今回、PLANETS編集部は品川の楽天株式会社を訪問して、そんな華々しい経歴ばかりが語られがちな北川氏が、一体どんな思想を背景に現在の仕事に取り組んでいるのかを聞いた。宇野が興味をいだいた「行動変容」という概念をキーに、現代のウェブサービスの「プラットフォーム主義」の背景にある知の潮流、「"意識高い"系現象」の背景にある問題、そしてウェブサービス事業者はその中で何が成しうるのかなど、議論は様々に広がりを見せた。
北川 なんと……。まあ、宇野さんと話したら、勝手にそうなる気がします(笑)。
だから、今の時代だからこそ出来ることを満喫しようと思ったんですね。そこで気になったのが、AppleやTwitterのようなイノベーションを起こしている企業たちでした。こういう世界に飛び込んで、そこを理解してみたくなったんです。
宇野 なるほど、では北川さんがネット屋になって得た、最も大きな哲学的な広がりは何なんですか?
北川 「人間が物を買うこと」への理解ですね。具体的には、「人間はブランド服をサイト上でどういう風に探すのか」などの問いになるのですが、それへの解答の裏に哲学が隠れています。
宇野 行動にアプローチすることは個人の意識にアプローチすることだという発想、たとえば成熟した市民を育てて投票行動を変えていこう、みたいな「市民化」の議論が今でも社会の主流ではあると思うんですよ。そしてこれもさんざん議論されてきたことだと思うのですが、意識に訴えるプロセスを飛ばして人間の行動変容に直接アプローチするような社会設計の考え方が、情報技術の発展を背景に再検討されはじめている。しかし逆に人間の意識の領域にアプローチしないとどうしようもないことや、意識を変えたほうが早い問題にアプローチすることが苦手になってしまったのが、今のプラットフォーム主義の限界のようにも思うんです。
北川 そういう点では、僕が本当に訴えたかったのは、「行動変容」が人間の「意識変容」を生むのではないかということなんですよ。
――順番が逆なんですね。「意識変容」から「行動変容」に落とすのが従来の人文系の考え方なら、むしろ「行動変容」を「意識変容」に落とす方法を考えたい、と。で、その先で本当に興味があるのは、「人間の幸せとは何か」という問題である……。
北川 物事の捉え方を変えることで、人間は幸せになれるというのは僕の基本的な考え方です。まあ、宗教家みたいですが(笑)、例えば髪型を変えれば周囲の見方も変わって、自分の意識も変わる……みたいな話だと思えば、実践的な話だと思いませんか。そういうことが、実はeコマースで出来るんじゃないかと思うんですね。
――漫画業界ということでは、ジャンプ編集部はそうかもしれないですね。アンケートシステムを上手く利用しながら、独自色の強いクリエイターを育てていますよね。
宇野 ただ、僕がサブカルチャーの評論家だからそう思ってしまうのかもしれないけど、結局そういう発想が上手く行ってるのは、サブカルチャーの世界だけな気もするんですよね。
北川 僕も、わざわざ物理学みたいな一握りのエリートが先導する世界を抜けだしてここに来たわけで、けんすうさん的な発想はありますね。それに、世界的な潮流そのものがけんすうさん的な方向に進んでいる気もします。
宇野 言ってしまうと「行動変容」はサイコロを振って出た目から、その意味を考えるような発想なわけですよね。
北川 そう、そうなんです! 例えば、僕のいた理論物理学というのは、ニュートン以来、ひたすら理論のデザインを更新し続けてきた世界なんですね。でも、僕が一番好きな物理学者はそういう伝統から少し外れた人で、ロシアのランダウという天才物理学者なんです。
――ランダウの相転移論の話ですよね。ああいう風にランダウが現象論から一種の物理的直感でシンプルなモデルを作り上げたようなことを、ECサイトでやってみたいということですか?
北川 まさにそうですね。それは、「行動変容」を「意識変容」に変えていくという話そのものだと思うんです。
宇野 こういう話を楽天の役員がするのは、大きな皮肉のように僕は思いますね(笑)。ここまでの話は、「行動変容」を自己目的化しているプラットホームの常識に対する懐疑ですよね。
北川 それは良いポイントです。だって、このビジネスモデルのままだと、僕らはいつか負けるんですよ。プラットフォームで勝ちに行く事業者は、それより下のレイヤーでプラットフォームが変わったときに乗り換えられてしまうんですよ。今なら具体的には、PCからスマホへのシフトですよね。だからこそ、もっと本質的なレベルで「売買」とは何かを問う戦いに持ち込む必要があるんだと思います。
北川 日本人に独特な状況ではないでしょうか。僕がいつも強烈に感じるのは、日本人は行動と感情が乖離しているということです。普通は行動を起こしたとき、もっと感情を伴うはずなんです。でも、日本人はなぜかそうならない。「意識変容」が上手く起きないのもその結果ではないかという気がするんです。
――西海岸ではどうなんですか?
北川 僕の経験では、アメリカ人は基本的にそんなことはありません。やっぱり、彼らはもっと素直なんですよ。これはずっと考えている問題なのですが、やはり究極的には、よく言われる「建前と本音」の文化が根底にある気がします。
宇野 つまり、「意識変容」というのは本来、気持ちいい行動によって、自然と"パッション"が湧き出てくるという話なのに、それが単なる"ファッション"になっている。「勝間和代現象」とか、その典型だったと思いますね。本来は「自分を向上させて、年収を上げたり家族と幸せになろう」という話だったのが、いつの間にか「向上している私が好き」という話になっていた。
北川 まさにそういう構造があると思うんですよ。