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更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー 第9回 水道橋から神楽坂へ・その1 【第4水曜配信】
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更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー 第9回 水道橋から神楽坂へ・その1 【第4水曜配信】

2017-06-28 07:00
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    〈元〉批評家の更科修一郎さんの連載『90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー』、今回から水道橋から神楽坂編が始まります。かつて日本の出版業界の重要な位置を占めていた一帯を訪れ、更科さんが同人誌を発行していた高校時代、司書房と桃園書房が健在だった頃の出版シーンを振り返ります。

    第9回「水道橋から神楽坂へ・その1」

     仕事の都合で、馬喰町のビジネスホテルに泊まっていた。
     東京駅の東側にある古い街は、複数の地下鉄線が交差するため、交通の便は良いが、問屋街なので、飲食店の選択肢が少ない。
     松屋は開いているが、それ以外はほとんど開いていない。
     朝食をどうするか考えているうちに、ふと思い立ち、東日本橋駅から都営浅草線に乗った。
     浅草橋駅で中央・総武緩行線へ乗り換え、降りたのは水道橋駅だった。

    ■■■

     水道橋は古い出版社が多い。芳文社、少年画報社、ベースボール・マガジン社など、敗戦直後に創業した中堅どころの老舗が、駅の西側に軒を並べている。
     講談社、小学館、大日本印刷、凸版印刷などの中間地点という立地条件もあるが、戦後の一時期、この界隈の闇市で紙を扱っていたからだ、とも聞いた。
     友人の作家が東五軒町の古い出版社で文芸単行本を出したのだが、どういうわけか、印税が二ヶ月連続の分割払いで振り込まれた。
     彼の担当は文芸部署の編集長だったが「昔からこうなのだけど、理由は知らないんだ」とのことだった。
     たぶん、闇市時代の名残りなのだろう。半分だけでも手付で払っておかないと、現物(紙)を受け渡す前に逃げられる、とかそういう理由だと思うが、作家の印税にも適用され、半世紀以上を経た現在も続いている。
     出版業界には案外、そういった古い慣習が多い。これは実害のない方だが。

     そういう土地柄なので、1971年から1999年まで、飯田町紙流通センターという、国鉄と製紙会社の共同出資による貨物専用駅も存在していた。
     現在は新座貨物ターミナルと隅田川駅に機能を移転しているが、水道橋から飯田橋へかけての一帯は、確実に日本の出版業界の重要な位置を占めていた。

    ■■■

     駅の南側、古い雑居ビルが並んでいる三崎町の五叉路に、司書房というアダルト系出版社があった。
     親会社は桃園書房という老舗の小出版社で、そちらは『つりMagazine』『月刊へら』などの釣り雑誌部門と、『小説CLUBロマン』や桃園文庫などの官能小説部門を主に手がけていた。
     阿佐田哲也こと色川武大が『麻雀放浪記』での博徒稼業から足を洗って就職した会社として、業界では知られていた。大衆小説誌の編集者となった色川は、藤原審爾の担当となり、小説家への道を志した。
     藤原審爾と言っても、若い読者はまったく知らないだろうが、筆者が子供の頃までは、純文学から社会派風俗小説までなんでもござれのヒットメーカーだった。
     名画座で昭和期の邦画を観ていると、かなりの確率で原作者クレジットに藤原審爾の名前が出てくる。
     今村昌平監督の『赤い殺意』『果しなき欲望』が有名なのだろうが、筆者は監督・吉田喜重、主演・岡田茉莉子の『秋津温泉』と、監督・山田洋次、主演・ハナ肇の『馬鹿まるだし』が好きだ。
     子会社の司書房がいつからあったのは知らないが、山本直樹が森山塔名義で出した初期単行本のいくつかは、この出版社から出ていた。これで大儲けしたことから、90年代は主に成年向けコミックの出版社として知られていた。
     コアマガジンに入社する前、筆者はこの出版社でフリーライターをやっていた。

     桃園書房と司書房の編集部が入っていた古い三階建ての自社ビル(四階建てだったかも知れない)の跡地は、タイムズの駐車場になっていた。
     正直、新しいビルが建っているかと思ったのだが。
     敷地が記憶よりも狭く小さかったので、不思議に思ったが、建物というものは立体的であるから、小規模な雑居ビルでも案外広く感じるものだ。
     五叉路の周辺には、成年向けコミックを扱う出版社や編プロがいくつも立ち並んでいたが、現在は飲食店ばかりで、出版とは無縁の空間になっている。飲食店も夕方から開くタイプの店ばかりで、午前中は閑散としていた。
     近くにはコミックハウスの直営販売店もあったと思うが、こちらも影も形もなかった。


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