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平成を「ヒット曲」から振り返る(前編)|柴那典
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平成を「ヒット曲」から振り返る(前編)|柴那典

2022-04-26 07:00
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    本日のメルマガは、音楽ジャーナリスト・柴那典さんと宇野常寛との対談をお届けします。
    昭和の終焉を象徴する、美空ひばり「川の流れのように」から、令和の幕を開けた米津玄師「Lemon」まで、30のヒット曲から「平成」という時代の深層心理をさぐった柴さんの近刊『平成のヒット曲』。数ある平成のミリオンセラーから選んだ30曲の選曲意図から、柴さん独自の視点で平成を通時的に捉えます。
    (構成:目黒智子、初出:2021年12月9日「遅いインターネット会議」)

    平成を「ヒット曲」から振り返る(前編)|柴那典

    宇野 本日は、昨年末に刊行された『平成のヒット曲』の著者で音楽ジャーナリストの柴那典さんをお招きして、本書で論じられた歌謡曲・J-POPといった日本の大衆音楽からみた平成の30年間について、じっくりと議論していきたいと思います。

     よろしくお願いします。柴那典と申します。もともと「ロッキング・オン」という音楽系出版社で編集者をしていて、その後独立しました。2014年に初の著書として『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という、ボーカロイドブームから当時の音楽・ネット文化を論じた本を出しています。2016年には『ヒットの崩壊』という本を出していて、この本は2010年代に入ってからのCDの売上ランキングを見ても何がヒットしているかわからないという音楽業界の状況について書いた本で、『平成のヒット曲』はその続編とも言えます。

     この本では、平成の30年間を通して1年ごとに1曲、その年を代表する曲を選んで語っています。美空ひばり、小室哲哉、Mr.children、宇多田ヒカル、サザンオールスターズ、SMAP、Perfume、 AKB48、嵐、星野源、米津玄師などいろいろな名前が登場しますが、アーティストや曲を紹介したり評論したりするというだけではなくて、社会にその曲がどう受け止められたのか、そしてどのように後の世の中を変えていったのかという、音楽の外側を意識した構成になっています。
     またヒット曲について書くことで平成という時代の移り変わりが読み解けるのではないかという狙いがあり、平成を三つの時代──1990年代・ゼロ年代・2010年代に分けて論じているのが特徴です。同じ「平成」の括りでも、この三つのディケイドは、文化的にまったく風景が違っていて、それぞれのディケイドの違いをしっかり位置付けてみようという意識で書きました。
     大まかに言うと、1990年代はミリオンセラーの時代で、文字通り100万枚売れるCDが続出し、音楽産業の景気が良くて勢いのあった時代。次のゼロ年代はスタンダードソングの時代で、これはダブルミーニングでもあり、良い意味では長く歌い継がれる普遍性の高い名曲が出た一方で、音楽産業は明らかに勢いを落とし、インターネットという人類史上の大きな変化に対応できなかった点でマイナスが大きい10年間です。そして最後の10年代はソーシャルの時代。ソーシャルメディア、ソーシャルネットワークのソーシャルで、流行やトレンド、ブームが生まれる回路が明らかに変わった時代です。ヒット曲の話もしていますが、メディア環境や力学の変化の話もしています。

     令和4年になった今、実感として平成が遠くなったという気持ちが湧いてきて、ようやく平成という年号を少し客観視できるようになり、時間が経つことで対象化しやすいということを、本を出した当事者として感じています。

    選曲の意図からみる批評家としての立ち位置

    宇野 ありがとうございます。最初のミリオンセラーの時代について、柴さんにとって選曲のコンセプトは何ですか?

     売れた曲をただ選んでいるわけではありません。

    宇野 そこですよね。ミリオンセラーを並べて、「この曲にはこういう背景があってこういう理由で売れたと思うけれど、それを私は批評家としてこう評価します」と書いていくこともできたと思いますが、柴さんはそれをしなかった。ミリオンセラーの曲は他にいっぱいあるはずなのに、あえて選ばなかったものがたくさんありますよね。

     そうなんです。落としたものがすごくたくさんあって、GLAYもなければスピッツもないし、B'zもウルフルズもL’Arc~en~Cielもモーニング娘。もない(笑)。

    宇野 そこに柴さんの批評家としての立ち位置が出ていて、それがこの本のポイントだと思います。第一部「ミリオンセラーの時代」に登場する10曲では、どのあたりが柴さんのこだわりなのか聞かせてもらえますか。

     まず、選ばざるをえなかったのは「川の流れのように」(美空ひばり/1989年)です。ここから始めたのは、この本の伏線として大きな意図があって、つまり作詞を担当した秋元康というヒットメーカーが、1980年代の「おニャン子クラブ」「とんねるず」などのアイドル歌謡の時代で終わらなかったことの象徴なんです。もともとの原稿では、昭和の終わりを象徴する「川の流れのように」からちょうど20年後にセルフアンサーソング的なかたちでAKB48の「RIVER」(2009年)が登場したのを取り上げることで、より通時的な視点を与えることも考えていました。最終的には構成の都合上、決定稿では省いたのですが。

    宇野 「川の流れのように」は大雑把に言うと「いろいろあったけど戦後って結果オーライじゃん」という曲で、それを美空ひばりが人生の最後に歌うということに意味があったんですよね。その20年後に、川、すなわち戦後的なものがむしろ若い世代の障害になっていて、それを乗り越えていけというのが「RIVER」です。ポイントはこれが2009年の歌だったということで、そこからの10数年間経った現在からすると、残念ながら乗り越えることができなかったんだなというのが平成末期の総括になるのかなと思っていますが。

     たしかにそうですね。だから2010年代には当然、AKB48の曲で「恋するフォーチュンクッキー」(2013年)を選んでいます。2010年代がAKB48の時代だったというのはオリコンランキングから見ると間違いありません。

    宇野 オリコンの破壊によってそれが証明されている(笑)。

     オリコンをハックして、そのチャートを無効化したということですね。「AKBの本当のヒット曲はヒットチャートからは何一つわからない」ということを、AKB48を肯定的に捉えながらもファンダムとは距離を保って語ってきたジャーナリズムとして言っておかないと、この曲の記録が10年後、20年後にはオリコンランキングとしてしか残らないのではないかという危惧がありました。

    宇野 楽曲プロデューサー・秋元康の優れた曲としても、AKB48の残したものとしても「フォーチュンクッキー」は代表的な曲と言えると思います。ただ「フォーチュンクッキー」が象徴していたものをどう評価するかは本当に難しいと思います。というのは、言ってしまえばこれは指原莉乃の歌なんです。指原はAKB48の総選挙を象徴するボトムアップの、ユーザー参加型のコンテンツだからこそ成りあがった人でもあるけれど、同時に1980年代フジテレビ的/電通的なテレビバラエティやワイドショーの空間をハックして成りあがった人物でもあるんです。彼女は新しさと古さを両方抱え込んだプレーヤーで、「フォーチュンクッキー」は良くも悪くもその指原を象徴する歌なんです。そこに僕は可能性と限界の両方があったと思っていて、限界のほうに報復されたのが今のAKB48だと思っています。つまり「フォーチュンクッキー」というのは運命論の歌で、川(戦後的な既存のシステム)とはまったく別のシステムを横に作ってしまえば運命を信じられる、という歌ですが、その象徴である指原莉乃は、どちらかというと川(旧来型のバラエティ)のほうに向かってしまい、結果的に川に流されている側の代表になったわけですよね。要するに、結局AKB48というのは、指原莉乃というワイドショーのコメンテーターを、バラエティの女性タレントを生むための装置にしかなれなかったということでもあって、それがAKB48そのものの限界なんです。AKB48のブームが沈没した後に出てきた「坂道」(「乃木坂46」など秋元康がプロデュースするアイドルグループの総称)は、一世代前の音楽産業やテレビ産業のロジックで生きていて、明らかに撤退しています。「フォーチュンクッキー」はとても優れた曲だと思うし、おもしろい現象だったことは間違いないけれど、AKB48が持っていた射程距離の限界というものを同時に表しているのではないかと思っています。

     たしかに。そういう意味で、今回選曲した30曲は、平成元年の「川の流れのように」で話した伏線を、2010年代のAKBで回収するという構造になっているんですね。

    ジェンダー観の移り変わり

    宇野 4曲目に「私がオバさんになっても」(森高千里/1992年)を選んでいますよね。これを見て、柴さんは「ヒットの歴史」を書くつもりはなく、ヒット曲に仮託して平成の精神史を書くつもりなんだと思いました。

     その通りです。「私がオバさんになっても」はヒットしていて紅白にも出ていますが、年間ランキングでは50位にも入っていません。1992年だったら米米CLUBとかCHAGE and ASKAが代表的なのですが、それをいま書いてもノスタルジーになってしまう。でも森高千里について書くと2010年代のことを論じられるようになるんです。森高千里は産休を経て復帰して、2015年には化粧品のCMで本人がこの曲を歌っています。40代や50代の森高千里がこの曲を歌うことで、曲に25年前と違った新しい意味が出てきているということが書けると思って選びました。
     この曲について書いている時点で、星野源の「恋」(2017年)に至るということも意識してます。平成という時代は、失われた数十年といわれたように手放しで肯定できるものではないという問題意識はありながら、昭和が持っていたジェンダーのくびきを少しずつほどいていった時代、と位置づけると見えてくるものがあるのではないかと思います。


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    最終更新日:2022-08-08 07:00
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