が晴れるように明るくなった。
     遠のいていた荒神の不愉快な笑い声は、途切れていた。
     驚愕の眼差しで、姫花を見る。 
     
    「馬鹿な! 妖力も命も、尽きかけていたはず……」
    「お前が人々の苦悶を妖力とするように、私にも糧とできるものがあったのよ」

     姫花の体が光に包まれる。優しく、それでいて力強い光。
     それが一気に収縮して、弾ける。

    「ギャアアアァ!」

     荒神の左手だったものが、砕け散り地上へ落ちて行った。
     両腕を失った荒神。
     姫花は宙を舞い、素早く懐に飛び込んだ。
     
    「それは、人の希望、祈り。さあ、終わりよ!」

     両腕にすべての力を集中させ、巨体の中央、胸の部分に叩き込む。

    「おのれえぇェェ! まだ、まだだァ…… まだ我は……!」

     言い終わらぬうちに、荒神の銀の体にひびが入った。
     体から、緑の霧が吹きだし始める。
     足が砕け始める。膝、腰、胸……細かい銀の砂となって、風に舞い散る。

    「今度こそ……」

     姫花は荒い息を吐いた。
     ぐらり。視界が歪む。
    (力を使いすぎたわ。浮いていられない……)
     崩れゆく荒神の体と共に、姫花は重力の糸に引かれて、地上に落ちて行った。
     
     後には、かすかに揺らめく緑の霧が残された。


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