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Memories 15 1989年の春から1991年の春へ (7)
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Memories 15 1989年の春から1991年の春へ (7)

2021-07-10 09:20
  • 2

 若いということの意味について考えることがある。
 
 大好きな音楽の世界でやっとプロとして仕事を始めたけれど、音楽とは関係のない色々な事情が音楽に影響を及ぼしているくだらない現状に、怒りと苛立ちが募って悶々としていた20才頃の自分とその記憶。
 
 売れるとか人気があるといったことではなく、自分たちの納得のいく音楽がきちんと生み出せていて、ファンの人生を変えるほどエネルギーの伝わる演奏ができているのか、そのことへの真剣な問いかけをひたすら続ける22才頃のXというバンドとメンバーの心。
 
 時代が変わり、モノや情報が溢れて前例や先例ばかりで新しいことがどこにもないように見える今の音楽シーンにいて、それでも30年前のバンドマンと同じようなエネルギーで作品を生み出そうとしている24才頃の水晶とそのもがき。
 
 時代の移り変わりと共に若者への苦言が生じるのは、古代エジプトやギリシアなど紀元前から中世の日本に至るまで、大昔から様々な形で残されている文言によって、いつの世にも変わらぬものだとわかる。
 
 だからその背景に、苦言を寄せられる側の若者にとって、過去を引きずる目上や年令のいった人への反抗心や疑問が無数に溢れ出るのも、これまたいつの時代も当然のことだろう。
 
 つまり、自分が生きている世の中に対して、そこに感じる固さや古さへの苛立ちを感じ、全く新しい考えかたや在りかたを見出して、それを実践し世の中を変えていくのは、いくつもある「若いということの意味」のうち最も重要なもののひとつだろうと思う。
 
 若さが、新しい時代を切り拓いていく大きな原動力になるのだ。
 
 
 
 メンバーが、それぞれの性格が表れた暴れかたをしていた、という話を前回書いたが、そもそも大きくとらえてXというバンドが当時、なぜそんなに頻繁に暴れなければいけなかったのかというと、その理由は、3通りあったように思う。
 
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津田さん こんにちはヽ(^0^)ノ
若かり日のエックスの事を書いてくれて
ありがとうございます
2ヶ月前
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津田直士
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>>1
読んでくれて、とても嬉しいです。ありがとう。
2ヶ月前
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