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ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
「ヤングサンデー」「ゲッサン」で2005年から不定期連載されている異色作『アイドルA』。主人公が男女入れ替わりながらアイドルと野球の二足のわらじで活躍するというデタラメな設定の本作が、デビュー以来の「あだち充劇団」の成立と発展を経て叶えてみせた歴代ヒロインたちの「夢」とは?
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碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第21回 ヒロインたちの夢を叶えた男女入れ替わりの野球漫画『アイドルA』(後編)​​

『KATSU!』のヒロイン・水谷香月と『クロスゲーム』のヒロイン・月島青葉の夢を叶える希望の存在としての里美あずさ

『アイドルA』主人公の里美あずさはプロ野球選手であり国民的なスーパーアイドルという二刀流をこなせる圧倒的な才能を持っていた。本来なら主人公格であるはずの平山圭太が実質的にはヒロインとして機能しているという部分があだち充作品としてはそれまでになく、非常に新しく突出していた。
あずさと圭太は幼馴染であり、一方はプロ野球選手、もう一方はスーパーアイドルという時点で二人の顔が似ていることに周りの誰かが気づくだろうし、二人の関係性を嗅ぎ回るようなマスコミがいそうなものだが、そういう無粋な視点は今作には投入されない。この辺りが漫画だからこそギリギリOKになってしまう内容で、こうしたデタラメ感がありツッコミどころが満載な設定に関しては、読者をして読みながら「あだち充が好き放題するとこういうものになるんだよな」と強引に納得させるものでもあった。
おそらく、この『アイドルA』のみを読んだ人は「あだち充がデタラメな作品を描いたんだなあ」という感想で終わってしまうだろう。しかし、『KATSU!』『クロスゲーム』『アイドルA』と連載順で追いかけて読んでいるとはっきりとわかることがある。デタラメな設定に見せかけながらも今作の里美あずさは前々作『KATSU!』のヒロインだった水谷香月と『クロスゲーム』のヒロインだった月島青葉の夢の体現者として描かれているということだ。

『KATSU!』のヒロインである水谷香月はプロボクサーだった父の影響で幼少期からボクシングをしており、並の男性では叶わないボクサーとなっていた。高校からボクシングを始めることになった主人公の里山活樹の才能に惚れ込んでいき、香月は自分のボクシングの夢を彼に託すようになり、彼のサポートをすることになり、相思相愛の恋人関係となっていった。
『クロスゲーム』のヒロインである月島青葉は小学生の頃から野球をやっていた。そのピッチングフォームに憧れて高校から野球を始める主人公の樹多村光(コウ)のお手本のようになっていく。中学高校と野球部に入る青葉だが、女性であるため練習試合などには出られたが公式戦には出ることができなかった。コウは青葉の姉で小学五年生の時に亡くなってしまった幼馴染の若葉に言われて、青葉がやっていた練習メニューをこなしながら体を鍛えていたこともあり、高校から野球部に入って甲子園を目指せるピッチャーへと成長していく。なによりもコウには野球選手としてのお手本だった青葉がいたからこそ、素晴らしい選手になることができた。
『アイドルA』という作品は、前2作品のヒロインが男性である主人公に自分の夢を託さず、自分自身の能力と努力で夢を切り開いていったものとしても見ることができる。ヒロインであることよりも自らが主人公となる(ガイ・リッチー監督『アラジン』における姫であるジャスミンが自ら王となるのを選んだことを彷彿させる)、性別を超越していく物語になっていた。


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