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今日はニッポン放送アナウンサー・吉田尚記さんとPLANETS編集長・宇野常寛の対談の後編をお届けします。新著でしんどくならないオープンな雑談の仕方を展開した吉田さんと、「ひとり遊び」の伝授を通じて閉じた人間関係のネットワークの外側にアクセスする方法を模索する宇野。
対照的なアプローチで「世間」に向き合う二人の対話は、「アベンジャーズ」対「なろう系」の対立が象徴する「社会」の分断の問題に及びます。
(この対談の前編はこちら

「アベンジャーズ」対「なろう系」の対立の先にあるもの

吉田 ちょっとだけ余談を挟むと、いま「異世界転生もの」がたくさんあるじゃないですか。僕はオタクなんですけど、正直言ってぜんぜん興味が持てなくて、某ラノベ原作アニメのプロデューサーに、なぜあんなにウケているのかと聞いてみたら「ユダヤ教と同じだ」と言われたんです。
 つまり、「ここではない、どこか」があり、そこでは君は報われるんだ、という共通の構造は同じまま、シーズンごとに次々と出てくる新しいものをずっと読み続けて生きていく。これは非常に人間にとって古典的な生き方であるという主張をされていて、この人はわかっているなと思いながら話を聞いていたんですよね。

宇野 僕と吉田さんは同じ70年代生まれだからわかると思うけれど、小中学生のころ、「異世界転生もの」が今ほどではないけれど非常に多くて、漫画やアニメがオタク的なものであればあるほど、リアルな学園生活のハーレムやラブコメを描くよりもSFファンタジーの力が強かったじゃないですか。それぐらい当時のオタク的な想像力は「ここではない、どこか」というものを作っていくものだった。最初のアニメブームの源流ってSFブームにあるので、SFファンの一部がアニメ好きな人たちを「堕落した」とか言って怒っていた時代をギリギリ知っていた世代ですよね。

吉田 『ヤマト』と『ガンダム』のファンがSFファンとケンカしていたわけですよね。

宇野 そういう時代から20、30年経って、今「なろう系」を中心にした「異世界転生もの」はほとんどハーレクインみたいな定番ものとして完全に定着している。その一方で、グローバルなエンターテインメント市場には『アベンジャーズ』が代表する現実を抽象化してまとめた写し鏡のようなファンタジーがある。半年ぐらい前に2019年のエンタメを総括した時にも話しましたが、『アベンジャーズ』対「なろう系」という対立が起きているんですよね。
 つまり、『アベンジャーズ』シリーズで描かれたように、現代社会の構造はアイアンマンとキャプテン・アメリカの思想的な対立で世の中のいろんなものが説明できるのだけれど、こういう社会批評的なエンタメで表現されているのは基本的にグローバル・エリートのメンタリティで、「持てる者」か「待たざる者」かで言うと「持てる者」で、「非モテ」か「リア充」かと言ったら圧倒的に「リア充」なわけです。この「現実」のプレイヤーである人たちのための物語が『アベンジャーズ』で、それに対して、どれだけ頑張っても何者にもなれず、自分の手で世界に触ることができないと絶望している人たちのための物語が「なろう系」である、と整理したと思うんだけど、そこから時間が経ってちょっと部分修正をしなきゃいけないと思ったわけです。『愛の不時着』って観ました?

吉田 観てないです。

宇野 『愛の不時着』って「なろう系」の要素があると思うんですよ。韓国の財閥令嬢なんだけど、私生児だから家族から孤立しているヒロインが、自分で財閥を持つために作ったベンチャー企業を大企業に成長させて、実力で後継者になろうとしている。で、ここはギャグなんだけど、彼女がパラグライダーで北朝鮮に不時着して、そこにいたイケメン北朝鮮将校、しかも天才ピアニストというチート設定の青年に救助されて恋に落ちる、みたいな世界で、前半がほぼ『財閥令嬢の私が北朝鮮に不時着したらイケメン将校に愛された件』、みたいになっていて(笑)。

吉田 もう完全に「なろう系」ですね。

宇野 いちいち北朝鮮の暮らしや習俗とかがおもしろおかしく紹介されるし、そこで韓国の現代社会の知識を持っているヒロインがちょっと変わったアプローチで役に立っていくみたいなストーリーなんですよね。

吉田 めっちゃ「異世界転生」ですね(笑)!

宇野 ヒロインがグローバルエリート的な設定だし、『アベンジャーズ』的な「持てる者」の物語なんだけど、その一部に「なろう系」的なノウハウが回収されちゃっている気がするわけです。韓国でも「なろう系」がすごく人気で、日本人はトラックにひかれて異世界にワープするけど、韓国は漢江に自殺で飛び込むとワープするらしくて。

吉田 そうそう、「漢江自殺」が当たり前なんですよね。

宇野 だから「なろう系」のノウハウがリア充側に回収されちゃっていると思うんだけど、僕は基本的に非モテ側の味方だから、彼らの魂はこれから一体どこに行くんだろうと気になっているんですよね。

吉田 うーん。リア充側に持っていかれてしまいましたね。

宇野 換骨奪胎されているわけじゃないですか。

吉田 ちなみに、「悪役令嬢」の話はご存じですか? 

宇野 「悪役令嬢」って、転生したら少女漫画の悪役令嬢になってしまったみたいなやつですよね?

吉田 そうです。ゲームの悪役令嬢に転生してしまったみたいな設定が多いんですけど、最近ラノベ系サイトの検索単語ベスト3は、1位「悪役令嬢」、2位「ざまあ」、3位「婚約破棄」なんですって。

 令嬢、つまりリア充で地位を成し遂げた者は邪悪な者である、という幻想がある。まあ、事実かもしれないですけど。その令嬢の人たちが婚約破棄をされるのを見て溜飲を下げるのが今のラノベの主流になっているんですよ。最近になってアニメでも観測されたんですけど、ラノベ勢はもう3年ぐらい前から圧倒的に悪役令嬢のことばっかり考えている状態なんです。

 「異世界転生」だと、自分がギリギリ投影されていたと思うんですよ。さらにすごいのが、20年前は「なんでもない高校生だった俺」の転生が多かったのが、20年経って「35歳まで生きたけど、今まで人生で何もいいことがなかった会社員」もしくは「ニートの俺」が主人公のものに変わったんです。それが「新文芸」っていうとんでもないタイトルで100万部売れたりとかしていたんですけど、作っている人にすら誰が読んでいるのかわからない。そういうサイレントマジョリティがいて、その人たちが次に手を伸ばしているのが「悪役令嬢」で、自分とは関係がない物語なんです。

宇野 自分とは関係がないけれど、これまでのフィクションではどうあがいても肯定されなかった存在ってことですか?

吉田 そこでは、「もう自分はいい、自分の人生に先がないのはわかった。でもせめてうまくいっている人たちがひどい目に遭うのを見たい」という欲望が駆動されているんです。

宇野 でもそれって、基本的にこの国のワイドショーとか週刊誌とかTwitterがやっている、自分よりも甘い汁を吸ってそうな人たちが転んだタイミングを狙って石を投げて溜飲を下げていることと同じですよね。

吉田 もうまったく同じです。

宇野 そういう人たちはいなくならないけど、彼らの影響力を少しでも下げることでしか世の中はよくならないと思うし、そういった人たちに自分の人生を邪魔されないような環境をどれだけ作れるかが勝負だと僕は思っているんです。

吉田 その人たちが同じ会社にいて30代後半につまずくというのは、まさにその通りだと思っています。そこで、「何が解決策になるのか?」と考えたときに、僕は宇野さんの言う「ひとりあそびの力」みたいな、自分で何かに興味を持って掘り下げられることが大前提だと思うんですよ。ただ、同時にそれを「社会とどうやって接続するか」っていうのも、僕は重要だと思うんですよ。


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