国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。
中央アジアから地中海を抜け、七つの海をつなぐ世界のインフォーマルマーケットを巡ってきた本連載も、いよいよ最終回。地球の隅々にあらゆる商品を提供する太平洋の両岸、アメリカと中国での非正規市場のあり方に迫ります。21世紀の世界経済を牽引し、表の市場が非正規市場を駆逐しつつあるように見える両国での存在感を確かめながら、これからの世界でのインフォーマルマーケットの役割を考察します。
佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち
第9回(最終回) ここが全ての始まり、太平洋のインフォーマルマーケット
太平洋は、アメリカや日本といった国々が面する巨大な海です。中国の沿岸にあるのは黄海や東シナ海、南シナ海といった海であり、太平洋には直接面してはいないものの、環太平洋の国々に含まれることが多いです。商業航路となった歴史は大西洋や地中海よりも短いですが、現代では経済大国に囲まれ、世界で最も重要な経済圏の一つとなっているのは間違いありません。
南シナ海と同様、太平洋も華僑の活躍が著しい地域です。北米の中華モールは、彼らの活動が太平洋の西側だけではなく、東側にも及んでいる証拠です。今回は主に太平洋を挟む二つの大国、アメリカと中国について、これらの国々のインフォーマルマーケットがどのような構造になっているのかをお話ししたうえで、各地のインフォーマルマーケットが今後どのようになっていくのかについて、私なりの予測を述べたいと思います。
アメリカ・カナダにもあるインフォーマルマーケット
アメリカは、言うまでもなく世界最大の経済大国です。最強の経済力を持つ国家の政府にとっては、インフォーマルマーケットは自国企業のビジネスの邪魔にしかなりません。これまでにも何度も取り上げてきたアメリカ通商代表部は、各国のインフォーマルマーケットを敵視し、アメリカの様々な業界団体から情報をかき集め、毎年「悪質市場リスト」の一覧を発表している、インフォーマルマーケットの格付け機関でもあります。
さて、このようにビジネスにおいても世界の警察官たらんとしているアメリカ合衆国、その国内には、インフォーマルマーケットは存在しないのでしょうか? アメリカのインフォーマルマーケットはFBIや内国歳入庁、ウォルマートが皆根絶やしにしてしまったのでしょうか? 答えは否です。
アメリカは世界中から様々な人が集まる超大国です。長大な国境と海岸線を持ち、膨大な数の人々が出入りする国です。不法移民の処遇は社会的なイシューとして頻繁に取り上げられています。私がかつてアリゾナ州の大学院に留学していた際、夜にヘリコプターがサーチライトで地上の何かに照明を当て続けているのを見たことがあります。近くの人に、「あのヘリコプターは何をしているんですか?」と聞くと、「Man Hunt!」という答えが返ってきました。メキシコに接するアリゾナ州では、メキシコからアメリカに強行突破で入ってくる人々がいるそうなのです。このように、ヒトの移動ですらインフォーマルな流れが起きているのに、モノの移動にインフォーマルな流れがないわけがありません。
アメリカのインフォーマルマーケットの規模についてよく引用されるのが、やや古いですが、Richard J. CebulaとEdgar Feigeによる「アメリカの無申告経済」という2012年の論文です。彼らは、2009年のアメリカにおいて、1.8~2.4兆ドルの収入がアメリカの内国歳入庁に申告されていない、と述べています。1ドル=110円として日本円にすると198兆円~264兆円、約100兆円程度とされる日本の一般会計歳出よりもずっと大きいのです。
この中には当然、大企業による申告漏れのようなものも含まれているわけですから、私たちがこれまでに見てきたインフォーマルマーケットの定義にこの収入規模の全てが当てはまるわけではありませんが、アメリカの経済がフォーマルマーケットだけで成り立っていない、ということはこの数値からよくわかります。アメリカが麻薬の大消費国であり、中南米からアメリカに大規模なコカインの流通網がある、というのはよく知られているかと思いますが、このような完全なアンダーグラウンドの商品以外でも、新興国で見るような偽物商売はアメリカでもきちんと(?)成り立っているのです。一番わかりやすい例はアメリカの大都市の各地で定期的に開催されているフリーマーケットでしょう。
フリーマーケットを不用品交換会、swap meetと呼ぶこともあります。ロサンゼルスですと、毎年年初にカレッジ・フットボールの試合が行われることで有名なローズ・ボウルで毎月第二日曜日に開催されるフリーマーケットがヴィンテージ品や古着、各種中古品の販売市として有名です。入場料の存在、高価な場所代などもあって、このローズ・ボウルのフリーマーケットはカリフォルニアの数あるフリーマーケットの中でも最も秩序があり、フォーマルマーケットとインフォーマルマーケットの限界事例のような存在になっています。
▲ロサンゼルス郊外のフリーマーケット。フリーマーケットはアメリカでは最も身近なインフォーマルマーケットかもしれない。
▲フリーマーケットで販売されていた中古ゲームの類。
自動車大国であるアメリカでは、郊外のドライブインシアターでフリーマーケットが開催されることがしばしばあります。特にカリフォルニア州のようにメキシコと国境を接する州では、メキシコ人のトレーダーがこうしたマーケットに訪問し、商品を売りさばいています。
アメリカのインフォーマルマーケットがどのような状態になっているのかは、ロサンゼルスのような、日本人がよく行くような大都市でも観察することができます。特に見つけやすいのは都市中心部の問屋街と問屋街の間にある隙間地域です。一例を挙げましょう。ロサンゼルスには、トイ・ディストリクトという玩具問屋地区があります。この卸売店が立ち並ぶストリートの中に、狭い路地があります。この路地を抜けていくと、パラソルを指した露店が立ち並ぶ裏通りに出るのです。ここでは、ゲームや映画の海賊版製品が多く売られているのを目に出来ました。北米ではオンラインのコンテンツ流通が整備されているので、こうした海賊版製品はハリウッドのメジャーな作品などではなく、現地のヒスパニックに人気のある音楽や映像作品が販売の主力になっていました。
▲ロサンゼルス、トイ・ディストリクトの裏路地の露店街。
▲ロサンゼルスの露店で売られている映像作品やゲーム類の海賊版。
▲カナダのパシフィックモール。(出典)
「世界のインフォーマルマーケットの元締め」中国
世界各国のインフォーマルマーケットで扱われている商品は、最先端の製品、汎用品を問わず、中国製のものが多い、という話はどの地域でも見てきた通りです。では、それらのインフォーマルマーケットの商人は中国のどこから商品を仕入れているのでしょうか?