「全国最年少の町長ががんばっている」と聞きつけて、宇野常寛とPLANETS編集部が新潟県中魚沼郡津南町にお邪魔してきました。豪雪地帯ならではの気候を活かした農産物、世界一のユリ栽培、津南の魅力を発信するために奮闘する女将たち……。人口減に立ち向かう地方自治体のリアルとは? 2日間にわたる津南町の旅のレポートをお届けします。
新潟県津南町で、自然とともに暮らす魅力と難しさを考えてきた
「来月あたりに新潟県の津南町に行きます。カメラとレポートよろしく!」
こんにちは。唐突な出張の連絡に目が点になりました、PLANETS編集部員です。
今回はさまざまなご縁で宇野常寛とPLANETS編集部が訪れた、新潟県津南町1泊2日の旅をレポートしていきます。
新潟県津南町の概要
まずは旅の前に、今回訪問する津南町の概要をご説明します。
▲黄色が津南町です(参考)
津南町は新潟県の中越地方に位置する中魚沼郡に位置し、長野県に隣接しています。日本一長い川でもある信濃川が流れており、かなり広範囲な河岸段丘地形が特徴だそうです。(河岸段丘と聞いてぱっと思い出せなかったのですが、川が長い時間をかけて段々を作る地形です……)
新潟県の中越地方といえば、国内有数の豪雪地帯。津南町も冬は3mほどの積雪があるようです。この冬場の気候を生かして、雪下にんじんの栽培もさかんだそうです。農産物は、雪下にんじんのほかにアスパラ、そして切り花のユリがブランド品として日本や世界各国に輸出され、高い評価を得ています。
人口は9027人、高齢化率はおよそ4割(参考)。現町長の桑原悠さんは34歳で、日本最年少の町長として、今年で任期3年目を迎えます。今回はこの町長さんにお話を伺うことができるそうです!(わくわく)
旅の始まりに
某月某日、越後湯沢駅に降り立ったPLANETS一行。まず最初に、今回津南町を訪れるきっかけを作っていただいた、NPO法人ZESDAの西川さん、古谷さんと落ち合いました。
▲西川さんからおすすめいただいたにんじんジュースを駅で飲む一同
ZESDAは、プロボノ集団としてさまざまな地方創生の取り組みをされています。これまでPLANETSでは、ZESDAの石川県の奥能登での取り組みなどを取材させていただきました。詳しくはこちらの記事や、こちらの記事をどうぞ。
これまでZESDAは、津南町と地元プロデューサー育成事業(新潟県からの受託事業)を進めてきていて、西川さんも古谷さんも何度も訪問されているそうです。今回の旅はZESDAのメンバーから、「30代前半の町長がとてもがんばっている面白い街がある」「コロナ禍でいろいろ厳しい中で、いろいろ工夫してがんばっているから取り上げたら面白いんじゃないか」という話を聞いたことから始まりました。
お二人から津南町のあらましを伺いながら、レンタカーに乗り込み、いざ出発です!
▲道中、突然山道に現れた雪よけトンネル。雪国ならではですね!
▲曲がりくねった山道を超えると、棚田の風景が広がります。
豊かな自然を持つ町、津南(町役場)
越後湯沢駅から車でおよそ40分。津南町役場に到着しました。
まずは町長室で、桑原悠町長と、観光地域づくり課長の石沢久和さん、観光地域づくり課DMO推進室の小島裕輔さんにご挨拶させていただきました。
まずは石沢さんに、津南町の観光的な見どころをご説明いただきました。
▲観光地域づくり課長の石沢久和さん
「津南町の周辺には河岸段丘や秋山郷など、優れた地質資源がたくさんあります。こちらのマップでは河岸段丘がよく見える場所ですとか、いろんな景色を楽しめる場所が一覧できるようになっています。豪雪地帯ですから、冬に降った雪が土に染み込んで、あとで行っていただくんですが、その湧き水で龍ヶ窪のような溜池のようなものもできます。
あとは火焔型土器ですね。火焔型土器というのは実は信濃川流域からしか出土していないんですが、出土する最上流地域が津南町になります。そこでこの信濃川火焔街道連携協議会という団体で日本遺産を保護する活動をしていたりもしています」
「それから、津南は農業の町でもあります。高地的な栽培技術に加え、冬場の雪を利用したパイプラインのおかげで干ばつに強い。そのため、スイートコーンやアスパラガス、雪ノ下から掘り出す雪下にんじんといった農産物も、農業王国新潟のなかでも、大田市場などで非常に高い評価をいただいております。あとはユリですね。津南のユリはブランドとしても非常に強く、高値で売られています」
「こういった農産物であるとか、ジオ的な資源【編集部注:地形や自然物などの観光資源】や文化など、たくさんありすぎてなかなか観光という点で絞りきれていないところが悩みではありますね」
▲津南町長、桑原悠さん
「人口は今、9300人ほどです。2015年から2025年くらいはいちばん減少率が大きくなるという計算ですね。高齢化率は40%にのぼりますが、今高齢者といっても80歳でも『お若いですね』と言われるほどで、皆さんまだまだお元気ですね」
「環境省の地域経済循環分析でデータを見ると、産業規模としては東京電力さんの水力発電所がいちばんうちの産業としては大きいです。次は土建業、その次が公務員、そしてその次が農業です」
ご説明を受けて、宇野編集長から質問が飛びます。
「これは中央から流し込まれている税金由来のお金がないと、ほぼ経済が回らない状態だと思うのですが……。この地域の求心力はなんだと思いますか」
「うーん……。やはり、いい意味での心地よさだと思います。いい意味での『みんな知っている感』。時にはそれが閉塞感を感じて離れていく方もいらっしゃったりするんですが……それでもやはり住み続ける人たちにとって心地よさがあるからじゃないかなと」
このお二人のお話を聞きながら編集長、なにやら思案顔です。
「とりあえず、今晩お話しましょう。ありがとうございました!」
行程では、今晩町長さんに詳しいインタビューをさせていただく予定ですが、気になりますね……。
▲町長に『PLANETS vol.10』をお渡しできました!
龍神の住む池、龍ヶ窪
ここからは津南町観光地域づくり課DMO推進室の小島さんにご案内いただきます。
まずご案内いただいたのは津南の自然名所のひとつ「龍ヶ窪」。日本有数の豪雪地帯である津南町では、冬に積もった雪が大地に染み込み、春になると湧き水となって染み出します。龍ヶ窪は、この湧き水が溜まってできた池です。1日に湧いてくる水の量は、およそ4万3000t。小島さんいわく「『池の水ぜんぶ抜く』ことができない池です!」とのこと。
わたしたちが訪れたときは、ちょうど霧雨によって水面近くには靄がかかっており、とても神秘的な空気が広がっていました。
「日本名水百選」に選ばれるほどの透明さを誇る水が、鏡のように周囲の木々を映し込みます。言葉を失い、静かに湖面を眺める一行。カエルや虫の鳴き声とともに、木々の葉ずれの音だけが響きます。
龍ヶ窪はこの神秘的な雰囲気から、古くは「龍神」がいると祀られてきたそうです。ということで、池のすぐ上に祀られている龍ヶ窪神社にもお参りをしてきました。
▲龍ヶ窪神社
▲龍ヶ窪から湧き出た水
地元の情報発信拠点として 女将たちの挑戦
つづいて一行は旅館「しなの荘」に到着しました。
こちらでは、今年から一風変わった「ユリ風呂」を提供されているということを伺い、特別に見せていただくことに!
▲こんなお風呂に浸かったらゴージャスな気分に浸れること間違いなしです!
大ぶりの様々な色のユリが浮かんだお風呂、写真以上にすごい迫力でした。芳しい香りも相まって極楽浄土感があります……。
こちらの「ユリ風呂」は、コロナ禍を機に始まったプロジェクト「新潟・津南町 ユリ農家×女将 ~雪美人に会いにこらっしゃい~」、通称「雪美人プロジェクト」の一環とのこと。「雪美人」は、JA津南町のブランド名だとお伺いしていましたが、なにか農産物にまつわるプロジェクトでしょうか……? さっそくこのプロジェクトに関わる方に、お話を聞かせていただくことになりました。
お話を伺ったのは、津南町で旅館をやっていらっしゃる3人の女将さんたち。雪美人プロジェクトって、なんでしょう?
▲津南町で旅館を営む女将さんたち
「今、コロナでユリの出荷もかなり苦しい状況になってしまっている、ということを聞いて、それぞれの旅館でユリを使わせていただいた取り組みを行っています。しなの荘ではさっき見ていただいたユリ風呂、また別の旅館では押し花にしたりして、お客様に楽しんでいただいています。まだまだ始まったばかりのプロジェクトなんですが……」
女将さんたちは、実は2年ほど前から、津南の農産物を応援する団体を発足して活動しているそうです。その名も「つなベジ会」。この会ができる前まで、旅館の女将たちは町の農家さんが実際にどんな活動をやっているのかを知る機会がなかったそうです。
「津南はやっぱり農業の町なので、農業は農業、観光業は観光業でやっていればいいという意識があったんです。でも、ある時から旅館にもなにかできることはないかな、と思い立って。つなベジ会を発足させてからは農家さんにも協力してもらえるように聞きやすくなったし、農家さんの実際の生の情報を共有できると、アスパラひとつでも、外から来たお客さんに知ってもらえることが変わってきます。旅館同士のつながりも現場レベルではほとんどなかったんですが、こういう情報共有できる場というのはとてもありがたいなと思っています」
「つなベジ会」では農産物についてのパンフレットの作成やHP、Facebookといった広報だけでなく、農作物の通販や、ときには必要があれば契約農家さんの紹介などもしているそうです。
「『つなぐ』『ベジタブル』で『つなベジ会』ですね(笑)。津南に来るお客さんはリピーターの人も多いし、なかなか知られない場所でもあるから情報発信はとても大事だと思っています。そもそも観光業が少ないから、微々たるものかもしれないけど、この町の良さに気づけたのも、観光業をやっているからというのもあるので……」
▲「つなベジ会」で作成された雪下にんじんのリーフレット。どう育てられているのか、どう食べればおいしいのかがとても細かく解説されています。
今回の「雪美人プロジェクト」はそんな女将さんたちの思いの延長線上にあるプロジェクトだそう。
「実はユリだって、昔から飾ってはいたものの、そもそも都会では1本2000円、3000円で売られている高級ブランドだってこと、知らなかったんです(笑)。でも、つなベジ会で改めてユリ農家さんのやられていることを聞いて、こんなに時間と手間暇をかけて作られていることを目の当たりにして、これはすごいな!と。来年からはどうなるかはわからないんですが、このすごさをいろんな方に知っていただきたいという思いがあります」
▲「小さい町なので、そんなに大勢受け入れる施設もないし。かと言ってこの津南のペースも崩してもらいたくもないし、程よい距離感で続けていけるといいな、と!」
「小さい町で、内側と外側どちらとも接することのできる観光業だからこそ、こういった意欲的な取り組みの役割が担いやすいというのはすごく大きな発見ですね」と編集長。
しなの荘さんでは夕食、朝食ともに、新鮮なお野菜がふんだんに使われた、とても美味しいごちそうをいただきました。ごちそうさまでした!
桑原町長にインタビュー!
さて、昼間の町長室で思案顔だった編集長。1日津南町を見てまわって、桑原さんになにをぶつけたのでしょうか?
こちらはすごく長くなってしまったので、別の記事にまとめました。詳しくは後日公開される別記事からどうぞ!
▲桑原町長と宇野常寛。立派なユリとともに一枚。
特殊な自然地形を持つ「ジオパーク」、津南
▲しなの荘での朝ごはん。とにかくおいしいご飯のおともがずらり!
2日目の朝、しなの荘でおいしい朝ごはんをいただいたあとにご案内いただいたのは、縄文文化体験型施設「なじょもん」。こちらの施設は、津南の町に残る貴重な発掘資料などを展示されている施設です。こちらの学芸員でもある佐藤さんに、津南の地形の魅力についてご説明いただきました。
▲「なじょもん」館内に入ると、ユリの花と火焔型土器がお出迎え!
▲津南教育委員会ジオパーク推進室長の佐藤雅一さん。ジオラマを見ながらひとつひとつの地形の成り立ちについてご説明いただきました。
佐藤さんのご説明のあと、一行は津南の街を見下ろすことができるという「川の展望台」へ。先ほどご説明いただいた河岸段丘がくっきりと見えます!
▲1段、2段、3段……段々になっている地形を一望できます。手前に向かって蛇行しながら流れているのが信濃川。
世界一のユリを津南から〜「雪美人」ができるまで〜
さて、お次はいよいよ津南町の名産品でもあるユリ農家さんを見学させていただきました。
▲今回ご案内いただいたユリ農家のおふたり
まずご案内いただいたのは、ユリの球根を養成する畑です。
そもそも球根を「養成」するというワードに疑問符が浮かびますが、そのまま植えるわけではないんですね?
「津南町が出しているユリはまず、1年かけて球根を養成します。これはGWあたりに植えた球根ですので、土の中で太らせて秋頃に掘り起こしたあと、今度は雪室で寝かせます。そうして2年目になってから植えて出てきた花を出荷するんです」
▲あたり一面に広がるユリ畑
今年のGWに植えたばかりの球根を特別に掘り起こしていただきました!
「こいつは植えたばかりなのでまだかなり小さいですね。夏が過ぎて涼しくなると、ぐぐっと肥えてきます」
「これはカサブランカという品種で、球根の品種はTYS(津南雪美人セレクト)というものです。作られてから30年以上経っている品種で、なかなかいい素性の球がなくなってきたもんですから、オランダに何回か行き来して、もとの種のものを増殖させてもらってきています」
聞くところによると、ユリは年を経ると花のボリュームや、葉っぱの光沢など、品種自体が変化してしまうそう。それを防ぐために、10年おきに新しい球根をオランダから仕入れているそうです。
「さきほど日本一の産地と説明させていただきましたが、白いカサブランカは世界のマーケットのなかでも日本しか扱っていません。日本一、すなわち世界一ということですね」
半年ほど土の中で寝かされた球根が次に向かうのが、雪室。冷たい雪の側で寝かせることによって、さらに栄養を蓄えるそうです。今回は普段はなかなか見ることのできない雪室を見学させていただきました。
▲雪室の入り口。かなり大きい建物です。わくわく…
雪室には今年2月に積もった雪が保管されています。巨大な倉庫に入るとかなり肌寒く、ひんやりしています。大きなカーテンを開けるとそこには……
▲天井まで詰まった、雪、雪、雪! 手前の黒いパレットに球根が入っています。
「ここはカーテンの開け閉めだけで温度を調整していて、湿度はだいたい90%くらい。ユリもお肌と同じく、保湿が大事なんです」
ここでオランダから到着したばかりの新しい球根もあるということで、見せてもらいました。大きさの違いは、一目瞭然です。
▲オランダから届いたばかりの球根(左)と、雪室で寝かせたあとの球根(右)。
雪室でしっかりと1年間寝かせられた球根は、最後に畑へ。こちらはハウスのなかに、球根がぎっしり植えられています!
「ここはだいたい15万球植わっています。あと1週間から10日くらいで出荷ですね。ユリは花屋さんに到着した時点で蕾でなければならないので、頃合いを見て蕾のまま出荷します。
野菜は濡れていたほうがいい、なんてよく言われますが、花は濡れないほうがいいので、雨除けという意味でもハウスが必要になります。あとは遮光ですね。ステージ的に光がほしいときは白いものを上にかけたり、光がいらないときは黒いもので覆ったりしますね」
こうしてハウスから切り花として出荷されたユリは、全国各地へと出荷されていきます。
驚くほど手間のかけられた繊細なユリの花に、編集長もしきりに感動している様子でした。
「ユリは地産地消する農産物ではないけど、実は津南という土地にとても繊細に向き合っているんですね」
時が止まった教室 新たな地域おこしの拠点へ
1日目に桑原町長から伺ったように、津南町が今抱える問題のひとつに人口減少があります。今回はその厳しい現状がよくわかる場所もご案内いただきました。
こちらの小学校は、2012年で廃校となってしまった旧・津南町三箇小学校。現在は地域おこしの拠点として、三箇地区での農業体験の窓口や、宿泊ができる施設に生まれ変わっています。
▲一部の教室は小学校の頃の面影を残しています。黒板には卒業生の書き込みが……
▲とてもきれいな体育館です!
▲夏には校庭でキャンプも開催するそう。
▲偶然その場にいらっしゃった地域おこし協力隊の方に学校の菜園で採れたきゅうりをおすそ分けいただきました! ほっこり。
旅の終わりに 新潟といったらやっぱり……
さて、旅もそろそろ終盤です。
「せっかくなのでお土産を買いましょう!」ということでやってきたのは、苗場酒造さん。日本酒の工程についてご説明いただきながら、編集部へのお土産を物色しました。
▲「今日は酒蔵のなかをお見せできないんですが、特別にどうぞ!」とちらっと見せていただきました。酒粕を詰めているそうです!
▲古谷さんはカップ日本酒をお土産に……と思ったらその場で飲んでいらっしゃいました
さて、これで長い旅も終わり……かと思いきや、古谷さんが西川さんがなにやらお話しているようです……。
「あそこ寄らなくていいの?」
「寄りましょう」
と、いうことで最後にご案内いただいたのは、「ママのおやつ」。こちらは西川さんが大好きなケーキ屋さんで、津南に来る度に寄っているそうです。
カランコロン、とお店のドアを開けると、カウンター越しの「ママ」と思しき方の顔がぱっと明るくなりました。
「西川さん!! 来てたの!」
▲元気な「ママ」の笑顔。「なににします?」
▲西川さんのおすすめで米粉のシフォンケーキをいただきました! ふわふわで美味です……
今回の1泊2日の旅では、津南町固有の豊かな自然に向き合い、支え合う町の方々のリアルを少しだけ知ることができました。この大変ななか、笑顔で接していただいた方々のお顔を見返すと、桑原町長の言う「居心地のよさ」が少しだけわかった気がします。
ご案内いただいた津南町の皆様、そしてZESDAのお二人、ありがとうございました!
[了]
(写真協力:津南町)