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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説⑤『Dear My Friends』第6話
2018-07-17 09:01「あれあれぇ!?」
店内に、間の抜けた若い女性の声が響き渡った。
――“店”というのは、関西国際空港に存在する飲食店、『スカイレストランテ』の事だ。そして、“女性”というのは、そこでバイトをしている女子大生、すなわち私の事である。
「どうしたどうした? 何かあったんか?」
出勤早々に奇声を発した私に驚いて、店長まで近くにやって来る始末だった。「あれあれあれぇ?」
性別も違い、年齢も一回り近く違うとは言え、その現象に対するリアクションは同じであった。
というのも、だ。驚くべき事に、溝端愛理がキッチンの端にある従業員用休憩所で、澄ました顔をしながら座っていたからである。
……なんて風に説明をすると、まるで部外者である彼女が、勝手に『スカイレストランテ』へ入って来て鎮座しているかのような印象を与えてしまうかもしれないが、そういう事ではなかった。彼女も、れっきとしたこの店のバイトである -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説④『クリエイショナー』第6話
2018-07-17 08:59亜尾道(あびみち)高校は、俺の住む永苺園から歩いて十五分くらいの場所――言い換えるならば、俺の住む河降市の北の端に位置する、小さな私立高校だ。
中途半端な発展しか遂げられなかった河降市の中でも、とりわけこの亜尾道高校の周辺は、緑が多い。具体的な立地環境を説明すると、丘とまではいかないもののちょっとした高台に建っていて、湖とまではいかないもののちょっとした池が近くにあり、森とまではいかないもののちょっとした雑木林が周囲を取り囲んでいる。……かといって、明光風靡な土地とまでは当然いかなくて、正門を出て百メートルほど坂道を下ったらすぐに大型スーパーが現れたりもするし、もう少し進むといきなり新興住宅街が広がっていたりもする。
どうしてそこまで詳しく知っているのかというと、それはもちろん自分自身が在籍しているからに他ならないのだけど、では四カ月近くお世話になっているこの高校の良さを挙げよと言われ -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説③『奥さまは魔王』第6話
2018-07-17 08:56さらに次の日。
いつもより少し早く民芸博物館に出勤した俺が自分の机で書類をまとめていると、突然背後から声が掛けられた。
「おはよう、天野君! 夢の新婚生活を楽しんでるかい? 愛しのハニーのことを考えると、仕事もおぼつかないってやつだろ? ぬふふふふふ……」
振り向くまでもなかったね。こんなダサい言葉を口にする人物は、もっと言えばどっかの大泥棒三代目みたいな笑い声を発する人物は、この職場で一人しかいない。とはいえ、唯一の上司を無視する訳にもいかないので、しぶしぶ俺は椅子を反転させる。
案の定、そこでは恰幅の良い初老の男性がニヤニヤしながら立っていた。
「……おはようございます、館長」
「おや、ずいぶん疲れた顔をしてるじゃないか。まぁ、新婚当初は夜も何かと忙しいからな、ぬふふふふふ……」
こんな下世話な台詞の後に説明するのもなんだけど、彼はいつも俺のことを親身になって考えてくれる優し -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説②『ピース』第6話
2018-07-17 08:48「ああ、俺はそれで全然良いと思うで……」
月川早苗が俺に求めていたのは、いつもこの台詞だった。
言い換えるならば、『たぶん良いんちゃうかな』だとか、『なかなか良い感じやな』だとかいう曖昧な表現を、ひどく嫌う女でもあった。
それどころか彼女は、『すごく良いやん』という言葉ですら満足しなかった。何故なら、主語がないからである。
「うちが訊いてんのは、この世に存在するはずもない “客観論”なんかやないねん!」
早苗の言い分はこうだった。「そうやなくって、杉田光樹の意見や。あんた自身がどう思うんかを訊いてるんや!」
だから俺は、彼女に感想を求められた際、常に同じ台詞を口にするよう心掛けていた。『ああ、俺はそれで全然良いと思うで……』と。
ちなみに、俺がこの台詞を毎日のように用い始めたのは、高校に入ってすぐの頃であった。それはすなわち、早苗の創作熱がいよいよ本格的になり始めた時期でもあっ -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説①『リヴァルディア』第6話
2018-07-17 08:43――という夢を見た。
なんてこった。自分がこんなに影響の受けやすい人間だったとは知らなかったね。あんな話を聞かされた直後だからって、ここまで露骨な夢を見るとはさ。どうせなら、次はぜひ美女だらけの楽園で過ごすみたいな内容のDVDを見せてもらいたいもんだ。それだったら心から影響を受けてやるよ。
そんな訳で、僕はせっかく夏休み前日だというのにひどく憂鬱な気分で大学に向かう羽目になってしまった。とにかく、これからは自分をもっと強く持とう。そして、間違っても宗教の勧誘なんかには聞く耳を持たないでおこう。
もっとも、そういった殊勝かつ切実な想いは、くだらない授業を受けている過程で、これからの長い休暇を男一人でどう過ごすべきかという卑近な悩みに取って代わられたんだけどな。
だから、大学から帰ってきて、いつものようにテレビを見ながらコンビニ弁当を貪り、就寝する為に照明を消そうとしてふと窓の外に視 -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説⑤『Dear My Friends』第5話
2018-07-08 08:43我が大学の学生食堂は、第四学舎の一階に存在していた。
なので、私はようやく屋上から開放されて、まるで天国を歩いているかのようなフワフワとした足取りでキャンパスを歩くといった幸福を享受する事が出来たのであった。
そして、化粧以外は食べる事くらいしか趣味のないエリと、犯人を当大学の女子大生と決め付けているかのように、道行く女の子を激しく目で追っている降矢を伴い、私は食堂へと足を踏み入れた。
ここの食堂は、ちょっとしたレストラン並みに設備が整っている。テーブルクロス付きの席は、百近くも用意されていた。しかも、天井にはご丁寧にもシャンデリア付きだ。仮にもキャリア組である刑事が、『こんな洒落たところで食事するのは、かなり久しぶりやなぁ』と呟くほどの豪勢さを誇っている。全く、変な部分にだけは予算を掛ける大学である。
それなのに、営業方式は、学食にありがちな食券制度だったりするので、我々はさっ -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説④『クリエイショナー』第5話
2018-07-08 08:39さて、いざ一緒に暮らし始めるとなれば、さしあたって、この無自覚エロ少女の寝る場所を確保する必要があった。……まさか、これからずっと雑魚寝させるって訳にもいかないからな。
やがて、いまだにおどおどしているアンバランスな髪型の共同生活者と一緒に、買い置きしておいたカップ麺とおにぎりというささやかな夕食をとっている最中、俺は妙案を思いついた。
壊れかけのテーブルを壁に立て掛け、その空いたスペースに、クローゼットの奥にしまってあった予備の布団を敷くことにしたのだ。
「ま、まさか……あ、あたしの為に、クリエイショナー自らお布団を敷いてくださるのですか?」
「いや、これは俺が寝る用だよ。……おまえは、そのベッドで寝ればいいさ」
「と、とんでもありません!」
彼女はもぎ取れるんじゃないかというくらいの勢いで、首を横に振った。「クリエイショナーのベッドを使わせていただく上に、クリエイショナーよりも高 -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説③『奥さまは魔王』第5話
2018-07-08 08:36果たして次の日の朝、俺に用意されていた朝食は、アンパンとカレーパンと牛乳パックというメニューだった。昨夜の罪滅ぼしのつもりなのか、それともあてこすりなのかは知らないけど、あえてカレーパンを買ってきているところがなんとも憎いね。
「アンパンだけでは、ちょっと物足りないかなと思いまして……」
殊勝にもそう語る麻淋さん。確かに、スライムを一匹倒した程度のレベルアップは伺える。いずれにしたって、このお嬢さんは朝食を自分で作るつもりがまったくないらしい。
とにかく、そういった健気な新妻にしばしの別れを告げて、職場でひどくつまらない時間を過ごした後、今夜こそはという期待、そして同じくらいの不安を胸に俺が帰宅したのは、午後五時五十分くらいのことであった。
玄関のドアを開けてすぐに、まず煙や匂いの有無を確認してみる。……うん、とりあえず今日は何も燃えていないようだな。
「ただいま!」
勢い良くリ -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説②『ピース』第5話
2018-07-08 08:34俺の心は踏みにじっても、約束を踏みにじったりはしない女性らしい。
「……どうも、夜分遅く申し訳ございません。ちょっと用事が予想以上に長引きまして」
その日の夜十一時頃、俺のスマホの受話口から聞こえてきたのは、紛れもなく夕方に相対した脅迫眼鏡娘の声であった。
「いや、気にせんでええよ。俺かって、三コール以内には出られんかったし……」
「まったく、万死に値しますね」
さらっとひどいことを言ってのけた後、「杉田さんは、明日お暇ですよね? たとえ予定が入っていたとしても、それを延期したところで一向に差し支えありませんよね?」
今度は決め付けるような質問を投げかけてくる彼女だった。
「まぁ、暇っちゃあ暇やけどさ」
そう答えざるを得ない自分が情けない。
「では、朝の八時半に、『メゾン・ド・マドモアゼル』という喫茶店へ来ていただけますか?」
「どこやねん、それは?」
「奥旅亜大学から歩いてすぐ -
【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説①『リヴァルディア』第5話
2018-07-08 08:28そして、目覚めた。
目覚めた理由が、冷房のタイマーが切れたせいなのか、それとも雷雨のせいなのかはわからなかった。要するに、部屋中には蒸し暑い空気が充満しており、外では激しい雨が雷を引き連れて大地に襲い掛かっていた。
もっと言えば、僕は現在時刻すら把握できなかった。窓の外を見る限り、少なくとも夜だということはわかったが、それ以上の情報が何も得られない。
まぁ、慌てて照明を付けたりスマホを探したりして時刻を調べなければいけないほど華やかな予定がつまってる訳でもないので、とりあえず僕はしばらくの間、呆然と窓の外を見つめていた。他にすることもなかったしね。
……やがて、することができた。不本意ながら。
というのも、ある異変に気がついたのだ。
詳しく説明すると、暗闇に慣れてきた僕の目が、窓の外に何やら不可解な影を見つけたのである。ちなみにどうしてその影の正体を解くことが不可なのかと言え
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