現役官僚の橘宏樹さんが「官報」から政府の活動を読み取る連載、『GQーーGovernment Curation』。今回は2018年12月8日に成立した入管法改正を取り上げます。外国人労働者の受け入れについては、既にさまざまな議論が出揃っていますが、「共生」「生産性」「人材の質」という三つのポイントから、改めて整理します。
こんにちは。橘宏樹です。国家公務員をしております。このGovernment Curation(略してGQ)は、霞が関で働く国民のひとりとして、国家経営上本当は重要なはずなのに、マスメディアやネットでは埋もれがちな情報を「官報」から選んで取り上げていくという連載です。どんな省益も特定利益にも与さず、また玄人っぽくニッチな話を取り上げるわけでもなく、主権者である僕たちの間で一緒に考えたいことやその理由を、ピンポイントで指摘するという姿勢で書いて参ります。より詳しい連載のポリシーについては、第一回にしたためさせていただきました。
【新連載】橘宏樹『GQーーGovernment Curation』第1回「官報」から世の中を考えてみよう/EBPMについて
2018年11月はインパクトの大きい出来事が続いたように思います。まず2025年の大阪万博の決定。これでオリンピック後に不景気に陥ってしまうのではないか、という不安が和らいだとされます。他方で、そういう需要喚起で目先をごまかして根本的な問題解決がさらに先延ばしにされてしまうのではないか、という不安もさらに顕在化したとの声もあります。様々議論があるところだと思います。そしてカルロス・ゴーン氏の逮捕。報酬額に関して、有価証券報告書虚偽記載があったとのこと。捜査は続いています。国際社会でも大きなイベントがありました。米中間選挙では、下院では民主党が過半数となりました。共和党が過半数を占める上院と「ねじれ」ることになりました。「不安定になる」と報じる日本のメディアが多かったですが、一応、2000年代以降はねじれている時期の方が多かったという事実はおさえておきたいところです。パプアニューギニアで開催されたAPECでは、それぞれ自国中心主義的な貿易姿勢を強めるアメリカと中国の溝が埋まらず、首脳宣言が出せない異例の事態となりました。また、日本とロシアの首脳会談も開かれました。四島返還か二島返還か、北方領土問題に注目が集まっています。米中日ロの関係に大きな影響を与える事態が目白押しでした。
永田町・霞が関界隈では、臨時国会が開催されており、怒涛のごとく各種法案が成立していきました。本稿で取り上げたEUとの自由貿易協定が国会承認を受けて正式に発効しました。イギリスのEU離脱がもつれ、米中貿易摩擦が悪化するなか、さらに重要な意味を発揮していくことになるように思います。
橘宏樹『GQーーGovernment Curation』第5回 通商 逆襲の自由貿易~日欧EPA~
さて、この連載では、本来重要なはずなのにあまり報道されていない官報にスポットをあてています。しかし、今回は、かなり十分に報道されているとは思いますが、あえて、入管法改正(出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律)について取り上げたいと思います。
出入国管理及び難民認定法 及び 法務省設置法 の一部を改正する法律の概要について(法務省)
入管法改正の経緯と内容については、見た限り、これらの解説が最も簡単でわかりやすいと思います。
5分でわかる入管法改正案|「なぜ今なのか?」「何が変わるのか?」2018年11月10日(おかんの給湯室)
入管法改正で何が変わるの?日本企業が直面する深刻な人手不足 2018年12月8日(外国人雇用就労センター)
また、この法改正の経緯については、非常に端的に言ってしまうと、
都市も地方も少子化で、圧倒的に人手不足だ。低賃金で単純労働の業種で特に深刻だ。このゾーンでは、これまで、技能実習生(日本で技術を学んだら母国に帰る人)と留学生を低賃金で働かせてしまっていた。だが人権上もよくないし持続可能ではない。なので、ちゃんと枠を新設しよう。条件満たした、ちゃんとした外国人労働者ならば、家族も連れて来れるようにしよう。賃金も日本人と同等にしよう。具体的な施策の中身はこれから考える。当然、各省とも連携が必要になっていくが、法務省が今後「総合調整」していく。
といった感じです。既に様々なメディアでも是非をめぐる議論は取り上げられました。どこの国の人が何万人来ているかといった統計も提出されましたし、各紙もたくさんの世論調査を行いました。
外国人受け入れについては、反対が賛成を圧倒的に上回る結果のものはなかったと言えるようで、「まあ、しょうがないよね」「てか、もう結構いるしね」という基調が滲んでいるように僕は思いました。
「外国人労働者の受け入れ拡大に賛成が51%、反対は39%だった。」(2018年10月28日NNN・読売新聞)
「受け入れ拡大については賛成44%、反対46%に割れた。」(2018年12月29日 朝日新聞)
また、法案審議においては政府案に様々な批判も寄せられました。移民なのか、外国人労働者なのか、外国人材なのか、といった呼称の問題。受入れ見込み人数のデータ算出方法。技能実習生の失踪や人権侵害の反省。受け入れの各種施策の具体的な中身はほとんど未定であること。審議時間が短いまま採決したこと。そもそも供給不足の業種にちゃんとはまってくれるのか。人材の質は確保できるのか。などなど。いずれも重要な論点だと思います。
【図解・政治】出入国管理法改正案をめぐる衆院本会議の論戦ポイント(2018年11月13日 時事ドットコムニュース)
参議院法務委員会(2018年12月5日)における移住連理事高谷幸の参考人意見陳述全文(移住者と連帯する全国ネットワーク)
このように、かなり注目が集まった本法案ですが、僕は、あまりにも多くの情報が飛び交ったことで、なんというか、逆に、今後の行方を注視していく上での俯瞰的な視座が見失わなれないかな、という問題意識を抱きました。改正法の問題点と、社会全体が外国人受け入れを考えていく上での留意点は、全く同じではありません。そこで、本稿では、現に増えている外国人の方々と、我々主権者がきちんと向き合っていくにあたって、何を考えていけばいいのか。今後の議論において、どこを見ていけばいいのか。視点というか視座というか、ポイントを僕なりに3点にしぼって指摘したいと思います。それはすなわち、共生の問題、生産性の問題、人材の質の問題です。
1. 共生の問題
既に日本には外国人労働者が約128万人います。東京でもコンビニの店員は8割近くがもう外国人のような気がします。一緒に暮らしています。では、同じマンションで隣に外国人が住んでいる方はおられますでしょうか。彼らは、町内会などの会合に出席するでしょうか。ゴミ出しのルールは守っているでしょうか。料理の香辛料などの匂いが強烈だったりしないでしょうか。夜中大音量の音楽をかけて、酔っ払ってダンスしていたりしないでしょうか。周囲で外国人が犯人の犯罪が増えていないでしょうか。そして、税金を納めているでしょうか。日本人が当たり前だと思っているルールを守らない外国人がいる場合、なんかこう、敵対心というか、排外心が育ってきてしまいます。そうした問題とも向き合っていかないといけないわけです。
在留資格「特定技能」とは|特定技能1号・2号の違いなど徹底解説します!(外国人雇用の教科書)
さらに、「特定技能2号」として認められれば、家族の帯同が可能です。配偶者やご両親なども日本語を覚えられるかどうか。なかなか難しい場合も多いように思われます。子供も連れてきて、地元の小学校などに編入した場合、日本語ができなくて、孤立していじめにあったりしないといいなと思いますし、また、日本語ができない子同士でずっとつるみ続けて、不良になっちゃったりしないといいなと思います。
ブラジルタウン・群馬県大泉町から考える「生活保護外国人」の現実(2018年11月30日 ダイヤモンドオンライン)
浜松市の外国人は約2万人、定住化の中で活躍する第2世代 浜松市の多文化共生の取り組み(5)共生の時代と浜松宣言(鈴木康友 浜松市長)
浜松NPOネットワークセンター【N-Pocket】 > 在住外国人との多文化共生
こうした外国人との共生の問題への対応においては、明らかに、地域に密着した市町村などの基礎自治体やNPO法人などの活動がカギになってくると思います。コミュニケーションの場をどのように設定するか。誰が窓口になるか。粘り強く対応していくのか。どういう地域に、どこの国の人が多くなるのか。状況や場合は様々で、きっと一括りにはできません。大勢のブラジル人が暮らす群馬県大泉町や静岡県浜松市など、ケーススタディも蓄積されています。
政府答弁では、法務省が司令塔として多文化共生を含めて「総合調整」を担うということになっています。法の所管という点ではそれはそうだと思うのですが、今後の施策の検討過程においては、特に地方六団体(全国知事会・全国市長会・全国町村会・全国都道府県議会議長会・全国市議会議長会・全国町村議会議長会)や総務省の、かなり積極的なコミットが必要になってくることは避けられないのではないかと思われます。なので、今後は、これらの関係者が本件についてどのような言動をとっていくかが要注目だと思います。
ちなみに、僕は、年に一度在邦外国人と日本人が100名以上集まって外国人と日本人の「共生」について議論する「トーキョー会議」というイベントの運営にかかわっています。これには昨年、我らが宇野常寛PLANETS編集長にも基調講演やパネルディスカッションに登壇していただきました。外国人向け住宅市場、コミュニティの場の創生、日本の人材採用の慣習、都市の国際化などについて議論しました。
▲前回のトーキョー会議の模様
次回トーキョー会議は2019年1月14日(祝)に開かれます。開会挨拶には総務省出身の岡本全勝内閣参与・元復興庁事務次官が登壇します。基調講演には、外国人就職支援業者の第一人者、柴崎洋平氏(フォースバレー・コンシェルジュ株式会社代表取締役)、パネルディスカッションにはアクセンチュアの幹部など、非常に豪華で舌鋒鋭い論者が集います。本音トークが楽しみです。非常にホットな会になりそうです。日本語でも英語でもOKなので、皆様もぜひご参加ください。