マル激!メールマガジン 2021年1月20日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1032回)
特措法と感染症法の刑事罰導入は百害あって一利なしだ
ゲスト:米村滋人氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授・内科医)
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 ついこの間までGOTOキャンペーンの中止さえも躊躇していた菅政権は、ここに来て、首都圏に続き関西圏、福岡などでも相次いで緊急事態宣言を発出するなど、ようやく本気でコロナの抑え込みに本腰を入れ始めたように見える。しかし、やや遅きに失した感は否めず、感染拡大は一向に衰えを見せていない。
 菅首相は1月13日の記者会見で、コロナ特措法や感染症法を改正し、営業停止要請に応じなかった店舗や、感染が明らかになったにもかかわらず入院措置に応じなかった感染者に対して、政府が刑事罰を伴う強制力を持たせる意向を表明した。
 現在の日本の医療危機が実際はコロナの感染拡大によるものではなく、むしろ医療行政の不作為によって世界一の病床数を誇りながら病床の転換が進んでいないことにあることをいち早く指摘して話題を呼んだ、東京大学法学政治学研究所の米村滋人教授は、これらの法律に刑事罰を伴う強制力を持たせることは、百害あって一利なしだと一蹴する。
 そもそも現在の感染症は結核やハンセン病の感染者の強制収容が法的に行われ、蔓延防止の名目の下で科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われたことの反省の上に立ち、1998年に歴史的な改正が行われて現在に至るものだ。強制入院措置が人権上も、また公衆衛生の実践上も、ディメリットが大きいことは歴史が証明している。
 米村氏は検査を受けて陽性になれば、強制的に入院させられ、拒否すれば刑事罰が与えられるようになれば、検査を受けたがらない人や、個人的に検査を受けてもその結果を公表しない人が続出し、結果的に公衆衛生上の効果が上がらないことが予想されると指摘する。強制措置はかえって公衆衛生上のリスクを増大させるだけだというのだ。
 米村氏が指摘してきたように、現在の医療法の下では政府は医療機関に対して病床の転換を要請することしかできない。お願いするしかないのだ。結果的に日本の全医療機関の8割を占める民間医療機関のうち、わずか2割程度の病院しかコロナ患者は受け入れていない。昨今メディアが騒いでいる日本の医療危機や医療崩壊は、コロナ患者を受け入れている全体の3割程度の医療機関でのみ起きていることなのだ。
 こうした状況を受けて1月15日、政府が感染症法の16条の2項を改正して、医療機関に対して感染者の受け入れを現在の「要請」から「勧告」できるようにするとの意向が、一部のメディアによって観測気球のように報じられた。しかし、米村氏は「要請」を「勧告」に変更するだけでは実効性は期待できないと断じる。そもそも勧告というのは、勧告に応じなかった場合に、その次の段階として何らかの強制なり制裁なりが設けられていて初めて意味を持つ。単に文言を勧告に変えても、政府の権限の強化にはつながらず、よって世界一の数を誇る日本の病床がコロナ病床やICUへの転換が進むとは考えにくいと米村氏は言う。
 実は1月13日の総理の記者会見で、ビデオニュース・ドットコムの記者の質問に対し、菅総理が意外な言葉を発したことが、一部で波紋を広げている。なぜ政府は医療法を改正して、政府が医療機関に対して命令できる権限の強化を図ろうとしないのかを問われた菅総理は、医療法の問題は「これから検証する」しか答えなかった一方で、唐突に「国民皆保険も含めて検証する」と述べたのだ。これを聞いた人の中には、「質問の意味を理解できなかった総理が意味不明な事を言い始めた」とか、「総理は新自由主義的な思想的背景から、国民皆保険の廃止を常々考えていたので、本音がぽろっと出てしまったのではないか」などといった観測がネットを中心に広がった。
 しかし、厚生労働委員会の委員で医療行政に詳しい青山雅幸衆議院議員(無所属)は、あの一言は医療界に衝撃を与えたと指摘する。青山氏によると、国民皆保険は、もちろん国民にとっても無くてはならない大切な制度だが、それにも増して医療界にとっては、他の何を措いても絶対に死守しなければならない最大の利権だ。総理が場合によっては国民皆保険にまで手を出してくるというのであれば、医療法の改正や感染症法の改正によって、国の医療機関に対する権限を多少強化することくらいは容認せざるを得ないと考えても不思議はない。実際、あの発言の翌日に、感染症法の改正案の報道が流れたが、医師会や医療界から目立った反対意見は今のところ聞かれていない。恐らくあの一言が効いているのではないか、と青山氏は言うのだ。ただし、青山氏は総理があの単語を意図的に発したのか、それともあれは単なる事故だったのかについては、定かではないとも言う。
 いずれにしても、コロナの蔓延によって、日本の最後の聖域といっても過言ではない医療界の一端が、「政府は民間医療機関に対して非常時であっても病床の転換すら命じることができない」という形で表に出てきた。目の前の感染拡大にもしっかり対応しなければならないが、こうした構造問題を放置したまま、事業者や個人に犠牲を強いた上、さらにそれに強制力を持たせる法改正を行うというのは、やはり順番が逆ではないだろうか。

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今週の論点
・あらためて振り返る、日本の医療現場がコロナで逼迫している理由
・菅総理による「国民皆保険見直し」発言の衝撃
・コロナ専用病院は「新設」が最適解である
・「強制」は先祖返りであり、むしろ逆効果だ
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■あらためて振り返る、日本の医療現場がコロナで逼迫している理由

神保: 緊急事態宣言が発出され、コロナ特措法や感染症法の改正、強制力云々という話も出てきており、状況が目まぐるしく動いています。

宮台: 最初に言っておくと、これは神保さんが記者会見での質問を通じて国を動かした問題です。

神保: そう言っていただくとかっこよく聞こえますが、藪を突いたら大蛇が出てきた、というような状況で、なぜこんなときに国民皆保険などという話が出てくるのかと。今回はこの問題の言い出しっぺで、私の質問の元ネタとして常に引用されている、東京大学大学院法学政治学研究科教授で、内科医でもあります米村滋人さんをお招きしました。
 コロナが流行して1年近くになり、逆に言うと「なぜ医療が逼迫しているのか、おかしいじゃないか」と指摘する人が米村さん以前にほとんどいなくて、記者会見で質問する人も1月までいなかったということが驚きです。

米村: 記者会見での神保さんのご質問を見て、きちんとご理解いただいていたのだなと、まずは非常にありがたく思いました。同時に、総理の答えはそうだろうなと思っていましたが、問題の本質をまったく理解しておられないことがよくわかるものだった。結局、総理のそばにこういうことをきちんと理解して、説明している人が全くいないということなのだと思います。