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記事 8件
  • 草花と暮らす〜芒種 梅子黄(ぼうしゅ うめのみきばむ)|菊池昌枝

    2022-08-22 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。第10回では、東京ではない滋賀の町家ぐらしだからこそできる、植物との「自由な関係」を存分に楽しみます。
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第10回 草花と暮らす〜芒種 梅子黄(ぼうしゅ うめのみきばむ)
     花が好きで憧れた、亡き先生がいる。たくさんのことを教えていただく時間は叶わなかったけれど、大きな影響を受けているのは確かだ。  私は土や植物、風や雨そして陽射しに直接触れたくて日野町で暮らすようになったのだが、花を日々のことにするのにぴったりでもある。四季折々庭でも散歩に出てもいろんな草花たちに会える。かつて住んでいた東京はどんな植物でもお金で交換してきた。雑草を抜くのにすら仮の住民意識では気を遣う。そんな境界線がきっちりした舗装された世界だった。そのせいか花を活けることは今と違って日常とは少し遠くて、壁ができていた。しかし今、そんな地面続きの家で花を飾ること自体が稽古になって、自由を感じられるようになった。
    ▲亡き師匠に「可愛くないわねぇ」と言われながら、擬人化した花との戯れ方を学んだ東京のお稽古場での成果2点
     常に植物がある暮らしになっと、土はあるし雑草は抜き放題になるわけだが、一体どうすれば共存できるか。雑草を抜こうとする瞬間に、抜くことすら憚れるくらい生命を感じ、大袈裟にいえば「草取り」というマシン化した自分の手による相手の死を目撃してしまう、そんな感覚に変わった。複雑な気分は未解決のままに、とりあえずは雑草を家に飾ることにした。庭にあるがまま、野にあるがままで家の中にきてもらおうと。家は小さいながらに東京の時の倍になったので、花屏風はセットしたまま出しっぱなしだし、前住人である敏子さんがお花を習っていたようなので、蔵にあったお稽古用の花器や剣山などは使わせていただいて飾っている。また古民家には間があるというか余裕があるというか、花を飾れる場所がいくらでもある。そこに金銭の交換はほぼ発生しないから植物と私の隔たりがなくなり、いつでも気づいたら水をあげたり手入れしたりと植物との交歓ができて、慣れてきたら自由な関係になったのだ。なんて贅沢なことだろう。
    ▲ご近所から野菜のみならず、お花をいただくこともしばしば。右は田んぼの縁に枯れたまま立っていたフォルムの美しい赤い草
     春先に木々は芽吹き出す。蕗の薹がいつの間にか出て、梅が咲き始めていい香りが漂い、寒かった日々ももう終わりという華やいだ雰囲気を醸し出す。花壇に好きな草花や野菜やハーブを4月頃に植えると、5月に入り日中が暖かくなってくるとどんどん庭の色合いが変わっていく。土が緩む春がくるや否や、いつの間にか雑草や昨年植えた植物たちも意外なところから出てきて、緑の面積と高さを広げて体積が増えていく。そして雨の多い時期は、全ての植物の葉っぱが日に日に大きくなり、一枚一枚の呼吸が聴こえるし、その熱気がすごい。庭の草は争うように背丈を伸ばし、地面の密度も高くなって家の方に立体で迫ってくる感じがする。植物が動けないというのは嘘で、そういう人の目はコンクリートに住んでいる人のものだ。微生物や虫たちが土を耕し、雨で湿気も十分なそこにネットワークを広げていく植物。庭は熱くなって、生き物であることを感じる瞬間だ。目線を爬虫類のように下げるとジャングルのように見えるから、その中に手を差し込むのは少し怖いくらいなのだ。薄暗くなるとそのむうっとした熱気や匂いで異次元に引き込まれそうな感覚に囚われる。
    ▲鬱蒼としげるジャングルのような庭と、カナコと名付けたカナヘビが毎日ジャングルの中で遊んでいる
     この庭の植物、特に雑草には生き残りをかけた戦略がある。見えない土中に根っこネットワークを伸ばして占領エリアを広げ、あちこちから出現する。2メートルを越す雑草王のような草があり、それはまるでモグラ叩きのようだ。足元の地面の下にこの草のネットワークが張られていていると思うと、ぞくっとする。ドクダミや蕗、ミントも同様だ。だから抜いても抜いてもなくならない。  彼らはきっと連携し合って、被害を受けない場所を集中して選んだりしているのではないだろうか。春、庭の土壌を少し柔らかくするために木の皮を混ぜようと、庭の土を10センチほど掘った。そうしたら庭の8割がたを根っこが占拠していた。最初は栗やいちじくなどの大きな木の根だと思ったのだが、辿って見るとそれはドクダミと蕗だった。栗やサンショウの木が育ちにくいのは、土が固いだけでなくて、根っこネットワークに囲まれて身動きが取れないの原因していたようだった。  次に種だ。種をあちこちにばら撒いておいた紫蘇やレモンバームの一年草が、雨と同時に芽吹きあちこちから出てきてびっくりした。宿根草は枯れたフリをして春突然出てくるだけでなく、種で増えもする。茶庭のように、杉苔の島にそっと咲く半夏生というイメージで植えたのに、2年目の今年は半夏生の森ができた。  そしてあけびやイチゴや葡萄は地上や空に向かって蔓で移動して、緑の領地を広げている。みんな太陽と水を求めて、土中の微生物たちとともに生き残りをかけているのだ。
    ▲好きな草花「半夏生」もドクダミ科。根っこが地中だけでは足りないようで、出てきてしまう
    ▲数十年前にコンクリートで固めた地面の割れ目からレモンバームと青紫蘇、赤紫蘇がわんさか出てくる
    高佐一慈『乗るつもりのなかった高速道路に乗って』
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  • べんがら塗り〜鴻雁北(こうがんかえる)|菊池昌枝

    2022-05-24 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。人類が初めて使った無機塗料「べんがら」での塗装を通じて人類史の壮大さに思いを馳せながら、「古いもの」を使い続ける豊かさを噛み締めます。
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第9回 べんがら塗り〜鴻雁北(こうがんかえる)
    外壁の品格
    これまで何度かお伝えしたが、私の家は古民家だ。玄関周りはおそらく最近──それでも昭和50年代に修繕されたと推定できるものの、側面の窓は無用心だということで工務店さんが格子を新たに作ってくださったのだ。 玄関先の板塀の色は褪せて薄赤く変色し、側面の格子は生木のままだったので1年も経つと色はくすんでいる。 それが少し気になっていたところ、お隣のおじちゃまがご自身の玄関先を自分で塗装していた(おじちゃまのお宅も古民家)ので、「この塗料はどこで手に入れるのですか」と尋ねてみたのだ。そうしたらおじちゃまが言うには、これは「べんがら(弁柄)」という塗料で、この地域でよく使われているものだとのこと。聞けばおじちゃまの弟さんもべんがら塗り教室に通ったので、そこから教えてもらっていたということで、その時は「そういう教室があるのか!」と小耳に挟んでおいた程度だった。 翌日、毎朝のお散歩でお向かいの別のおじちゃまに「私もべんがらしてみたいねん」と適当な滋賀語を使って話したらその時は「そうかぁ」くらいの反応だったのに、数日して町の「まちなみ保全会」の担当者さんからメッセージがきたのにはびっくりした。お向かいのおじちゃまが頼んでおいてくれていたのだった。しかもその保全会の方とは、家の改装中に打合せでここにきていた時、県知事がたまたま町にいらしていた時に町側の同行者として参加していたとのことで、私のことを覚えてくれていた。この町は本当に狭い……。 ところでべんがらは人類が最初に使った無機塗料で、フランス南西部のラスコー洞窟やスペイン北部のアルタミラ洞窟での赤色壁画は、約17000年前(後期旧石器時代)で知られているそうだ。日本では縄文時代に土器などに施した赤色彩色がベンガラ使用の最古の事例らしく9500年前にまで遡り、高松塚古墳(7世紀末)の゙人物像に極彩色が用いられているべんがらの赤色には、魔除や再生の意味があったのだって。
    ▲色あせた状態の外塀
    ▲調色されたべんがら缶、養生セットと刷毛
    おせっかいといういい文化
    それと並行して、隣のおじちゃまから連絡が来て、外に出てくるようにという指示。出てみるとおじちゃまは私の家の玄関側の板塀の色に合わせて、表側からだと見えない角の板塀に試し塗りを始めていたのだ。「試しにな、塗ってみたんや」と(笑)。べんがらが何かはわからなくても、それとなく雰囲気を醸し出したべんがらを自作して塗ってみる。頼まれなくても人の家のこともする──これが町内なのだ。東京なら騒動になったり、景観条例が云々とか言われそうなことだが、ここではそんな面倒なことは不要である。 都会の人は町内の人間関係が嫌で都会は楽だということを聞くが、都会だってそんなことばかりではないと思う。生きている間に生活空間の中で良い時間を過ごしたい。そうなると交差する人は大事なのだ。人のためになるだろうということをする人、その気持ちを汲む人、汲まない人。社会はそれぞれだが、私はお互い様があるところで暮らしたい。そのためにも相手のことを知る必要がある。してもらうだけではそんな関係はできない。そのためにも自分の感覚でおせっかいを焼くことが必要だ。そうしないと自分の実体験にならないし、私という人がどういう人かも理解してもらえない。
    ▲おじちゃまが試し塗りした赤の強いべんがら。
    べんがらの色
    このメッセージから数日くらい経って、保全会から色を調合したべんがら(液体)が届いた。届けてくださったのはかなりマニアックな雰囲気を醸し出している調合家の方で、都会住まいの長かった私に塗装ができるのかを疑っていた(はず)(笑)。べんがらというのはWikipediaによると、酸化第二鉄を主成分にした顔料で江戸時代にベンガル産のものを輸入していたため、べんがらという名称になったそうだ。着色力・隠蔽力が大きく、耐熱性・耐水性・耐光性もあって安価な上、無毒で人体にも安全という現代にはぴったりの物質で、それに色調整をしたり油などを混ぜて液体にしているようだ。最初は濃いめの赤褐色なのだが、経年でだんだん赤が強くなっていくのが特徴である。家によって色が若干違うので、この調合家は事前に我が家の古くなった板塀の赤い部分を見て判断し、調合して一缶持ってきてくださったのだ。 べんがらはペンキと違ってテカリなくマットな仕上がりで、しかもすぐには乾かない。これが注意ポイントで湿度にもよるが乾くまで1週間は軽くかかる。その間板塀や玄関に寄りかかった日には大変なことになる。
     
  • 東風凍を解く(はるかぜこおりをとく)〜桃始めて笑く(ももはじめてさく)|菊池昌枝

    2022-03-29 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。節分の集まりがきっかけとなり、近隣の方と一緒に朝に散歩を始めたという菊池さん。土地の記憶をたどりながら、はるか昔近江の地に降り立った渡来人や出雲族の記憶に思いを馳せます。
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第8回 東風凍を解く(はるかぜこおりをとく)〜桃始めて笑く(ももはじめてさく)
    8:30 Walkers
    2月6日から朝お散歩を始めた。そろそろ老化と健康という言葉が身にしみて、自力で生活できる体力を維持することが大切になってきた。しかし残念なことにトレーニングという名の運動系、学習系全てにおいて幼い頃から向いていなくて続けることがほぼ不可能に近い。最低限社会生活を営むために矯正してきたことはあるが、結局我慢できず苦しくなってしまい自分の感性で生きられる居場所を見出せなかったのだ。元来引きこもりがちで協調性に欠けており人前が苦手なので、よくぞ表面的にここまで取り繕ってきたと褒めてあげたいくらいだが、振り返ると現代で置かれた環境ではそうするしかなかったのだと思う。
    きっかけは、町内の節分会の夜のことだった。氏子神社に適当に集まり境内の大きな木に鬼の仮面をくくり付け、子供も大人も「鬼は〜外♪、福は〜内♫」と豆まきをした。そのあと、大人たちで火を囲んで乾き物をつまみながら日本酒を紙コップで飲んでおしゃべりをした。それだけのことなのだがどこかコミュニケーションがとれている。強制ではなく先の長い日々を「もうすぐ春ですね」と助け合って生きている感じ。子供や老人にはこういう安心のなごみのひとときは季節に限らず良いものだなと感じる。最近顔を見なかった人たちの生存確認にもなる。火を囲みながら話題に出たのが「蕗の薹を取りにゆく」ということだ。これに便乗させていただこうということで、朝の散歩が始まった。

    ▲お参りと豆まきを早々に済ませて火にあたり一杯。
    初日
    8時30分に近所のおじちゃまのお導きで近所の都合がついた人たちが集合する。いつでも誰でもウェルカムだが、今のところ参加希望はあるもののそれぞれの仕事や家の都合で難しく、リタイア組、フリーランス、リモートワークの人しか集まれない。ひとまずストックをおじちゃまが準備してくださり3人でスタートだ。1時間から1時間半ほど歩く。平地はもちろんだが中山間地域へも行くので一回3キロ〜6キロ歩くことになる。「歩き」はついでであり季節感を味わい、町内の土地の記憶を学び、何かを介して人と会うのが目的になっている。 それなのに私は、初日に寝坊して電話にすら気づかず大失敗した。引きこもり生活は深夜型になりがちで、朝8時に起床というのは意識しても難しかった。お昼近くなって気落ちした私に、あるおじちゃまは蕗の薹と私を揶揄った絵葉書を持ってきてくださった。翌日からは気持ちをさらに入れ替えて参加。すると日々朝型になっていくのだ。不眠症の人は寝ようとしないで朝お散歩すると治りが早いかもしれない。オススメです。


    ▲新鮮な蕗の薹の葉っぱはお味噌汁に浮かべて食すだけで本当に美味しい。
    ▲道は春日局も歩いたという御代参街道。未だに未舗装で樹木が生い茂る道もある。
    「お寺の掲示板大賞」候補を見つける
    この街は寺社仏閣が本当に多い。お寺は仏教伝来と聖徳太子から始まり、大津京や平安京、戦国武将や近江商人などの影響が強いのだと思う。もちろんそれ以前は縄文弥生の日本人、渡来人が自然信仰の土台を作っていたはずだ。ひとつの集落につき寺社仏閣が必ずあり、お地蔵さんや祠を入れたらその数はかなり多いのではないか(聞いたところではおおよそ200寺社あるそうだ。ちなみに集落全体の人口は21000人だそうなので、およそ100人にひとつ寺社があることになる)。
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  • 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)|菊池昌枝

    2022-02-22 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。滋賀県もいよいよ冬本番。今回は冬至から元旦にかけて、厳しい寒さを乗り切るため菊池さんが手掛けたさまざまな試みをお届けします。
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第7回 水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
    冬と暮らす
    これを書いているのは七十二候でいう「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」である。 つまり沢の水が凍ってしまう一年で最も寒い時期。二十四節気では「大寒」だ。 12月に入り冬至を中心にして「小雪、大雪、冬至、小寒、大寒」と続くこの期間が日本の冬である。この時期の自然の移ろいや行事を見て、聴いて、味わって、触って全身を使って享受すると頭や理屈だけの蓄積だけでないことがストーンと落ちてくるのがわかったのだ。
    冬ってなんだろう。
    12月に入り小雪(11月下旬から12月上旬)に入ると、だんだんと日も短くなり寒さも増す。夕暮れになると寂しさも増して個人的には好きではない。都市の気密度の高いマンションでは感じられないのは、ちょっとした風の動き、日差し、虫もほとんどいなくなった庭に鳥たちが降り立つ頃。対して古家にいると、冬の匂いがするような毎日の変化がわかる。自分の立っている地点から全ての自然を相手にして暮らしているのだ。田舎びとにとっては人づきあいも自然の一部。「寂しいなぁ」なんて言って何もしないと、自然に飲み込まれてしまうのだ。この感覚は東京にいるときにはなかったものだ。人が住まなくなった家や地域は、植物や動物すなわち生物の進入度が高くなる。そして長い時間をかけて取り込まれ自然の一部になって(戻って)しまう。それだけ強烈なものがそして毎日の自然の営みなのだ。 それを感じる生活を送っていると、自然との関わりを保っていくのが日々の暮らしだとわかってくる。冬はそれを最も感じる時期だ。
    ▲冬の青空は平ったい感じ
    ▲もう夜が来たとやるせなくなる日々
    そこで、冬眠生活を始める前に、庭の片付けをして少し先のことをする。
    庭の落ち葉をかき集めて土中コンポスト(堆肥)を試してみた。肥料を使わずに庭を植物や他の生物をその土に戻す作業だ。土を少し掘って、分解しやすそうな柔らかい枯れ葉を収めて滋賀県の無農薬の農家さんからもらった米糠を混ぜて土を被せる。それだけ。引っ越す前に納屋があった場所は土が建物の重さで固まっているためか雑草すら遠慮がちなので、そこで試してみる。春はどうなっているかな、と楽しみにしつつ、イチゴの苗を植えてみた。これから雪も降るのに枯れないのだろうか? 答えは枯れない。1月25日の今日でもガッツリ生きている。
    ▲12月1日に植えたイチゴ 
    ▲落ち葉米糠を加えて土に埋めるだけ
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  • 朔風払葉(きたかぜこの葉をはらう)|菊池昌枝

    2022-01-06 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。今回は住まいのある滋賀県から奈良県への小旅行記です。アート作品や神社仏閣に触れる中で、古代から現代に至る人の流れに思いを馳せます。
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第6回 朔風払葉(きたかぜこの葉をはらう)
    滋賀から奈良へのブラまさえ
     2021年は厩戸の皇子遠忌1400年にあたる。山岸凉子の漫画『日出処の天子』をオンタイムで読んだ真性厩戸(常に「ウマヤドの」と言う)ファンな私。実は夏には国立博物館で聖徳太子遠忌1400年記念展にも行った。我が家のある琵琶湖東のあたりは『万葉集』で知られる「蒲生野(がもうの)」という古名で呼ばれるところがあり、近所にある正明寺は聖徳太子創建と伝えられている。自分が滋賀に引っ越してくるまで、よもや近所に厩戸由来のお寺さんがあるとは思いもよらなかった。奈良と湖東にどんな関係があったのだろうか。
     奈良時代に蒲生野と言われた場所は正確には特定できないが、おそらく我が家のあるこのあたり一帯のはずで、万葉集には天智天皇の蒲生野での遊猟(薬猟)に同行していた大海人皇子(後の天武天皇)が額田王に詠んだと言われる和歌(返歌)があり、飛鳥京、大津京、蒲生野と奈良と滋賀は繋がっているのだ。

     紫草のにほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも (大海人皇子・『万葉集』)

     加えて天智天皇時代の白村江の戦いのあと渡来してきた百済人が数百人ほど蒲生野に移り住んだとも言われている。奈良とこのあたりの地理や歴史が日々の暮らしの中にも関わってくるのであれば、これは嬉しい限り。というわけで奈良に行こうと思い立った。  滋賀県は『古事記』の頃から「近つ淡海」(湖のある畿内に近いところ)と言われ、いつの時代も交通の要衝であり、東西は関東から京都、北陸からの道、伊勢からの道。滋賀を通らずして行かれんだろうという感じで、中世からつい最近まで近江商人を排出していたりと、滋賀県で話題に事欠かないエリアの一つだ。    そんな遠い昔の土地の何層あるか数えきれない記憶の宝庫滋賀県から、これまた国宝の宝庫奈良県に1泊2日の小旅行。首都圏から新幹線で向かうのとは一味違う風景を見ながらの旅路で、いつもとは感覚が全く違ったので共有したい。家を出発してひたすら広域農道のような道を南下すると、前日まで雨の朝だったこともあり、田畑からもうもうと地霧(湯気)が立ち上っている。この風景はとてもダイナミックで自然の近くにいないと観られない風景だ。

     朝霧のたなびく田居に 鳴く雁を 留めえむかも 我が宿の萩  (光明皇后・『万葉集』)

    ▲町内の早朝の田畑の様子。朦々と立ちのぼる地霧に圧倒される。
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  • ​​霎時施(こさめときどきふる)日の物思い|菊池昌枝

    2021-11-22 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。ここの連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。いよいよ肌寒くなってきたなか、古民家の隙間風に悩む菊池さん。今回はそのユニークな対処法と、最近試行錯誤している「糠漬け」をめぐる実験記です
    菊池昌枝 ひびのひのにっき第5回 ​​霎時施(こさめときどきふる)日の物思い
    何でも金継ぎと気候温暖化のこと
     ひと雨ごとに寒くなっていよいよストーブを引っ張り出す。日もくれる頃にはじわっと寂しくなるのである。この春から金継ぎを習い始めた。友人トムのパートナーであるのり子さんが師匠だ。美大出で金継ぎ作家の活動をしている彼女の抜群のセンスに惚れて、田舎タイムでのんびり教わってこの秋の日を楽しんでいるのだ。以前に触れたが我が家の蔵には昔の器類があり、ヒビが入っていたり欠けていたりするものもある。それを捨てずにコツコツと一体どれくらいかかるのかわからないが直していくのだ。
    ▲写真は金継ぎ中の5つの作品
     ところで金継ぎはどういう手順で完成させるのかご存知だろうか。材料は漆と金箔、銀箔。全てのベースに漆が使われていて接着の役割をしたり箔の土台になったりすることもあるし、金や銀の代わりに色合いの役割もしたりするマルチプレーヤーだ。漆の歴史は長くて縄文時代には既に土器に漆を塗っていた。かぶれたりして扱いも面倒なこの漆と人の関係は、森林があってこその関係でもあろうけど、どうしてこの役割に気づいたのだろう。ほんとうに不思議だ。  金継ぎの魅力は何かというと、元の器を修繕するのみならず、その価値が生まれ変わることである。つまり器の風景が変わると言ったらよいのだろうか。壊れたからこその再生の魅力が、そこにはある。新品好きの現代人は「古いものにこそ価値がある」という嗜好がかつてあったことを今一度思い起こしてみてはどうかなと思う。その場合、稀有だから価値が高いだけではないのだ。そこに存在し続けるストーリーや使われている技術(おそらく現在では失われているものも多い)とか、民族的なアイデンティティや伝統、そんな類のものがあるから愛おしいしかけがえのないものになるのだと考えている。そんなことで、ついでに形が気に入っているアンティークの椅子の座面張替えもした。隣町に椅子の張替えを専門にするワカモノがいる。彼は仕事はうまいし早いしリーズナブルでなんとも言えない店構えはいかにもジブリ映画に出てきそうな雰囲気だ。布地がボロボロになってクッションがくたびれて座っても痛くなったのだが、アンティークにポップさを加えて部屋が明るく感じられるようにと選んだ布地は、寒い冬に温かみのある差し色で我が家に新しい存在感を加えたのである。
    ▲布地や鋲は数ある見本帳から選ぶことができる
    ▲ご実家の古民家を改修してお店にしたそうだ。店主のお母様が丹精込めて育てたバラが軒先に並ぶ
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  • 季節の暮らしわけ|菊池昌枝

    2021-10-04 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。今回は季節とともにある古民家ならではの暮らし方についてです。気温や環境に都度最適化する「暮らしわけ」について、季節折々の写真とともにお届けします。
    ひびのひのにっき第4回 季節の暮らしわけ
    歳時記と暮らし
     昔から「歳時記」「二十四節気」「七十二候」という季節や行事を表す言葉がある。伝統文化に触れた人は誰でも聞いたことがあるに違いない。殊に二十四節気と七十二候の2つは農林水産や日々の暮らしの季節の指標として使われていたものだという。たとえば七十二候には天候のみならず生物が捉える季節感がでてくる。渡り鳥のツバメや雁は日本に帰ってくる時と旅立つ時に登場する。ちょうどこれを書いている時期(9月中旬)は、七十二候では玄鳥去(つばめさる)にあたり、毎日姿と声を楽しんでいたご近所のツバメは、気づくと子育てを終えて南への旅立ちの準備と出発で巣はだいぶ前から空っぽである。最近はツバメの子育て開始が早まっていると聞く。旅立ちも早まっているのだろうか。また、品種改良で8月から稲刈りが始まっている。地域性や気候変動の影響もあるだろう。受け継がれてきた指標である伝統的な暦が日常生活の当たり前から離れつつあることに寂しさを感じる今日この頃だ。
    ▲夏、お隣のツバメが毎日我が家の様子を見にきているように見える。実際は庭の虫(エサ)とかをチェックしているのだろう。
    ▲夏の終わりかけの花壇は茫々
    ▲夏の収穫、庭の赤紫蘇ジュースとスイカ
    ▲8月下旬のみずかがみの刈り入れ(湖北小谷「お米の家倉」さんの田んぼ)
     さて、築130年以上経つこの家では、季節の微妙な移り変わりを肌で感じられる。外気の温度、日差しの入り方、風の向き、雨や風の音、空の高さ、植物の成長、虫の種類と活動、家の建て付けの状態(木の特性上閉まりにくくなったり、ゆるくなったり)など。そんなことだから家のどこで日常生活を営むかは、夏は風通しで決まるし、冬は日当たりと隙間風で決まると言っていい。ちなみに春と秋はご自由にである。  ここに引っ越して約1年。風情のある家では仕事場を見せないようにと、押し入れをオフィスに作り変えてはみたものの、晩秋から春までは押し入れは非常に寒く、仕事にならないことを知った。押し入れの中にリーラーコンセントを2カ所と壁に1カ所電源をつけ、デスクも取り付けてもらったにもかかわらずだ。古民家には用途別の部屋は向かないということを思い知り本当に悔しい。
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  • 使い続けるもの|菊池昌枝

    2021-08-03 07:00  

    滋賀県のとある街で、推定築130年を超える町家に住む菊池昌枝さん。この連載ではひょんなことから町家に住むことになった菊池さんが、「古いもの」とともに生きる、一風変わった日々のくらしを綴ります。今回は、前の住民から引き継がれた古道具たちが主人公です。古民家とともに歴史を刻んできたさまざまな「もの」たち。それらを使い続け、時には人に譲り、引き継いでいくことの意味について考えます。 ※「ひびのひのにっき」の第1回~第2回はPLANETSのWebマガジン「遅いインターネット」にて公開されています。今月よりメールマガジンでの先行配信がスタートしました。
    ひびのひのにっき第3回 使い続けるもの
    お掃除と手入れ
     引っ越して8ヶ月が経ち始めての夏。ここ数年住む人がいなかったこの家もだいぶ風通しがよくなってきた。本来のありようや暮らしの姿を取り戻せてきたのだろうか。エアコンは7月初旬で未使用のまま。玄関から裏庭の走り庭の土間にテーブルを置いて仕事をしていると風が吹くたびに心地よく、団扇をたまに使うくらいでやり過ごせている。地面に近い生活をしているせいかこの時期は特に雨風の予感が身近に感じられる。感じたらすることはふたつ。メダカの様子を見にいくことと、洗濯物干しの確認。梅雨入り以降、室内の湿度は70〜85%を行き来している。24時間換気で湿度50%以下で暮らしてきた東京生活には全くなかった環境でビールのおとも柿の種は開封すると間も無く湿気でベタベタになってしまうくらいだ。油断すると蚊が入ってきたりあちこちにカビも生えてくる。もちろん悪いことだけではなく、醗酵には適していたりいいこともある。いずれにせよ、家そのものが生きている感があり、そのために心がけていることは、掃除をすることだ。家の外と内の境界線に住んでいる自然や爬虫類や虫、菌たちと良い関係を創るべく彼らを観察して、時には謎の液体や他人の助けを借りてアレコレする。家も庭も手入れをして活性化し続けないと生存を許されないのが古民家である。
    ▲庭のメダカ池に水を飲みにくるカナヘビ「ぷは〜っ!」
    ▲我が家の苔の森の木陰で涼むカナヘビのカメラ目線
    使い続ける習慣 足るを知る暮らし
     引っ越してしばらくは蔵の中のものの洗い物をした。仕事が終わって深夜まで半端ない量を洗い続けて下水の蓋から泡が吹き出したほどだった。長年埃まみれになっていたものを「漂白する、泡で洗う、干す、拭きあげる」の繰り返し。それでひと月が過ぎた。また家のいたるところに刺さっている釘を筋肉痛になるくらい金槌を握りしめて部屋中抜きまくりもした。なぜ釘ばかり打ってあるのかは未だ謎のままだが、同時に手が届くところまでは壁も床もふすまも拭きまくった。古い匂い、カビの臭いなどは敏感な鼻が許さず、今なお私は天井裏の掃除さえすれば臭いが取れるはずだと業者さん選定中である。
    ▲抜いた釘たち。中には竹製や和釘も。和釘は鍛えているせいか軽い。
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