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今朝のPLANETSアーカイブスは、統計学者でセイバーメトリクスの専門家でもある鳥越規央さんと教育学者の藤川大祐さんによる対談をお送りします。 野球において、統計学の手法を用いて分析するセイバーメトリクスという手法は、試合の戦略分析だけでなく、選手の育成方針の策定のためにも用いられています。では、その手法は教育にも応用することはできるのでしょうか。教育現場での事例を踏まえて、その可能性を探ります。
※この記事は2015年10月28日に配信した記事の再配信です。

鳥越先生の「セイバーメトリクス観戦講座」レポート

 鳥越先生による観戦講座が行われたのはまだ夏の暑さの残っていた8月29日。あいにくの曇り模様のなか、急造のPLANETS野球取材チームはたくさんの人でごった返す海浜幕張駅に到着しました。
 千葉ロッテマリーンズのチームカラーは白・黒・赤・グレーですが、駅で周りを見渡すと、もっとカラフルな出で立ちの人ばかり。色は、赤・黄・緑・ピンク・紫……これはもしや、ももクロ……!? 調べてみると案の定、ももクロのファンクラブ会員限定イベントが幕張メッセのイベントホールで行われていたようです。やはり現代は、アイドル一強時代なのか……?

 アイドルに負けない21世紀的な「野球2.0」はいかにあるべきかを構想しながら歩くこと15分、ようやくQVCマリンフィールドに辿り着きました。

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 モノノフに席巻されていた海浜幕張駅とうって変わり、QVCマリン周辺は少し落ち着いた雰囲気。ロッテファンは昭和からの伝統的な野球応援スタイルと決別し、Jリーグのサポーターを参考に独自の応援スタイルを築き上げたと言われていますが、やはり若い人が多め。
 球場そばの「マリーンズ・ミュージアム」には球団の歴史を振り返る展示があり、単なるグッズ売り場というよりは、メジャー球団のボールパークに併設されている博物館のようでした。
 グッズショップには、写真のように球団の正式ユニフォームとは違う、オリジナルデザインのNEW ERAキャップが並んでいました。ただ単にユニフォームと同じキャップだと昭和の野球少年になってしまう恐れがありますが、それとわからないさりげないデザインで主張するところに、現代のファンを掴もうという工夫が感じられます。実はこうした取り組みは現在多くの球団が行っているのですが、特にロッテのグッズデザインは洗練されているようです。

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▲グッズショップには様々なデザインのグッズが並んでいます。かつて野球場のグッズ売り場といえば掘っ立て小屋やプレハブのようなイメージでしたが、今はまるでセレクトショップのような雰囲気。文明はどんどん発達していく…

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▲さっそく試合開始! 先発投手はロッテが左の古谷拓哉(ふるや・たくや)投手、オリックスが昨年ブレイクした西勇輝(にし・ゆうき)投手でした。

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▲Macbookでデータを見ながら参加者に解説する鳥越先生。右下にはマリーンズのユニフォームに身を包んだ藤川先生の姿も。

 この日の参加者は30人ほど。鳥越先生の解説は、手渡されたトラベルイヤホンで聞くことができます。一緒に来た人と解説の感想をわいわいと言い合ったり、鳥越先生ご本人に直接質問したりすることができます。

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▲(株)エアサーブの提供するトラベルイヤホン。普段は美術館の音声ガイドなどに使っているそうですが、球場で生観戦しながら解説を聞けるというわけです。他にもいろいろ応用できるかも……?

 また、ゲストとして鳥越先生のご友人というプロ野球選手のモノマネ芸人さんたちも登場。

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▲左からニセ勇輝さん(西勇輝投手のモノマネ芸人)、伊藤ピカルさん(伊藤光選手)、小谷野ええ位置さん(小谷野栄一選手)。一般的にそれほど有名とはいえないオリックス選手のモノマネを選択されることに男気を感じます。ただ小谷野ええ位置さんは坂上忍のモノマネで定評を得るなど、みなさんレパートリーは豊富なよう。

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▲そして、あれは、く、桑田さん……? 元メジャーリーガーも幕張に駆けつけました

 オリックス選手以外にも、巨人〜ピッツバーグ・パイレーツで活躍した桑田真澄さんのモノマネ芸人・桑田ます似さんが1イニングだけでしたがゲスト解説に登場し、桑田そっくりの語り口で参加者の笑いを誘っていました。

 試合は1回にいきなり糸井が2ランホームランを放ちオリックスが先制するも、その後ロッテ先発の古谷がオリックス西に負けじと好投。ロッテがじわじわと追い上げて6回に逆転に成功し、9回は守護神・西野が危なげなく試合を締めました。
 鳥越先生はデータから古谷の好投を予想、打球方向の傾向から8回のヘルマンの左中間二塁打を的中させるなど、プロ野球OBの解説にはない語り口が新鮮でした。

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▲地元ロッテが勝利し全身で喜びを表現する藤川先生

「現場で解説を聞く」という新しい観戦スタイル──メディア論的観点から

──今回は鳥越先生と藤川先生のお二人に、「セイバーメトリクスや統計学的思考の教育への応用可能性」というテーマでお話を伺っていければと思うのですが、まずは今回の観戦講座について振り返ってみたいと思います。藤川先生はいかがでしたか?

藤川 いや~、楽しかったですよ。「楽しい」って色々な意味があるんでしょうけれど、まず野球場で野球を見るということは基本楽しいわけですが、耳元で鳥越先生が解説してくれてこちらから質問できて、データに着目していくと目の前に起こっていることも確率的に説明がつくことが多かったじゃないですか。フィールドの雰囲気プラス知的な楽しさが重なって、本当に楽しい時間を過ごすことができましたよね。

──鳥越先生は「左投手の古谷に合わせてオリックス打線は右バッターを並べてきたけれど、それは逆効果だ」とおっしゃっていましたよね。

鳥越 先発投手としての格で言えば古谷よりも西の方が上なわけで、戦前の予想もオリックス有利と出ていました。しかしスタメンが発表されたとき「おや?」って思ったんです。というのもオリックスのスタメンが糸井を除いてすべて右バッターだったんです。それまで調子のよかった左の小田裕也や駿太をはずして。たしかに古谷は左投手ですが、データを見ると右バッターに対する被打率が1割7分3厘(当日までのデータ、シーズン通算。185)と、じつは右打者のほうが得意な投手なんです。野球界では「左投手は左打者が得意」という定説があって、それは統計的にもある程度正しいのですが、古谷に関してはそれが当てはまらない。なので右バッターを並べるというオリックスの選手起用はよくなかった。それがオリックスの敗因のひとつでしょうね。
 あと、今日の試合をセイバーメトリクス的な観点からみていて良いと思ったのが、ロッテが角中(勝也)を2番に置いているということでした。日本野球ではとかく2番に出塁率がいいわけではないけども、バントは上手いという選手を置きがちですが、序盤のノーアウト1塁で送りバントをするのって統計的には悪手なんですよ。
 角中は以前首位打者を取っていて非常にシュアなバッティングをするバッターですが、彼を3番ではなく2番に置く。同じようにヤクルトでは川端慎吾(かわばた・しんご)という3番を打っていてもおかしくない打者を2番に置いていましたよね。こういったことは非常に良い傾向だと思います(その後、川端はセ・リーグ首位打者のタイトルを獲得、所属するヤクルトはセ・リーグを制覇した)。

藤川 「2番は送りバント」っていうのはだいぶ廃れつつあるんじゃないですか?

鳥越 いえ、たとえば今年のソフトバンクはまだ2番は打力のそこまで高くない選手を起用しています。ただソフトバンクには圧倒的な戦力がありますから、2番の起用に関しては相手チームにハンデを与えているものと思ってみています(笑)。本来なら柳田(悠岐)のような強打者を2番に置いたほうが得点はもっと増えますよ。(注釈:ただ2番に起用される選手の守備力はリーグ随一なので、そういう意味では必要不可欠な選手です、ただ打順が……。)

藤川 おそらくデータを見ずにただグラウンドで見ていたら今日の試合も、「ロッテが逆転して逃げ切った」というストーリーにしかならないんですけど、データがあることによってどこにドラマがあるのかがわかるから、より深く楽しめるんですよね。

鳥越 野球って「左ピッチャーには右バッターを当てろ」みたいなステレオタイプがたくさんあるんですけど、そういう「思い込み」に惑わされないようになるというのが、データで野球を観ることの面白さのひとつですね。

──藤川先生は教育学者として「エンタテインメントの方法論をどう教育に生かすか」や、メディアリテラシー教育について発言していらっしゃいますが、メディア論的な視点からみて今日の観戦講座の試みをどう感じましたか?

藤川 鳥越先生の解説で面白かったのは、オリックスのヘルマンというバッターが左中間に打つ確率が高いというのと、守るロッテ外野陣の荻野・岡田・清田の守備範囲がすごく広いので、そのせめぎあいが見どころとおっしゃっていたところ、ヘルマンが本当に左中間にツーベースを打ったんですよね。もしテレビで見ていてそういう解説があったとしても、テレビはピッチャーとバッターを主に映すから、外野陣の守備位置までは見ることができないじゃないですか。その意味で、球場全体を見渡すことのできる視点から解説を聞くことの面白さを感じましたね。

──「予言を当てる」といえばジャイアンツ戦での江川解説なんかがありますけど、江川の場合は経験知とカンに基づいた「神がかり」のようなものであるのに対し、鳥越先生の解説は統計的な根拠に基づいたものなのでより身近に感じることができますよね。

藤川 やっぱりテレビの画面にとって野球場って広すぎるんですよね。これは球場などのいわゆる「大箱」でやるAKBのコンサートでも感じるんですけど、200人とかのメンバーがウロウロしていても、スクリーンの画面に映るのって1人2人なんですよ。常に99%の人が映っていない。たとえば、私の推しメン(村山彩希さん)はそこまで推されているわけでもないので会場のビジョンに映る機会も少なく、肉眼で探すのが大変なんです(笑)。
 サッカーなんかはテレビでもフィールド全体を映すので選手の位置はよくわかりますけど、野球はテレビ中継では投手と打者以外に球場で他の選手が何をやっているのかよくわからない。球場だったらネクストバッターズサークルで「次は誰が代打に出てきそうだ」とかわかるじゃないですか。その意味で、自分で見る場所を選べる現場観戦は非常に価値がありますね。

鳥越 もしマスメディア的に野球を盛り上げるんだったら投手と打者の「一対一勝負」をクローズアップしてドラマ性を盛り上げていくことになるんですが、データは一対一勝負以外の様々な場面で使えるので、テレビだけだとどうしても解説できることが制限されてしまうというのはありますね。

──数年前から楽天や横浜DeNAのようなIT系球団を中心に主催試合をニコ生やSHOWROOMなどでネット中継していて、ネタコメントが流れたり、アナウンサーのフリーダムな実況が面白かったりして非常に人気があります。横浜の場合、1試合のニコ生視聴者は20万人以上になることもあるんですが、無料公開だから球場に来なくなるんじゃないかと思いきや、スタジアムへの来場者も右肩上がりなんですよね。

藤川 やっぱりメディアとスポーツってすごく重要な関係があるわけですけど、まずメディアで見て現場に行きたくなって、現場で楽しんで行けないときはメディアで楽しむというかたちですよね。で、従来は現場に行くと解説を聞けなかったんですよ。やっぱり今の時代は本当に楽しみたければ自分でデータ見たりしながら人の話も聞いていたい。ところが今回は鳥越先生が全部その場で調べてくれて、しかもそれをリアルタイムで教えてくれるわけですからね。

鳥越 昔は横浜スタジアムや神宮球場で球場内FM放送といって、案内されたFMの周波数に合わせると誰でもDJのトークを聞けるというものがあったんですが、「ラジオ聞きながらだと集中してしまってファールボールに気づかないから危険」という理由で廃止になってしまった。でも今回は2階席からだったからそこまでファールボールの危険性もなかったですね。
 球場にラジオを持ち込んで実況中継を聞きながらみるのもいいのですが、「第1球投げた!」という、映像を見ていない前提の細かな実況が煩わしく感じてしまったり、radikoで聞くと5秒のズレが生まれてしまったりするんですよね。

藤川 球場でピッチャーが投げたのを見た5秒後に「ピッチャー投げた!」っていう実況が流れてくるのは許しがたいですね。

鳥越 そういう意味では、エアサーブさんのイヤホンガイドによる実況解説は聴講されたみなさんにもストレスを感じさせることはなかったと思います。

藤川 誰でも聞けるというかたちではなく、特定のゾーンの人だけが聞けるシートを設けるなどしてプレミア感を出したほうがいいですよね。

──いまIT系の球団を中心に、様々なプレミアを付けたシートを少し高い値段で売り出していますが、それが当初の予想以上に売れているようです。砂かぶり席(球場のファールゾーンに新たに客席を設置してより臨場感が楽しめるようになっている。来場者にはファールボールの危険に備えてヘルメットとグローブが貸与される)が代表的ですが、スタジアムの上の方の座席を改造してパーティーができるような席種も販売されています。普通なら「チケットを値上げしたら売れないだろう」と思うのですが、むしろ様々な付加価値を乗せて高く売ることで全体の売上は増える。そういうビジネスモデルのひとつとして考えてみてもいいかもしれないですね。

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▲広島カープの本拠マツダスタジアムに設置された内野パーティーデッキ。

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▲横浜スタジアムに今年から新設された「ベースボールモニターBOXシート」。居酒屋のような席配置で友人たちと飲み会をしながら観戦できる。テーブル中央にはタブレットPCが設置されており、選手の成績やリプレイ、実況映像なども見ることが可能。

──もうひとつ今日の観戦講座で感じたのが、「鳥越先生の今の解説面白かったよね」というように、一緒に来た人や隣の席の人とコミュニケーションするきっかけになるということなんです。

鳥越 そういうエリアシートって今までになかったわけですから面白いですよね。その場に集まった人でも仲良くなれるでしょうし。ほんと、そういうシートを売り出して欲しいですね。一消費者として(笑)
 実は今、アプリ開発を考えているんです。どういうものかというとスマホで音声が聞けて、そこに文字情報を入力してもらってニコ生のコメントみたいに実況者側が拾っていくというものです。ただスマホだけだと入力が大変なんですけどね。
 こういうことは野球だけではなく色んなスポーツで試せると思っていて、もちろんサッカーもそうですし、大相撲なんかでできたら面白いはず。

藤川 大相撲こそ、現場で解説があったらものすごく楽しいでしょうね。解説なしで見てると何が何だかわからない。現場にいたら間合いも長いですし、立ち合いで力士が何回立ったかとか、そういう情報もあったらいいですよね。

鳥越 チケットの売り方にしても、いろいろとデータを活用すれば見えてくるものは多いはずです。そういう意味でオリックスは集客にデータ解析を使ってるんですよ。ファンクラブサイトに書き込まれる文字をデータマイニングして、「今はこの選手が注目されてる」ということを弾き出して、その選手のグッズを強化して売りだしたりしています。
 もともとオリックスは観客動員数が少ないチームだったんですが、女性ファンにアピールするために「オリ姫」企画なんかをやっていますよね。実は関西の女性野球ファンって母数が非常に多いんですよ。もちろん阪神ファンを中心にですが。で、阪神の試合が甲子園で開催されていない日にオリ姫企画をやると、阪神ファンの女性が「じゃあ今日は私、オリ姫になる」と言って来るんですよ。

──昔は関西といえば南海ホークスや近鉄バファローズがあったりして競合が多かったけれど、パ・リーグでは在阪球団がオリックスだけになったから関西の野球好きは「セは阪神、パはオリックス」がひとつのかたちになるという。近年プロ野球チームが地方展開していったことの副産物かもしれないですね。

 集団には「均質性」と「多様性」のバランスが必要

──ここからは今日のテーマでもある「データや統計学的手法を教育にどう応用するか」を伺っていきたいと思います。まず基本的なところを藤川先生にお聞きしたいのですが、現代の教育現場では先生が持っている生徒一人一人のデータというのはどういうものなんでしょうか?

藤川 教師によるというところはあるんですが、基本的には文部科学省が策定した学習指導要領に基づいて、教師が「評価基準」を設けます。これは、「知識・理解ができているか」を測るというものがあり、それに加えて「関心・意欲・態度」や「思考・判断・表現」といったものが加わります。到達目標を時間や単元で決めていって、どの子が目標に到達しているか/していないかを評価するというやり方です。こうしたことは、教師はまず義務としてやらなければなりません。
 一方でユニークな指導をしている先生のなかには「意外な発見を書く」ということをやっている方もいます。子供を見ているときに、予想通りの発見や予想通りの気付きだったら別に記録しておかなくてもよいですよね。しかし、「おとなしいと思っていた子が意外なところでリーダーシップを発揮している」とか「普段はすごく自信を持っている子が逆に物怖じしてしまっている」とか、そういう姿を見つけたら書く。これはその子を発見的に見ていくために有効なんです。
 さきほど鳥越先生は「人は人を思い込みで見てしまう」とおっしゃっていましたが、人間は多様な側面を持っているものですし、そもそも小中学生ぐらいの時期って人間はめまぐるしく成長するんです。一番気をつけるべきなのは、教師が子供のことを第一印象で決めつけてしまって、そうではない姿を見ても見ぬふりをして指導にあまり活かさないということ。固定観念というのはスポーツにかぎらず教育においてもとても怖いものなんです。

鳥越 教育の評価基準について僕が感じているのは、ある2つの評価基準があったらそれを単純に足して2で割るような発想をしてしまっているということです。でもそうではなく5〜6個の要素をベクトルと見て、それを5〜6角形のマトリクスにしてその面積の大きさで評価する、そういうやり方のほうがいいのではないか。

藤川 多元的に評価するということですね。

鳥越 それと、昔は評価って相対評価だったじゃないですか。平均を3として、そこからどれだけ離れているかで成績を判断する。でも今は絶対評価で、「ここまでできたら4」「これが完璧にできたら5」というように判断する。そうなるとみんなが4とか5を取ることが可能で、差別化が難しくなってくると思うんですが、いまの実際の教育現場ではどういうふうに運用しているんですか?

藤川 実際は「みんなが5にはなる」というのはなかなかないですね。教師が評価基準をきちんと作らなければいけないというプレッシャーがあって、みんなが簡単に到達できるような目標ばかりを設定することはありません。現実には、「やっぱりこの子はちょっと無理だよな」という子もいる。だからみんなが一番上の評価を取るというふうにはなりにくいのが現実ですね。

鳥越 なるほど、絶対評価が相対評価に近づいてしまっているわけですね。しかしそれも学校ごとに微妙に違うものになってしまう。そうなるとやはり、推薦入試などで活用可能な統一的な指標としては成り立ちづらくなっていきますよね。

藤川 だから高校・大学では、内申点を入試で使うことは難しくなっていますね。

鳥越 その意味で、かつて批判された偏差値って本当は公平なシステムだったんですよね。偏差値って実は統計学的に非常に素晴らしい発明で、平均が50でそこからどれだけ離れているかを一律に測ることができた。個人の主観抜きに、自分が相対的にどこにいるかを冷静に判断することが可能だったわけですから。
 でも、なぜか偏差値だけが一人歩きして、評価が高ければ人格的に評価できる、というようなことになって批判の対象になってしまった。僕は偏差値の良さを再評価してもいいんじゃないかとは思うんですよね。

藤川 ただ、入試で学生を選ぶ側からすると、偏差値はどうしても一元的な評価になりやすいし、何度も繰り返しやったらブレがなくなっていく。それで上位だからって本当にいいのかということはずっとあります。言い換えると、入試についてはもう少し偶然性があってしかるべきという部分があるんですよ。
 これは言い方がなかなか難しいのですが、入学者選抜のような場合にも、スポーツぐらいの確率論的な見方を持ち込んでみてもいいのではないかということなんです。これは決して、「適当に選べばいい」というわけではありません。
 そもそも学校教育って個人で学ぶものではないので、ある程度の幅の多様性を確保しておきたい。基本的に学校でも企業でもそうですが、均質的すぎる集団は脆いもの。ある程度の質を担保しつつも、ちょっと違うタイプの人もいるぐらいのバランスが、集団での指導をしやすいんです。

──学ぶときの共同体というものを考えたとき、多様性があったほうが共同体全体の活性化につながるということですか?

藤川 多様であればあるほどいいというわけでもないんです。あんまりにもみんながバラバラだと何も一緒にできないですけど、均質的過ぎると発想が貧困になったり、均質さゆえにお互いが潰しあったり、一人ひとりの良さが発揮されにくくなる。だから多様性と均質性のバランスをとるという意識がすごく大事だと思いますね。小学校の学級経営や中学校の部活指導もそうです。均質すぎると異質な人が排除されていじめられてしまうということもあるので、逆に異質な人を活かすように集団を作っていくというのが教育をしていく上では常に課題ですよね。
 決定論的に緻密な評価を行って集団の構成を決めるのではなく、確率論的なブレを担保しておくということ。スポーツというエンタテインメントにしても、どっちかが有利だから必ずその通りになるというのではなく、確率論的に結果が覆ることがあるのが面白いわけですよね。

ランダム指名はなぜ有効なのか──「偶然のチャンスをモノにする」ということ

藤川 確率論ということでいえば、私はよく授業で「ランダム指名」をすることの有効性を言っています。どういうことかというと、先生から指名されたら、どんなにその課題が苦手であっても、他の子に助けてもらってもいいから全力で発表する。そのかわり、当たっていないときは自分のペースでゆっくりやってもいい。当たったときは集中してやって、そうでないときは無理せずというように、メリハリをつけるんですよ。たとえば算数の授業とかってどうしてもずっと活躍する子と、ずっと活躍しない子に分かれてしまう。そうなると先生はできそうな子にばっかり当てるんですよ。

鳥越 50分で終わらせるという授業運営のことを考えるとどうしてもそうなってしまいますよね。

藤川 でもそれでは、できない子はずっとできないままになってしまう。一方で、できない子にばっかり当ててしまうのも辛いわけですよ。

──「完全にランダムである」ということが重要なわけですよね。先生が、例えばあまりできない子に対して「これぐらいの簡単な問題だったらできるだろうな」という意図を持って指名するのもよいことではないと。

藤川 やっぱり、先生の意図どおりに動かされていると思った瞬間、白けちゃう子はたくさんいます。そうではない運営をするというのが、授業技術的に大事なことなんですね。そういう意味で、ランダムで、時々自分が主役になる場が巡ってくることにすごく意味があるわけです。
 子供ってやっぱり突然目覚めることがあるんですよ。逆に言えばチャンスが来なければなかなか目覚めない。かといって毎回チャンスを与えられると辛く感じる。スポーツってよくそういうことがあるじゃないですか。たまたまチャンスを与えられたら偶然に打ってしまって、それで一皮むける、というような。


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