滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。
第10回では、東京ではない滋賀の町家ぐらしだからこそできる、植物との「自由な関係」を存分に楽しみます。
菊池昌枝 ひびのひのにっき
第10回 草花と暮らす〜芒種 梅子黄(ぼうしゅ うめのみきばむ)
花が好きで憧れた、亡き先生がいる。たくさんのことを教えていただく時間は叶わなかったけれど、大きな影響を受けているのは確かだ。
私は土や植物、風や雨そして陽射しに直接触れたくて日野町で暮らすようになったのだが、花を日々のことにするのにぴったりでもある。四季折々庭でも散歩に出てもいろんな草花たちに会える。かつて住んでいた東京はどんな植物でもお金で交換してきた。雑草を抜くのにすら仮の住民意識では気を遣う。そんな境界線がきっちりした舗装された世界だった。そのせいか花を活けることは今と違って日常とは少し遠くて、壁ができていた。しかし今、そんな地面続きの家で花を飾ること自体が稽古になって、自由を感じられるようになった。
▲亡き師匠に「可愛くないわねぇ」と言われながら、擬人化した花との戯れ方を学んだ東京のお稽古場での成果2点
常に植物がある暮らしになっと、土はあるし雑草は抜き放題になるわけだが、一体どうすれば共存できるか。雑草を抜こうとする瞬間に、抜くことすら憚れるくらい生命を感じ、大袈裟にいえば「草取り」というマシン化した自分の手による相手の死を目撃してしまう、そんな感覚に変わった。複雑な気分は未解決のままに、とりあえずは雑草を家に飾ることにした。庭にあるがまま、野にあるがままで家の中にきてもらおうと。家は小さいながらに東京の時の倍になったので、花屏風はセットしたまま出しっぱなしだし、前住人である敏子さんがお花を習っていたようなので、蔵にあったお稽古用の花器や剣山などは使わせていただいて飾っている。また古民家には間があるというか余裕があるというか、花を飾れる場所がいくらでもある。そこに金銭の交換はほぼ発生しないから植物と私の隔たりがなくなり、いつでも気づいたら水をあげたり手入れしたりと植物との交歓ができて、慣れてきたら自由な関係になったのだ。なんて贅沢なことだろう。
▲ご近所から野菜のみならず、お花をいただくこともしばしば。右は田んぼの縁に枯れたまま立っていたフォルムの美しい赤い草
春先に木々は芽吹き出す。蕗の薹がいつの間にか出て、梅が咲き始めていい香りが漂い、寒かった日々ももう終わりという華やいだ雰囲気を醸し出す。花壇に好きな草花や野菜やハーブを4月頃に植えると、5月に入り日中が暖かくなってくるとどんどん庭の色合いが変わっていく。土が緩む春がくるや否や、いつの間にか雑草や昨年植えた植物たちも意外なところから出てきて、緑の面積と高さを広げて体積が増えていく。そして雨の多い時期は、全ての植物の葉っぱが日に日に大きくなり、一枚一枚の呼吸が聴こえるし、その熱気がすごい。庭の草は争うように背丈を伸ばし、地面の密度も高くなって家の方に立体で迫ってくる感じがする。植物が動けないというのは嘘で、そういう人の目はコンクリートに住んでいる人のものだ。微生物や虫たちが土を耕し、雨で湿気も十分なそこにネットワークを広げていく植物。庭は熱くなって、生き物であることを感じる瞬間だ。目線を爬虫類のように下げるとジャングルのように見えるから、その中に手を差し込むのは少し怖いくらいなのだ。薄暗くなるとそのむうっとした熱気や匂いで異次元に引き込まれそうな感覚に囚われる。
▲鬱蒼としげるジャングルのような庭と、カナコと名付けたカナヘビが毎日ジャングルの中で遊んでいる
この庭の植物、特に雑草には生き残りをかけた戦略がある。見えない土中に根っこネットワークを伸ばして占領エリアを広げ、あちこちから出現する。2メートルを越す雑草王のような草があり、それはまるでモグラ叩きのようだ。足元の地面の下にこの草のネットワークが張られていていると思うと、ぞくっとする。ドクダミや蕗、ミントも同様だ。だから抜いても抜いてもなくならない。
彼らはきっと連携し合って、被害を受けない場所を集中して選んだりしているのではないだろうか。春、庭の土壌を少し柔らかくするために木の皮を混ぜようと、庭の土を10センチほど掘った。そうしたら庭の8割がたを根っこが占拠していた。最初は栗やいちじくなどの大きな木の根だと思ったのだが、辿って見るとそれはドクダミと蕗だった。栗やサンショウの木が育ちにくいのは、土が固いだけでなくて、根っこネットワークに囲まれて身動きが取れないの原因していたようだった。
次に種だ。種をあちこちにばら撒いておいた紫蘇やレモンバームの一年草が、雨と同時に芽吹きあちこちから出てきてびっくりした。宿根草は枯れたフリをして春突然出てくるだけでなく、種で増えもする。茶庭のように、杉苔の島にそっと咲く半夏生というイメージで植えたのに、2年目の今年は半夏生の森ができた。
そしてあけびやイチゴや葡萄は地上や空に向かって蔓で移動して、緑の領地を広げている。みんな太陽と水を求めて、土中の微生物たちとともに生き残りをかけているのだ。
▲好きな草花「半夏生」もドクダミ科。根っこが地中だけでは足りないようで、出てきてしまう
▲数十年前にコンクリートで固めた地面の割れ目からレモンバームと青紫蘇、赤紫蘇がわんさか出てくる