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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説②『ピース』第7話
……俺は一人、『レインボースターロード』に立っていた。ここに来るのは、ずいぶん久しぶりのことであった。いや、実際の時間軸からみて、“久しぶり”という表現が適切なのかどうかはわからない。だけど、少なくとも俺の感覚からすると、この道を前回訪れたのは遠い過去であった。現在時刻は、夜の八時四十五分。天候は、むかついてしまうくらい快晴。当然、額から流れる汗が目に入ってしまうほど暑い。ちなみに、ここは車や人々の往来が極端に少ない道でもあった。もちろん、軽自動車同士でも対向できないほどの幅の狭さや、ほとんど舗装されていない路面状態にその原因を見出すこともできるだろう。しかし実際のところは、単純にここを利用する必要がある人間自体が極端に少ないだけだと思われる。なんせ、周りを見渡したところで、広い田んぼと育ちまくった木々しか確認できないような土地なのだ。泉集駅から徒歩で十五分程度、何も知らないでやって来た他所者がいたならば、唐突に変化する、もとい人類の進化に逆行するかのごとくその風景に、戸惑うどころか恐怖を感じてしまうかもしれない。さらに夜になれば、その傾向がもっと顕著になる。この道では、駅前の賑やかな雰囲気はおろか、コンビニや信号機といった現代人にとっては日常的な光源の恩恵すら、一切享受できないのだから。田んぼや木々が自ら光を放つような時代にでもならない限り、恐らくこの状況は永遠に改善されないだろう。いずれにしても、『寂れた田舎道路』としか形容できないこの道を、『レインボースターロード』と名付けるだなんて、命名者はよっぽど悪趣味な人間だったに違いない。……事実、月川早苗は、悪趣味な人間だった。俺はよくこの道を利用していた。その理由は二つある。まず、『埴輪公園』へ行く為には、どうしてもこの道を通る必要があったのだ。だから小学生時代、あるいは中学生時代の俺は、毎日のように夕方になると一人でこの道を歩いていた。まるでそれが義務のように。なおかつ、月川早苗の実家へ行く為にも、やっぱりこの道を利用する必要があったのである。俺がその事実を知ったのは、高校一年生の時だった。それも、向こうから自発的に教えてくれた訳ではない。たまたま埴輪公園に行く時間が遅くなった際に、古墳の森の中から猪のごとく突進してくる早苗の姿を発見してしまったのだ。公園での雑談が済んだ後、俺達はいつも泉集駅まで一緒に帰り、そこで解散していた。なので、俺はてっきり早苗の実家が泉集駅近くにあるものだとばかり思っていた。しかし、それは誤った認識だった。彼女は、古墳の森に住む数少ない住人の一人だったのである。そりゃあ、毎日のようにあの公園に顔を出していても不思議ではないってもんだ。「……自分の実家を知られるんって、普通に嫌やない?」それまでずっと実家の所在地を俺に隠していた理由を、早苗はそう説明した。「ほら、完全に素を、普段の自分を見られるようなもんやんか?」わかるような、わからないような理由だった。感想に困って黙り込んでしまう俺の表情を見て、彼女は少し慌てたようにこう付け加えた。「だから、血の繋がってへん人間を実家に招いたことは、今までいっぺんもないねん。それがたとえどんなに仲の良い友達でもな!」「そうか……」やっぱり、それ以上何も答えようがなかった。抗議するにしては、あるいは謝罪を求めるにしては、騙された期間があまりにも長すぎる。怒りよりも、驚きの方が勝ってしまうくらいに。とにかく、それからであった。……俺と早苗が、二人でよくこの道を歩くようになったのは。正確に言えば、高校帰りの電車内で偶然出会った場合――偶然といっても、それは二日に一度くらいのペースで発生するまったくありがたみのない偶然だったけど――俺が彼女を古墳の森の入り口付近まで、用心棒のごとく送って行くようになったのだ。この行動を、ますます女っぽくなってきている幼馴染の身を案じた俺から発案したのか、ますます周囲の目を気にし始めて近所の公園以外に愚痴を漏らす場所を確保したくなった早苗から発案したのかは、残念ながらはっきりと覚えていない。はっきりと覚えているのは、この寂れた道を『田舎道』という正確無比な呼称で呼んでいた俺に対し、食ってかかってきた女がいたということだ。「うちが住んでる家に繋がる道を、『田舎道』呼ばわりするやなんて、あんた一体どんな了見してるねんな!?」激昂した早苗は、たまに古風な表現を用いたりもした。「いやいや、これを『田舎道』以外にどう表現しろっていうねん」「そうやなぁ……」しばらく沈黙した後、にたぁっと嫌な笑みを浮かべながら彼女は答えた。「……あ、『レインボースターロード』ってのはどうやろ? 夢があってええんちゃう?」「まぁ、そんなことはどうでもええんやけどさ。それより……」「なぁなぁ! 『レインボースターロード』ってのはどうや? 一気に色彩感が増したと思わへん? それに、いかにも女の子っぽくて、メルヘンっていうか……」「昨日の宿題でわからへんところがあってやな……」「おいこら、調子乗っとったらイテまうぞ、ワレ!」低い場所からいきなり伸ばされた早苗の腕が、俺の胸倉を掴む。「今日からこの道の名前は『レインボースターロード』やからな! わかったか、こら!?」二度スルーしても彼女が引き下がらない場合、俺の対応は決まっていた。経験上、何を言っても無駄ってことなのだ。要するに、無条件降伏。「ああ、俺はそれで全然良いと思うで……」かくして、この田舎道の名称は『レインボースターロード』となった。たとえ夜になると七色どころかほぼ二色に色彩が統一されるような道であろうと、たとえメルヘンとは対極にあるような道であろうと、早苗がそう主張する以上は、付近住民にアンケートを取ったり国際法廷に掛けたりするまでもなく、『レインボースターロード』なのである。――そして俺は今、用心棒をほったらかして勝手にどっかへ行ってしまいやがった女が、勝手に名前をつけた道に、立っていた。とはいえ、別に郷愁に浸りたいという理由だけでここに来た訳ではない。ちゃんとした動機はあった。動機というよりは、使命。使命というよりは、指令。……その指令の主は、約束の時刻、すなわち夜の八時半から二十分も遅れて、このレインボースターロードに姿を現した。「お待たせして申し訳ございません」あいかわらず謝罪感ゼロな表情で、俺に声を掛けてくる田中育枝。暗闇に溶けてしまいそうな黒いワンピース姿である。「……よう」エセ魔女みたいな彼女の背後で従者のように立っていた西村も、俺の顔を見て軽く手をあげる。タンクトップに半ズボンというラフな格好の彼は、それから持っていた荷物を地面に置いて、無言のままチェックし始めた。デジタルビデオカメラ、そしてマイク。単体でも結構重いはずなのに、両方とも彼が一人で運んできたらしい。その原因が、田中育枝の命令だったのか、本人の申し出だったのか、まぁ、そのどちらだとしても俺は全然驚かないけど。「カメラもマイクもOKや」西村が報告する。明らかにその視線は、監督ではなく助監督の方を向いていた。「さて、そういうことらしいです、杉田さん」しかし、助監督の視線はちゃんと監督の方を向いていた。「そういうことって何や?」「要するに、後は監督のGOサイン待ちってことですよ」……そう、今日は『シーン2』の撮影日だった。なおかつ、今夜集まっているのは、俺と田中育枝と西村の三人だけであった。どうしていきなり撮影スタッフが半減してしまったのか――その理由を説明するのに、深く記憶を紐解く必要はない。時計の短針を、三十二回ほど逆回転させればいいだけの話だった。つまりは、前日の午後一時くらいのこと。意味不明なファーストシーンを撮影した後、田中育枝から手渡された『シーン2』の脚本をパラパラとめくっていた俺は、このままカラオケの場面に続かないのとは別に、もう一つの意外な事実にも気がついた。「……しかも、次は夜のシーンなんか」早苗の書いた脚本を素直に解釈するならば、『シーン2』に太陽の出番はないみたいであった。「なんや、ずっと昼間のシーンって訳でもないんやな」「当たり前ですよ。一応映画なんですから、どの時間帯のシーンがあってもおかしくないでしょう」なるほど、田中育枝の言うことは正論だった。なんとなく昼間の撮影しか想像していなかった俺の方が間違っているのだろう。だけど、俺にだって吐ける正論はあった。「ていうかさ、どうせ夜のシーンなんやったら、今夜中に撮影してしまえばええんちゃうの?」「一日に一シーンずつ撮影するというのが、月川先輩の方針でした。……これ以上、説明はいりませんよね?」余裕綽々な顔で答える田中育枝。恐らく彼女の頭には、『自分の方が間違っているのかもしれない』だなんて殊勝な発想が一切存在していないのだろう。この辺が十代と二十代の差なのか、あるいは悪魔と善良な一般人の差なのか。「そもそも、今夜は実良も華奈子もバイトがあるみたいなんで、どちらにしろ撮影は無理なんですよ。……残念ですねぇ」「残念やな、ほんまに……」正論に続いて、諦観漂う溜息を吐く羽目になる善良な一般人であった。世の中とは実にせちがらい。ところが、思ってもいない方向から物言いが入った。「いやいやいやいや、ちょっと待ってや育枝!」吉峰が、焦った様子で我々の会話に割り込んできたのだ。「実良、今夜どころか、夏休み中はほとんど夜にバイト入れてるんやけど!」「え……?」悪魔が一気に顔を強張らせる。「……ちょっと実良、それはどういう意味やねんな?」「つまりつまりとどのつまり、夜の撮影に参加するんはなかなか難しいってことや! いやぁ、まいったなぁ! 実にまいったなぁ! まいるまいらーまいれすとですなぁ!」こんな時でもハイテンションで嘆く吉峰に続いて、「わたしも似たようなもんやで、育枝」里見も言葉を挟んでくる。「夏休みって、学生バイトからしたら一番の稼ぎ時やんか。そりゃ当たり前のことやろ? ……むしろ、いつでも大丈夫って人の方がおかしいと思うけど」名指しこそされなかったものの、彼女の侮蔑するような眼差しは明らかに俺の体を突き刺していた。世の中とはせちがらい上に、極めて残酷でもある。それから改めて全員で協議した結果、『シーン2』を撮影できる時間帯、言い換えるならば、だいたい夜の七時以降に全員が集まれる日は、少なくともこれから十日以内には存在しないことが判明した。なかなか見事な暗礁への乗り上げっぷりである。とはいえ、特に驚くべき事態でもなかった。ド素人が趣味で製作する自主映画のスケジューリングなんて、所詮はこんなもんだろうからな。だけど、若干一名程はその事実を受け入れられない女性がいたみたいで、「みんな、映画のスケジュールを最優先してくれるって言ったやん……」消え入りそうな声で呟く田中育枝であった。「やのに……やのに……」眉間に皺を寄せて肩を震わせる彼女からは、普段の強気で横柄で独裁者然とした雰囲気を一切感じ取ることができなかった。なんにしても、調子に乗った態度をしとるから罰が当たったんじゃ、ざまぁみろ、いい気味や……だなんて心の中で嘲笑できるほどまでには、俺はまだこいつのことを嫌っていなかったらしい。「いや、その、だからさ、育枝」吉峰が、憔悴しきっている様子の友人の元に駆け寄る。「実良かって、この映画の為に昼間はずっと空けてたんやで。けどさ、夏休み中ずっと丸一日空けておくってのは、さすがに無理っていうか……なぁ、華奈子」「だいたいさぁ、育枝は夜の撮影もあるってことを前もって知ってたんやろ? それやったら、前もってわたしらにもそのことを教えてくれてればよかったのによぉ。じゃあ、みんなも気持ち良くスケジュールを空けられたはずやんけ」幼馴染だというのに、あるいは幼馴染だからこその辛辣な台詞が、里見の整った口から発せられる。「この映画は、あんただけで作るんか? そうやないやろ? 六人で作るもんやろ? それやのに、『みんな黙って予定だけを空けておけ』っていうのは、いくらなんでもひどすぎとちゃうか? 秘密主義にも、程があるんとちゃうか?」「で、でも、それがあの人の……月川先輩の、方針やったから……」「何やねん? あんたはそれを言えば何でも許されると思ってるんか?」「許されるとか、そんなんやなくて……」「……まぁまぁまぁまぁ」いつもの小競り合いとは空気が違うことを察したのだろう。ぎこちない笑みを浮かべながら、吉峰が二人の間に入った。「育枝もさぁ、ちょっと一人で色々と背負い込みすぎなんやって。少しは実良らに相談してくれてもええやん。せっかくのツレなんやからさ。……華奈子が言いたいのも、きっとそういうことなんやって」「前から思ってたんやけどさぁ……」それでも里見の文句は止まらなかった。「新体制になったんやったら、新しいやり方でやってもええんとちゃうか? 別に、月川先輩のやり方を全部やめてまえってことやないけどさ。もうちょっと合理的なシステムに変更したところで、たぶん月川先輩は怒らへんと思うで」「おお、おお、それってめっちゃ良いアイデアかも! そしたら映画も早く完成するやろうから、怒るどころか逆に月川先輩は喜ぶんちゃうかな! そうやそうや! ナイス華奈子! ……ほら、育枝もそう思わへん?」恐らくうまい落としどころを見つけたという安堵感からだろう。もう一度田中育枝の方を振り向く吉峰の口調は、極めて晴れやかなものであった。しかし当の眼鏡娘は、「でも、でも……」と、あいかわらず顔を俯けながらうめくように呟いている。微かに確認できる彼女の瞳には、いかにも納得いかないといった心境がありありと表れていた。堪らなくなってしまった俺が、大声で女性陣の会話に乱入する。「あのさ、ちょっと田中さんに訊きたいことがあるんやけど!」「え……?」さっと顔を上げる田中育枝。「な、なんですか?」「ひょっとして、これからずっと夜のシーンが続いたりするんか?」「いえ、そういう訳ではありませんけど……」「じゃあ、とりあえず『シーン2』を乗りきればええってことやんなぁ?」「で、でも……」「わかってる。早苗の方針を守る以上、脚本を前もって渡す訳にはいかんから、できれば順番通りに撮影したいんやろ? たとえみんなになんと言われようともさ」「それは、その……はい」弱々しくとはいえ、田中育枝がそれを認めてくれるならば、「吉峰さん。君にも訊きたいことがあるんやけどさ!」俺の次のターゲットは、彼女の隣でぽかんとした顔つきになっている童顔チビっ娘だった。「は、はい!?」意表をつかれたのか、裏返った声で応じる吉峰。「あ、ああ、きょ、今日は、ピンクの水玉であります!」「だから下着の色ちゃうわ!」いよいよ、俺の変態としての地位も確固たるものになってきたらしいな、おい。「……その君が持ってるマイクって、素人にでも操作できる代物なんか?」「このマイク、っすか? ええっとまぁ、実良かってほとんど素人みたいなもんっすから、その、たぶん誰でも操作できるとは思いますけど。……そうですね、例えば、ブルーレイの録画予約が出来るくらいの人やったら、大丈夫やないかと、はい」「ああ、それやったら大丈夫やな」俺は大きく頷いた。あいにく我が家には、ブルーレイなんてハイテクなアイテムは存在しないんだけどな。「よし、じゃあ『シーン2』は、俺と田中さんの二人だけで撮影しようや!」「……あたしと、杉田さんだけで、ですか?」唖然とした口ぶりで訊き返してくる田中育枝。「ああ、そうや。ほら、脚本を見る限り、このシーンの登場人物は君が演じる『苗子』一人だけやろ? それやったら、俺がカメラとマイクを同時に担当すれば、二人だけでも充分に撮影可能やと思うで」カメラとマイクを両方同時に扱うだなんて芸当が、果たして本当に可能なのかどうかはわからない。けどまぁ、カメラは頑張れば片手で持てるほどの重量だし、マイクだって小娘が軽々と天に突き上げられるような代物だから、短時間の撮影ならば全然不可能って訳でもないだろう。俺は勝手にそう推測した。「それはそうかもしれませんけど……その、他のみんなは、それでええんですか?」実に田中育枝らしくない対応だった。やっぱり、普段の独断専行ぶりが完全に鳴りを潜めている。不安げな表情を浮かべながら、おどおどとした口調で周囲に尋ねる彼女は、なんだかまるで年下の可愛い女の子みたいであった。「う~ん……まぁ、実良はアリかなと思うで。毎回毎回、絶対に六人全員が集まらんとあかんなんて決まりはないんやしさ。実際問題、それで撮影が進むんやったら、ええんとちゃうかな?」意外に冷静な吉峰に対して、「別に、わたしもかまわんけど。好きにしたら?」里見は、依然として不機嫌な様子だった。見た目に反して大人な吉峰と、見た目に反して子供っぽい里見。なかなか良いコンビじゃないか。「あ、おれも、その、それで……」「わかりました」さも当然のように徳永の意見を聞き流した上で、田中育枝は言った。「では、さっそく明日の夜にでも、あたしと杉田さんの二人で『シーン2』を撮影しましょう」「ああ、そうしようや」自分の意見が受け入れられて、ほっとする監督代理であった。……と、そこで俺ははたと気がついた。どうして自分は、ここまで必死になっているのだろう? この映画の製作を進める為に、ここまで躍起になっているのだろう?めちゃくちゃムカついている女の――月川早苗の映画だというのに。単純に、『監督』らしいところを見せ付けたかったのかもしれない。あるいは、里見の発言に気に食わない部分があったのかもしれない。もしくは……自分の我侭を貫き通せない女の子を前にして、我慢ならなくなってしまったのかもしれない。とにかく、俺はこの映画を完成させようとしていた。それは、紛れもない事実であった。「……ちょっと待てや」ふいに、西村が口を開いた。「明日の夜に、撮影するんやな? ……それやったら、オレがマイクを担当したるよ」「え? 西村さんが、っすか?」首を傾げる俺。確かこの男はさっきのスケジュール調整の際、『オレも明日から五日連続で夜にバイトを入れている』と言っていたはずなんだけど。「なんか問題あるんか、監督さんよ?」とはいえ、威圧的な眼光で睨みつけられた以上、俺は彼の申し出を受け入れるほかなかった。まぁ別に俺の方は “田中育枝と二人きり”で撮影する点になんかこだわってはいなかったから、ある意味では渡りに舟の提案だともいえるし。「では、言いなおします。明日の夜は、あたしと杉田さんと西村さんの三人で、『シーン2』を撮影しましょう」律儀に発言を訂正してから、助監督は俺の方に体を向けた。「……ところで、杉田さんにお尋ねしたいことがあるんですが」「黒のトランクスや」「これは有益な情報を入手いたしました。……しかし、あたしが今知りたいのはそんなことではありません」真面目くさった顔で述べた後、「我々が明日、どこで撮影すればいいのかをお尋ねしたかったんです」「どこって……そりゃあ、脚本に書いてある場所に決まってるやんか。『レインボースターロード』や」「だから、その『レインボースターロード』ってのは、一体どこにあるんですか?」そこで俺はようやく、眼前の女性が訝しげな眼差しで見つめてくる理由を察した。なるほど、確かに『レインボースターロード』とは、どんな地図にも載っていない場所である。……俺と、もう一人の頭の中の地図以外には。「ああ、そういうことか。……『レインボースターロード』ってのはな、この泉集市内にある、しょぼい道のことやねん」「やっぱり、杉田さんはご存知なんですね……」田中育枝が感心したような、それでいて少し悔しそうな表情を浮かべる。「あたしも泉集市に住んでもう二十年近くになりますけど、残念ながらそんな頭にお花畑――それもケシの花専門の畑がある人間が考えたような名称の道路は、まったく存じ上げないんですが」おいおい、君の尊敬する先輩が考えた名称なんやぞ……なんて突っ込んでやろうかと思ったけど、次の瞬間には思いとどまった。その名称をさも一般的な地名のように用いていた俺だって、充分同罪だろうからな。代わりに、俺は事細かく説明してやることにした。泉集駅からどのようなルートを辿れば、その『レインボースターロード』に辿り着くのかということを。まず最初に反応を示したのは、何故か説明してやった張本人ではなく、その隣にいるちっちゃな女の子の方であった。「え、それって育枝……」「へぇ、そうやったんですか」吉峰の言葉を遮断するかのように、わざとらしく手を叩いてみせる田中育枝。「あの道は、『レインボースターロード』という名前やったんですか。初めて知りましたよ」「どうやら、そうらしいで。まぁ、俺もよくわからんけどさ」勘の鋭そうな彼女のことだから、肩をすくめる俺を見て、即座に事情を察したのだろう。「よくよく考えてみると、とても夢のある名前やと思いますね。なんてセンスの良いネーミングなんでしょう!」見事に百八十度意見を変えやがった。「……それでは、明日の夜八時半に『レインボースターロード』に集合ということで、よろしいでしょうか?」もちろん、俺に異論はなかった。その中途半端な時間にも、その直接的すぎる集合場所にも、そのあまりにも馬鹿げた名称すらも。――とまぁ、こんな経緯があったというのに、だ。それから約三十二時間後の田中育枝は、そこまでフォローしてやった俺を、二十分も待たせた上に、「何をぼ~っとしているんですか? 後は監督のGOサイン待ちだと言ってるでしょう」むしろ責めるように睥睨してくるのだった。「やれやれ、遅刻してきたわりにはずいぶんな言い草やんけ、おい」「あら、まさか怒っているんですか? あたしとすれば、もう少し遅れて来た方がよかったかなとすら思っているんですけど」「なんでやねんな?」「……どうですか? 郷愁には充分浸れましたか?」この時ばかりは、ほとんど光源が存在しない周囲の環境に感謝せざるを得なかった。今の彼女の瞳を直視できる自信が、俺にはなかったからだ。「とりあえず、さっさと撮影を始めようや」これ以上何かを見透かされないように、俺は急いで準備に入った。西村からデジタルビデオカメラを受け取り、夜間撮影モードとやらに設定する。その様子を無言のまま見守っていた主演女優も、やがて溜息をつきながら眼鏡を外した。強面男がマイクを担いだことを確認した俺が、ファインダーを覗き込む。そこには、またもや横目でこちらを睨みつけている裸眼の田中育枝の姿があった。「ええっと、じゃあ、いくで」残念だったな。昨日と違って今日は周囲に野次馬がいないから、この台詞を吐くのもそんなに苦にはならないぞ。「それでは、『シーン2』……スタート!」夜、レインボースターロードにて。ゆっくりとした足取りで歩きながら、不機嫌な様子で呟く苗子。苗子「なんかめっちゃムカつくなぁ……ふざけとるわ、あいつら。うちに対するあてこすりのつもりか、アレは?」どうやらヒロインの独り言癖は健在らしい。……いや、時系列的に考えれば、ラストシーンだけではなく、『シーン2』からその傾向が始まっていたようだ、と表現した方が正確か。ちなみに俺は、というよりカメラは、そんなヒロインの横顔をずっと捉えていた。別に俺が女性の横顔フェチだからではない。『カメラは苗子と一緒に歩きながら、横顔を捉え続ける』というト書きに、忠実に従ったまでだ。ふいに、カメラが立ち止まる。しかし、なおも歩き続ける苗子。カメラよりも五メートルほど先に進んでから、苗子も立ち止まる。あいかわらず、よくわからない指示である。このカメラワークに、一体どんな意味があるっていうんだ?どうも前任の監督、というより脚本家は、少々変わったカメラワークを好んでいたようだ。三十秒ほど無言になった後、苗子はカメラの方向に振り向いて大声で叫ぶ。苗子「何やねん、それ! あかんあかんあかんあかん! ……そんなん、絶対にあかんからな!」カメラにずかずかと近づいてくる苗子。声のトーンも一段と高くなる。苗子「そんなん、絶対に認められへんからな! やり直しや! ……もう、一体何を考えてるねん!」在学中の大学だなんていう最高級に恥ずかしいシチュエーションではないせいか、それとも多少は場慣れしてきたのか、とにかく田中育枝は昨日よりもかなり自然な演技を見せていた。あるいは、吹っ切れたのかもしれない。その証拠に、脚本では指定されていない大袈裟な身振りまでつけている。カチコチだった前回の彼女からは考えられない行動だろう。やがて苗子は踵を返し、今度は早足でレインボースターロードを進み始める。(遠ざかる苗子の後姿を、立ち止まったまま写し続けるカメラ)以上で、『シーン2』はおしまいだった。……そう、たったこれだけの場面であった。時間にして、約三分。今回は一度しかNGが出なかったので、実質的な撮影時間も約五分。そりゃあ、六人全員が集まらなくてもほとんど問題はないってもんである。俺が撮影終了を告げると、背後で西村がボソッと呟いた。「ヒステリックな育枝ちゃんも珍しいけど、ヒステリックな月川さんの演技ってのもちょっと見たかったな……」心配しなくても、それは演技ではなく完全に素だ。少なくとも、俺は毎日のようにヒステリックな月川さんとやらを見ていたぞ。撮影中に妙な既視感を覚えてしまったのも、きっとそのせいだろう。なんにしても、親しかったはずの人間からこんな反応が出るあたり、どうやら早苗は大学でも、何故か干支に選ばれなかったポピュラーな動物を憑依させていたということらしい。まったくご苦労なこった。助監督と雑用係が撮影した映像を確認し始める最中、俺は不毛な考察を繰り広げていた。すなわち、この『シーン2』の意味について、である。苗子はどうしてここまで憤慨しているのだろう? いや、昼間の和太と佳奈のいちゃいちゃぶりに対して不満を感じているってところまではなんとかわかるんだけど、それなら『やり直し』って台詞にはどういう意味があるんだ?あるいはこの苗子という女は、和太のことが好きなのかもしれない。そしてこれは、『和太と佳奈が付き合う前に戻ってやり直す』という宣言なのかもしれない。つまり彼女は、時間を戻す能力を持っているのかもしれない。……俺のこの推測をアホらしいと切り捨てる人間は、月川早苗の良く言えば奇想天外、悪く言えば支離滅裂な作品群を全然知らない人間でもあるのだろう。まぁ、それはすごく幸せなことでもあるんだけど、そんな幸福な方の為に補足すると、彼女の創造した世界では、隣人が宇宙人だとか、幼馴染が魔法使いだとかいう設定が、ごく当たり前のように登場しやがるのだ。だから俺は、この後のシーンで苗子がタイムトラベルを敢行する場面が出てきたとしても、まったく驚かない。もちろん、おおいに呆れはするけどな。いずれにしても、一人で夜道を歩きながら昼間の出来事を愚痴るヒロインなんて、到底好感を抱けそうにもないということだけははっきりとしていた。「お疲れさまでした、杉田さん」いつの間にか俺の真正面に移動していた田中育枝が、そう声を掛けてきた。言うまでもなく、とっくに眼鏡をつけている。「今回も、なかなか良い映像でしたよ。やればできるやないですか」「普段はできへんキャラみたいに言うなや」無駄だとわかっていながら、俺は彼女に訊いてみた。「ところでさ、この映画って、一体どんなストーリーなんや?」「見たまんまのストーリーですよ」予想通りの返答が返ってくる。彼女はあくまでも、早苗の秘密主義方針を堅持するつもりらしい。がっかりする反面、少し安心する俺でもあった。「それにしても、やたらとカメラ目線の多い映画やなぁ。まぁ、あいつのことやから、『観客に訴えかけたい』やとかなんとか抜かすんやろうけどさ」「訴えかけたいのは事実でしょうね。ちなみに、杉田さんは推理小説をお読みになったことがありますか?」「ちょっとだけやったらな」「じゃあ、推理してください。……月川先輩が、この映画に込めた意味を」思わせぶりな口調で述べる眼鏡娘。完全に戸惑う俺の反応を楽しんでいるご様子だ。「……それやったら、もっとヒントをくれっちゅう話やわ。これでも足りん脳で一生懸命考えてるつもりなんやけどな」推理小説マニアなのだろう彼女を相手に、俺は早々と何も書かれていない旗を掲げた。なおかつ、一番わかりやすいであろうヒントを求める。「とりあえず、『シーン3』の脚本を見せてくれよ」「ええっと、その、『シーン3』の脚本なんですけど……」ふいに田中育枝が表情を曇らせた。「どないしたねん? ひょっとして、持ってくるのを忘れてもうたんか?」「いえ、ちゃんと持ってきましたよ。でも……『シーン3』を撮影することは、果たして可能なんでしょうか?」「どういう意味やねん?」「その……『シーン3』は、全員が集まらんと撮影できへん場面なんです」そう言ってから、彼女はすぐに視線を明後日の方向に移動させた。恐らく、自分の弱さを俺にあんまり見て欲しくなかったんだろう。さっきの質問だって、できれば発したくなかったに違いない。……他のみんな、特に里見がちゃんと撮影に参加してくれるのだろうか、なんて弱気な質問を。「次も、夜のシーンってことはないよな?」「ええ、そういう訳やありませんけど」「なら大丈夫や。……だって、君らは幼馴染なんやろ? そんなに簡単に関係が切れたりはせえへんよ」自分でも虫唾が走ってしまいそうな台詞だった。……だけど、それは偽らざる本音でもあった。すると一瞬だけ、田中育枝の能面みたいな顔に柔らかな笑みが生じた。かと思えば、次の瞬間にはクールな声で、「それでは、『シーン3』の脚本をお渡ししますね」そそくさと自分の鞄から黄色いファイルを取り出す彼女であった。恒例行事のように、俺が手渡された脚本をパラパラとめくっていると、「じゃあ、あたしは用事があるので、この辺でお暇させていただきます。今夜はお二人とも、ありがとうございました」軽く頭を下げてから、田中育枝は俺に背を向けて歩き始めた。「おい、ちょっと待てや!」慌てて呼び止める俺。「どこへ行くねんな? そっちには、森と寂れた公園しかないで」「え……?」彼女が、古墳の森の方向に向けていた顔を振り向かせる。その表情は、明らかに強張っていた。「……ああ、実はですねぇ、ちょっとこれから月川先輩の家を訪問せなあかんのですよ」「早苗の家? 何の為に?」驚いた俺が尋ねると、「それは、その……先輩のご家族に挨拶する為ですかね、はい」なんとも歯切れの悪い答えが返ってきやがった。「もしかして、君は早苗の家に行ったことがあるんか?」「……まぁ、一応」「そう、なんか……」それ以上、俺は何の言葉も発せられなかった。さっきも述べた通り、以前俺は、たまたま下校途中に出会った幼馴染を、古墳の森の入り口付近まで送っていた。裏を返せば、その場所までしか彼女を送っていかなかった。理由は簡単である。……早苗がそこから先に俺が立ち入ることを拒んだからだ。口に出して断られた訳ではない。けれど、森に入る直前になると、あいつは決まって満面の笑みを浮かべながらこう言ったもんだ。「じゃあ、また明日な!」それは要するに、『これ以上ついて来るな』という宣告でもあった。少なくとも、自分の家を見られるのがたまらなく嫌だというポリシーの彼女から発せられたその言葉に、俺はそれ以外の意味を見出すことができなかった。だから、俺はあいつの家にとうとう一度も辿り着けなかった。もちろん、辿り着こうと思えばそれほど難しいことでもなかっただろう。こっそりと一人で見つけ出すことも可能だったはずだ。だけど、俺はあえてそうしなかった。そんなことをすれば何かが――それが、『俺達の関係』なのか、あるいはもっと具体的に『俺の頬骨』なのかはわからないけど――壊れてしまいそうな気がしたからだ。なのに、である。田中育枝は、何度か早苗の家に呼ばれていたという。俺の知らない間に早苗の方針が変わっていたのかもしれないし、この眼鏡少女は方針を覆すに値する後輩だったのかもしれない。いずれにしたって、田中育枝が俺の辿り着けなかった場所に到達していたのは、事実のようである。「気をつけて行ってきいや。……まぁ、犯罪者予備軍の田中さんやったら大丈夫やろうけどさ」それでも、俺は作り笑顔を浮かべながら憎まれ口を叩くのであった。自分の弱さを他人に見せたくないのは、別に十代の娘だけに限ったことじゃない。「とはいえまぁ、用心するに越したことはないで。なんせここは、光がまったくあれへん真っ暗な道やからな」「何を言ってるんです」田中育枝は、真顔で反論してきた。「光なら、ちゃんとあるやないですか」なるほど、確かに彼女の眼鏡は輝いていた。厳密に言えば、反射していた。……今夜も我が物顔でレインボースターロードを照らしている、でっかい月の光を。
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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説①『リヴァルディア』第7話
今から約半年前。正確に言えば、二月十一日。……鈴音は死んだ。僕が住むこのアパートから歩いて十分程度の場所に、人知れずひっそりと建っている神社がある。いや、他の人は知っているのかもしれないが、少なくとも僕は足を踏み入れたことがない。とにかく、その神社の裏手にある草むらのような土地で、彼女は死んでいた。もちろん、状況からもわかるように、それは自然死ではなかった。死体があった場所も去ることながら、胸から大量の血を流し、なおかつ首にアザを作るような最後を迎える病気なんて、どれだけ分厚い医学書を開いたところで見つからないことは請け合いだろう。すなわち、鈴音は何者かによって殺された……みたいなのだ。何故はっきり断言できないかといえば、「……それがさ、死んだ当日のことはさっぱり覚えてないのよねぇ」本人がこの有様だからである。「前日までの記憶はあるんだけどさ」殺人事件において、犯人を除けば被害者ほど事件について詳細な情報を持ち合わせている人物はいないだろう。今回は異例のケースで、本来なら口を開くことができないはずの被害者が証言できるのだから、あっさりと事件が解決してもいいところなのに、なんだよそれ。意味ねぇじゃん。「死んだ人間にはありがちのことや」後藤さんがしたり顔で解説する。「特に、突然死を迎えた人間は、ショックのあまり記憶を失ってしまうケースが多いねん」「だったら、どうしようもないじゃないですか」呆れながら僕が呟くと、「それをどうにかしようと集まってくれたのが、ここにいるメンバーなのよ!」聞くところによると、彼らは全員、このアパートの近くで亡くなった人達らしい。「なんだか、この辺りって不思議と死人が多いのよね。しかも、事故とか事件で亡くなった人がさ」「もしかして、死神でもいるんじゃねぇか」冗談めいた口調の滝川さんに、「そういう非科学的なこと、あたしは信じないけどね!」幽霊に『非科学的』だと言われる死神が不憫に思えるよ。「で、この半年の間にあたし達は出会ったのよ。それから、たまに集まってお喋りするようになったの」「そうなのか……」それにしても、自分が住んでいる場所って心霊スポットというだけじゃなく、そんなに物騒な土地でもあったのか。僕は愕然としながら頷くことしかできなかった。「そして、三日前に晴れてあたしを中心とした『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』が結成されたって訳よ」「三日前って……えらく最近じゃねぇか!」おまえは死んでから半年近く何をしてたんだよ? ついでに言えば、その組織名もセンスないなぁ。主語がよくわからない上に幼稚すぎるぜ。「え? そりゃあ、その、ぶらっとしてたわよ」僕の問い掛けに、ちょっと困惑気味な顔で答える鈴音。「もちろん、あたしだって一刻も早く犯人を突き止めたかったわ。でも、そうする為の方法みたいなのがさっぱりわからなくてね」「そこに、この人が現れたのよ」雅美さんが後藤さんを指差した。「後藤君は事情を聞くなり、『みんなで協力して、鈴音ちゃんを殺した犯人を捜せばいいんちゃう?』って提案してきたの」それが三日前ということらしい。いや、それまで誰もこのアイデアを思いつかなかったのか? 幽霊に対して言うのもなんだけど、能天気な方達だなぁ。「ま、ご存知の通り基本的に幽霊ってのは退屈だからな。俺達も喜んで協力することになったんだよ」どうして幽霊が退屈なのかは知らなかったが、それよりも僕には少し気になることがあった。「その、滝川さんと雅美さん、でしたっけ? あなた達には、自分のやり残したことがないんですか?」「ああ、俺は特にないな。俺を轢き殺した犯人はもうとっくに捕まってるしさ。言うなれば、まだこの世にちょっと未練が残ってるってだけだろうよ」淡々とした口ぶりで滝川さんは言った。僕からすればとんでもなく衝撃的な告白に思えるんだけどな。「私もそういったところよ。確固たる理由がある鈴音ちゃんが羨ましいくらいだわ」雅美さんの死因については、あまり訊く気になれなかった。「オレはもっとアニメが観たいわ。あと、できれば来年出る予定のフィギュアも拝みたいな」最後のは聞かなかったことにしよう。「という訳だから、『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』は今日から本格始動よ! こうやって会合場所も決まったしね!」そう言ってニッコリと笑う鈴音の顔からは、自分を殺した犯人を捜すという悲壮感のようなものがまったく感じられなかった。むしろ、新しいサークルを立ち上げた時みたいに楽しそうな表情である。「五人で力を合わせて頑張りましょう!」やれやれ、ご苦労なこったね。鈴音の我侭に付き合わされる、滝川さんも雅美さんも後藤さんも……あれ、数が合わないぞ?「ま、まさか……」僕には見えていないけど、この部屋にはもう一人幽霊がいるとでもいうのだろうか!?「その、まさかよ」鈴音の指先は僕の方へと向けられていた。「あんたもメンバーに入れてあげるわ! 光栄に思いなさい!」そのまさかじゃねぇ! さらに最悪の展開じゃないか!「隊長がそうおっしゃってるんだよ。ありがたく辞令を受け取りな」滝川さんが皮肉っぽい笑みを浮かべた。ていうか、こいつが『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』とやらの隊長だったのか。知っても驚かないし、知りたくもなかったような正体だけどさ。「ふふふ、鈴音ちゃんもやっぱり同世代の男の子と行動したいのね。さっきから、やけに元気だもの」「そんなんじゃないわ」素っ気なく首を横に振る鈴音。ここはせめて、もっとツンデレっぽく言ってほしかったね。「生きてる人間の協力って、事件解決の為にはおおいに不可欠でしょ。あたし達は物に触れられないのよ。たとえ決定的な証拠品が見つかったところで、手にとって調べることも出来ないのよ。あ~あ、本当は、こいつの体を乗っ取って自由に操る予定だったのに……」僕を見ながら、彼女は悔しそうな表情を浮かべた。寒気がした。「ちょっと待てよ。ひょっとして鈴ちゃん、昨日オレが教えたことを実行しようとしたんやないやろうな」慌てたような様子で後藤さんが口を挟んできた。「うん。さっそく昨日の夜に試したわ。てんで無理だったけどね」「あああああ……おかしいと思ったわ!」途端に後藤さんは頭を抱えた。「たまたま部屋に訪れたら、そこに住んでいた男の子と意気投合したやなんて、鈴ちゃんの性格から考えてありえんもんなぁ……」どうやら、昨夜の出来事はかなり曲解されて伝わっているらしい。「似たようなもんでしょ」悪びれる様子もない隊長に、「とにかく、あの方法は二度と使わないこと! それが守れないなら、オレはもう協力せぇへんで!」どんな方法かは知らないが、僕だってその意見には賛成だな。なんにしても、他人の体を乗っ取ろうとするような女の子は支持できない。「はぁい」拗ねたように口を尖らせる鈴音。今さらツンデレっぽくしたって遅いってもんだ。「どっちにしたって、鈴ちゃんの霊力では、生きている人間に憑依することは不可能なんや」何やらまた怪しげな単語を使いながら深い溜息をつく後藤さん。「ま、もっと平和的に行こうや。ヒロインが悪霊となって人間に襲い掛かるアニメなんて、あんまり流行らんと思うで」この人はなんでもアニメが基準のようだな。「とりあえず、そういうことだから、これからもヨロシクな」血まみれのおじさんが僕に笑いかけてきた。性格が良さそうな人だってことはわかるけど、僕にはヨロシクできる自信があんまりないです、はい。「どうぞヨロシクね」色っぽいお姉さんも魅惑的な笑顔を送ってきた。貴女が生きている時にヨロシクしたかったです、はい。「じゃあ、今日はこれにて解散! 明日また、これくらいの時間に集まりましょう!」「おう!」「はい」「あいよ」威勢だけは隊長らしい鈴音の号令によって、各メンバーが次々と壁をすり抜けながら姿を消していった。あいかわらず到底信じられないような光景だったけど、言うまでもなく、もうこれくらいの超常現象では動じなくなっていたさ。窓の外に突然UFOが到来したって、普通にスマホで撮影できるくらい余裕だったね。とはいえ、全員の姿が見えなくなったところで、僕は大きく息を吐きながら夜空に祈りを捧げるのだった。……ああ、今度こそ全てが夢であってほしい、と。ところが、である。すぐ近くには、そんな願いを木っ端微塵に破壊してくれる存在がいた。何故か、鈴音はまだ僕の部屋で座っていたのだ。「おい、おまえも早く帰った方がいいんじゃないのか?」仕方なく、霊能力者でもないのに幽霊に話しかけてみる僕。「別に。帰るところなんてないしね。まぁ、それはみんなも一緒だろうけど」ほんの少しだけ寂しそうな声でそう呟いた後、彼女は続けてとんでもない言葉を繰り出した。「どうせ暇だしさ、しばらくはこの部屋にいるわ」 -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説⑤『Dear My Friends』第6話
「あれあれぇ!?」店内に、間の抜けた若い女性の声が響き渡った。――“店”というのは、関西国際空港に存在する飲食店、『スカイレストランテ』の事だ。そして、“女性”というのは、そこでバイトをしている女子大生、すなわち私の事である。「どうしたどうした? 何かあったんか?」出勤早々に奇声を発した私に驚いて、店長まで近くにやって来る始末だった。「あれあれあれぇ?」性別も違い、年齢も一回り近く違うとは言え、その現象に対するリアクションは同じであった。というのも、だ。驚くべき事に、溝端愛理がキッチンの端にある従業員用休憩所で、澄ました顔をしながら座っていたからである。……なんて風に説明をすると、まるで部外者である彼女が、勝手に『スカイレストランテ』へ入って来て鎮座しているかのような印象を与えてしまうかもしれないが、そういう事ではなかった。彼女も、れっきとしたこの店のバイトである。紹介した私が言うのだから間違いない。じゃあ、出勤すべき日ではないのに、エリが勘違いして来てしまったのかといえば、それも違うのだ。むしろ、時間まで合っている。では、どうして私や店長が叫んでしまうくらい驚いたかといえば、それはずばり、エリが夕方の四時半に、つまり、出勤時間の三十分前にちゃんと店に居たという事実からであった。「え、なになに? 何かあったん?」当の本人は、キョトンとした表情で我々を見つめていた。「何って……まだ三十分前やで」私があっけに取られながら、なんとか言葉を紡ぎだすと、「うん、そうやけど……まずい?」「いや、まずくはないけどさ……」恐らく今日も遅刻に対する叱責の準備をしていたであろう店長も、どのように対応すればいいのか判断しかねている様子だった。早い話が、そんな珍妙な状況を作り出してしまうくらい、エリはこの『スカイレストランテ』内で、日頃から恐るべき遅刻魔ぶりを発揮していたのであった。私の誘いにより彼女がここで働くようになって早六ヶ月。その魅力たっぷりの笑顔と持ち前の明るさで、関空内の従業員を中心に常連客を倍増させ、売り上げに多大なる貢献を与えたという業績がもしなかったとすれば、とっくに解雇されていそうな勢いで、彼女は遅刻の記録を更新し続けていたのだった。さらに、遅刻の理由も『ぼ~っとしていたら、時間を忘れてしまった』だの、『起きるタイミングを間違えた』といった、全く同情に値しない類のものなので、それでも周囲から嫌われないのは人徳としか言いようがない。ある意味、不器用な私からすれば羨ましい点でもある。もっと言うならば、この時間感覚欠落女は、たとえなんとか勤務時間に間に合ったとしても、それが五分前だったり三分前だったりと、常にスリル満点な時刻だったりするのだから、そりゃあ三十分前に来られた日には、店長だろうと総理大臣だろうと驚きのあまり叫んでしまうというものだ。彼女にとって、バイトのシフトというものは、あくまで自分の行動指針の単なる『目安』にしか過ぎないのだろう。「こら! 室内でマフラーや手袋をするな!」仕方がないので、ここは別の理由で怒る事にした。それは、変なところにだけ病的なまでの神経質さを誇る私が、いつもエリに注意している点でもあった。「外に出た時に、防寒具の役目を果たさないやろ!」「あ、ごめん! 忘れてた!」同じ件で何回も怒られているだけあって、謝罪も慣れたものだ。「……ま、時間までゆっくりしときや」バツが悪そうな顔で、店長はホールへと戻っていった。――二月二十六日、木曜日。事件発生から五日後、私達が桜井の遺体を発見してから四日後、そして、降矢との会見の二日後の事だった。この世から一人の人間が、それも我々のごく親しい人間が姿を消しても、日常はとめどなく流れていく。私達も、少なくとも表面上は、平凡な喧騒に飲み込まれる日々を取り戻しつつあった。「どうしたねん、あんたがこんなに早く店に顔を出すなんて」うずうずしていた私が、さっそく彼女にインタビューを試みる。「それがさぁ、事件の事を考えてたら、眠れなくなったねん」少し憂いの帯びた、というよりは単純に眠そうな顔で答えるエリ。「眠れなくなったって……もう夕方の四時半やろ。いつまで寝ようとしてたんや!?」「いや、昨日の夜から寝てないんや」彼女は姿勢を崩して、机にへばりついた。「うぎゃ~! 眠い!」「はぁ!? じゃあ、今日の授業はどうしたんや?」「今日はハマちゃんも授業がない日やろ。なら、うちも休んでいいかなぁっと思ってね」悪びれる様子もなくしゃあしゃあと言い放つ彼女を見て、「あんたとは一緒に卒業できそうにないな!」呆れ果てた私は、さっさと更衣室に入った。「あ、うちも着替える!」ニコニコしながら彼女も後に続いてきた。「あのな、うちは何があっても、絶対にハマちゃんと一緒に大学の卒業式に出たいねん!」「あたしも、それはそうやけどな」ため息をつきながら、もう一度エリの方を向く。「……問題は、卒業できるかどうかを決める権限が、あたしじゃなくて大学側にあるって事や」「やっぱりそうなのか……」肩を落とすエリだった。ひょっとすると彼女は、今の今まで私にそれほどの権限があるかもしれないという一縷の可能性に賭けていたのかもしれない。だとすれば、世界的にも類を見ない大馬鹿者である。「だから、明日からまたちゃんと大学に行くんやで!」「はぁい!」エリは、狭い更衣室の中で手を上げて元気に返事を返してきた。姉妹というよりは、もはや親子の会話だ。関西国際空港内でも、トップクラスの売り上げを誇る『スカイレストランテ』だが、その夜は二月の平日という事もあって、訪れる客もまばらであった。店が暇な時はいつもそうしているように、入り口近くで客を待っている私の隣へ、エリがちょこちょこと近寄ってくる。「……ハマちゃんに、一つ聞きたいんやけどさ」「ええっと、それは仕事の事?」怪訝な顔で私が訊くと、「ううん、プライベートな事やねん」「お客さんの前やから、手短かにね」先輩バイトとして、当然の忠告である。「で、何について?」「桜井さんについて」エリはそう一言だけ発した。「……えらくヘビーな話題やな」私の顔が曇る。あんまり耳にしたくない固有名詞だったからだ。「うん、しかも仕事中にね!」私の心境を察したのか、おどけるように彼女は軽く笑った。「そんな話は、別に帰りの電車の中でしてもいいやろ。そこでまたゆっくり話そうや」「いや、今みたいな時の方が、かえってハマちゃんの本音が聞けるかなと思ってさ!」我が親友なりの秘策らしい。よくわからないけど、エリは自信満々な表情を浮かべていた。「でも、お客さんの前で、いくらなんでも殺人事件の話をするのはなぁ……」戸惑いながら、周囲を見回す私に対して、「事件の話じゃなくて、桜井さんの話!」強調するように、エリは私に顔を近づけた。「どっちも似たようなもんやろ」その迫力に、珍しく後ずさりしながら私が返すと、「違う! 全然違うで!」真剣な表情だった。多少矛盾した言い方になるだろうけど、こんなエリの表情は、仕事中に見た事がなかった。「……まぁいいわ。とりあえず何やねん」根負けしたように、私が尋ねると、「う~ん、う~ん」途端に彼女は色々な方向に首を傾げながらもだえ始めた。「やっぱ、やめとこうかなぁ……」「あのなぁ! ここが店じゃなかったら、というよりお客さんの前じゃなかったら、絶対にあんたをしばいてるで!」優柔不断なエリをきつく睨みつける私。「いいから、早く言ってや!」それでもしばらく黙り込んでいた彼女だったが、やがてようやくもぞもぞと声を出した。「あのさ……」目を逸らしながら、エリは訊いてきた。「……ハマちゃんは、桜井さんの事が好きやったん?」……唐突な、そしてあまりにも衝撃的な問い掛けに、今度は私の方が絶句してしまった。「な、何やねんその質問!?」やっと私が訊きかえすと、「ぜひとも教えて欲しいねん、うちは。なぁ、ハマちゃんは桜井さんの事を好きやったん?」もう一度、今度は強い口調で質問を繰り返す彼女に、私は、「それは死んだ人に対してふさわしい質問か?」と、搾り出すように答えるのがやっとだった。不謹慎かもしれないけど、それが本音だったのだ。「相手が死のうが生きてようが、愛は変わらんもんやろ!」少女漫画愛好家の、というより、本と言えばそんなジャンルしか読まないエリは、たまにこんな聞いている方が恥ずかしくなるような台詞を吐くのであった。決まって、陶酔したような表情と共に。「だから、教えて。好きやったん?」……私には、どうして彼女がそんな事を知りたがるのか、さっぱりわからなかった。しかも、今さらである。エリは、昔から私の恋愛について詮索する事が大好きだった。好意的に解釈するならば、恋に不器用な私を心配してくれていたのかもしれない。とにかく、ちょっとでも私が不自然な行動を取ると、『どうしたん? 好きな人でもできたん?』としつこく問い質すような女の子だったのだ。ところが、何故か大学に入ってから急に、その癖は鳴りを潜めてしまった。それほど親しくない人間にまで怪しまれていた私と桜井の関係についても、彼女はほとんど触れようとはしなかった。それが初めて話題に出されたのは、例の合コンの夜――皮肉な事に、桜井の遺体を発見した夜の事だったのだ。そして、桜井が死んだ今となって、ようやくエリはこんな質問を投げかけてきたのである。幼馴染である私にも、その意図がどうしても見えなかった。なので、私に出来るのは、「……まぁ、嫌いではなかったな」という曖昧な返事を返す事くらいであった。「つまりそれは、好きやったって事やな!」「あんたはデジタルな女やなぁ」苦笑しながら私が呟いた。「嫌いじゃなければ、イコール好きなんや」「うちは知ってるもん! ハマちゃんが『嫌いじゃない』って言う時は、すなわちゾッコンな時やから!」さすが、幼稚園時代から付き合っている人間の洞察力は鋭い。「……どうとでも思ってや。解釈は自由やからな」投げやり気味にそう応じると、「良かった! ホンマに良かった! ハマちゃんは、桜井さんの事が好きやったんやな!」嬉しそうにはしゃぐ彼女。理由もわからない親友の興奮ぶりを前に、私はただただ困惑してしまった。「何が良かったんや? 本人はもうこの世に居ないんやで」しかし、そんな私の冷酷な意見に接しても、エリの表情の晴れやかさは失われなかった。「だって、それなら桜井さんが少しでも浮かばれるかなと思ってさ!」明るい口調の彼女に対して、「あのなぁ……仮にあたしが桜井さんの事を好きやったとしても、別にあの人は浮かばれへんと思うで。あんたが言ってる事の意味が全然わからへんわ」私が一層顔をしかめる。「絶対に浮かばれるって!」エリはとうとう私の腕まで掴んで、必死に訴え始めた。「いいや、絶対に、何があっても桜井さんは浮かばれへんと思う。……それは、間違いないやろうな」――これも、偽らざる本心だった。「そんな事はないって! 絶対に桜井さんは喜んでるはずや!」これ以上話しても、水掛け論になりそうだった。なにしろ、二桁の掛け算の答えについてさえ、水掛け論に発展させる女を相手にしているのだ。こんな展開になってしまったのなら、議論が進むはずがなかった。そこで、私は会話の方向を少し逸らす事にした。「それよりエリはどうなん?」「……え?」エリがポカンと口を開く。「ほら、桜井さんに言い寄られてたりしてたみたいやけど、あんたはあの人の事をどう思ってたねん?」「言い寄られてなんかはないけど……うちは別に好きじゃなかったで」「じゃあ嫌いなんや」「ふふふ、デンタルやな、ハマちゃんも」「あたしの歯がどうしたねん!?」一文字の違いくらい、彼女からすれば誤差の範囲程度の問題なのだけど、ここはあえて突っ込まさせていただいた。「それにしても、良かった良かった! なんか、気分がすっきりしたわ!」指摘された間違いを省みる様子もなく、いまだに満面の笑みを浮かべるエリを尻目に、私の気分はどんどんと沈んでいった。どれほど好きだろうが、愛していようが……もう絶対に、絶対に、絶対に、桜井と私が結ばれる事はありえない。これは、はっきりとした現実なのである。それに。仮に、奇跡中の奇跡が起こり、今ここで桜井が生き返ったとしても、彼が私と結ばれようとするなんて、私を愛してくれるなんて、全く思えなかった。「あ、そうそう。……もう一つ聞きたい事があるんやけどさ」彼女が、急にかしこまったように声を潜めた。まぁ、今さら小声で話したところで、すぐ近くのレジで立っている店長の目線の鋭さは変わらないと思うけど。「次は何ですか?」ボスの強烈な視線に気付いて、気まずくなりながら私が尋ねると、「二十八日の夜って、暇?」おずおずといった様子でこちらを見るエリ。「二十八日って……明後日やな。あんたはバイトに入ってないんやったっけ?」「うん。さっきシフトを見たけど、ハマちゃんもその日はバイトが休みやったよなぁ。じゃあ、暇って事やろ?」「その決め付けは、どうかと思うが」名誉の為に言っておくと、別に私の友人はエリだけではない。こいつと一緒に過ごす時間が異常に多いってだけで、他にも一緒に遊ぶ人間くらいはいるのだ。……ただ、その日は確かに予定が入っていなかった。「別に、男もいないんやろうし」「どうせあたしはモテないですよ!」「それはともかくやで……」「そこは否定しろよ!」私が口を尖らせる。「で、何をするんや?」「なんか、パァ~っとしたいねん! ストレス解消の為に!」「パァ~っと、ねぇ……」なかなか悪くない提案だった。どちらかといえば、願ったり適ったりのアイデアと言えた。何もかもを忘れて騒ぎたいという欲求は、私の中でも強烈に目覚めていたからだ。「いいねいいね。パァ~っと行こうや!」「やろ? あのな、うちはカラオケに行きたいねん!」「カラオケかぁ……そういえば、最近行ってないな」「ハマちゃんの歌声が聞きたい!」踊るように体をクネクネさせながら、ガッツポーズを取るエリ。「テンションが上がってきたわ! わっしょい! わっしょい!」「……うるさい!」とうとう、店長がキレた。他人事のようだが、店舗責任者としては、むしろよく我慢したほうだろう。「もうおまえらよりも後輩のバイトが入ってきてるんやぞ! そんなたるんだ姿見せとったらしめしがつかへんやんけ! 仕事中は静かにしろや!!」「す、すみません……」返す言葉なんて当然なく、素直に頭を下げる私達。おかげで、いっきに険悪な空気が支配する事となった『スカイレストランテ』だった。……やがて、再びエリがさっと私に近づいてきた。そして、聞き取れないくらいの小さな声でこう言った。「だから、明後日は予定を空けといてな。……あ、詳しい事はまたハマちゃんが考えておいてや」結局、今回も主導権を握るのは私になりそうであった。
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