編集者・ライターの僕・長谷川リョーが(ある情報を持っている)専門家ではなく深く思考をしている人々に話を伺っていくシリーズ『考えるを考える』。今回は、個人向けオンラインカウンセリングサービス『cotree(コトリー)』や、経営者のメンタルを支えるコーチングプログラム『escort(エスコート)』を運営する株式会社cotreeの代表・櫻本真理氏にお話を伺います。前職時代に自らが体調を崩した際、メンタルクリニックで十分なケアを受けられず苦しんだ経験から、2014年5月に起業し、同年10月にはcotreeをスタート。2018年11月には、連続起業家・家入一真氏が率いるベンチャーキャピタル・NOWと連携してescortの提供を開始しました。
「やさしさでつながる社会をつくる」を企業理念に据え、様々なサービスを展開する櫻本氏は、「心理学だけでも、社会学だけでも不十分。内面と外部環境のバランスを探求し、“適切なストレス”と付き合うことが大切だ」と語ります。薬による対症療法が蔓延るメンタルヘルス業界の問題点や「マッチング」の意義。アウシュビッツでも幸福度を高く保てた人の意外な共通点、さらには現代における「親和動機」への注目度の高まりまで、葛藤を「意志」に変える“ことば”を重視する櫻本氏の思考に迫りました。(構成:小池真幸)
薬による対処療法だけでは不十分。メンタルサポートを求める人と、サービスを提供したい専門家を架橋するcotree
長谷川 実は僕、昨年すこしメンタルの調子を崩していたんです。その時期、まさに当事者としてcotreeが気になっていたので、今日はお話伺えるのを楽しみにしていました。そもそも、どういったきっかけで作ったサービスなのでしょうか?
櫻本 きっかけは自分自身の体験です。証券会社でアナリストとして働いていたときに、軽い睡眠障害になってしまったことがありました。病院に行ったところ、対処療法的に症状を抑える薬を処方してもらえるだけで、あまり話を聞いてもらえなくて。
だけど薬だけで治る気がしなかったんですよね。生活の不調や環境との不一致といったストレス要因を抱えているからこそ、病気になるはずなのに、そうした背景を無視して症状だけ抑えても意味がないなと。
櫻本 一方で、大学で心理学を専攻していた縁もあり、臨床心理士の知人たちが十分に満足できる待遇で働けていない現状も知っていました。「十分なメンタルケアサービスが流通していない一方で、カウンセラーは働き口に困っている。これってバランス悪いよな」と思い、メンタルのサポートを必要としている人と、サポートを提供したい人をつなげるべく、cotreeを作ったんです。だいたい4年半前の話ですね。
長谷川 cotreeは、どのように使われることが多いのでしょうか?恒久的に使っていくイメージなのか、治るまでの何回かだけ利用するものなのか。
櫻本 できれば卒業してもらうのが理想ですね。cotreeは、ご自身の課題を認識してもらい、解決するための行動変容を起こせるようになるためのサポートを行うサービス。一定期間を経てカウンセラーやコーチのことばがインストールされ、「もう自分で立って歩けるね」と思える状態になれば、卒業してもらうことになります。
でもやっぱり、人生の中でまたしんどい場面は出てくるじゃないですか。そのときに、「そうだ、cotreeがあった」とまた使ってもらえるのが理想ですね。利用者さんに「何かあったら帰れる実家のような存在」と言ってもらったことがありますが、その表現はとても気に入っています。
長谷川 ゆるやかにアテンションを維持し続けるイメージでしょうか。Netflixのように直接的に会員数を積み上げていくのではなく、「いつでも帰って来られる」コミュニティを広げていくと。
櫻本 そうですね。何もないのが一番ですが、「何かあったらcotree」と思ってもらえるような存在を目指しています。
長谷川 メンタルヘルス系のサービスって、他の人に「メンタル崩してたときに、これ使ってみて良かったよ」と伝えづらいイメージがあります。口コミではどの程度広がっているのでしょうか?
櫻本 本当におっしゃる通りで。ローンチから数年は、SNSでの発信量は相当少なかったです。やっぱりみんな、自分のことを弱いと思われたくないんです。弱さを想起するカウンセリングについて発信するのは、憚られるのでしょう。
ただ最近は、空気が変わってきたと思います。カウンセリングだけでなくコーチングをはじめたことや、そうしたサービスに対する認知も広まってきて、SNSなどで「cotreeのサービスよかった」と発信いただく機会がとても増えました。
長谷川 コーチングは、cotreeで提供しているカウンセリングとはどう違うのでしょうか?
櫻本 本質的には変わらないと思っています。「カウンセリングは課題を解決する、過去を扱う、マイナスをゼロにするためのもの。対してコーチングは目標を達成する、未来を扱う、ゼロをイチにするためのもの」と言われることもありますが、そんなシンプルに白黒つけられるものではありません。
カウンセリングやコーチングは、人がより良い生き方をするために、専門的な対話能力を持った他者が壁打ち相手として伴走するものです。カウンセリングの中にもコーチング的な場面がありますし、コーチングの中にもカウンセリング的な場面はある。そもそもコーチングはカウンセリングから出てきたものですし、学問流派の便宜上、分けてきただけだと思います。呼び方よりも関わり方が大事です。
個別の理論の良し悪しは問題ではない。cotreeが「マッチング」を最重視している理由
長谷川 最近ではカウンセリングやコーチングに限らず、「U理論」や「メンタルモデル」など、人間の内面にフォーカスを当てた議論が増えている印象があります。こうした潮流については、どう思われますか?