なぜチャットは「部屋」なのか
(稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』第3回)
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.11.26 vol.209

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本日のほぼ惑は、好評連載『ウェブカルチャーの系譜』をお届けします。前回連載では「現代のネットカルチャーの成り立ちを考えるために、その前史として『電話ユーザーたちのコミュニケーション』を考えるべき」という問題提起がなされました。今回は、80-90年代に一世を風靡した「ダイヤルQ2」「伝言ダイヤル」を振り返りつつ、富田英典・吉見俊哉らによる「電話コミュニケーション」批評の可能性と限界を考えます。

稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』これまでの連載はこちらから。
 
『ネット起業! あのバカにやらせてみよう』岡本呻也(文藝春秋・2000)という本の中に、iモード開始直前の時期に交わされたという、こんな会話が登場する。

 「浦島太郎みたいに浮世離れした人ですねえ。でも僕らは今、携帯電話に情報配信する商売をやってるんですよ。今からやるんなら携帯ですよ」
 真田はすばやく計算して言った。Q2の経験で、スポーツで売れる情報は競輪競馬、プロレスと、サーファー用の波情報のみ、と相場が決まっていたからだ。サーフィン人口はごく少数に過ぎないのだが、海岸にどのような波が立っていて、人出がどのくらいあるかという情報を求めている人は確実にいる。
 「携帯電話? なんじゃそりゃ。おおっ、これはいいかも」
 「サーフポイントの波の情報はどうやって取るんですか」
 「それは簡単だよ。藤沢にあるサーフレジェンド社が"波伝説"というのをファクシミリで流しているから、それをそのまま流せばよい。
 ところで何で堀君が真田君と一緒にいるの?」
 実は彼は、大学時代の堀の兄貴分でもあった。この浦島太郎は金の卵を持ってきてくれた。

 ドコモに持っていくと、「やってみよう」ということで、企画が通った。サーフレジェンドの、ダイヤルQ2時代以来の長年の実績がモノを言った。

この本が書かれたのは、20世紀末に巻き起こったITバブルの末期。いわゆるビットバレーの担い手の姿を活写したこの本は、現在インターネット上で全文公開されている。ここに出てくる真田とは、実は現在ソーシャルゲーム『ラブライブ!』などが大人気のKLabの創業者・真田哲弥である。そして、この真田が堀主知ロバートらと共同で設立した会社が、iモードなどへの携帯コンテンツ提供で大きく名を上げたサイバード社である。
 
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1985年の電気通信事業法の改正以降、民営化されたNTTは新規事業の展開を迫られる中で、矢継ぎ早に電話事業に関する新しい施策を繰り出してゆく。その中で起きたのが、電話の「多機能化」であった。
電話を使ったテレホンサービスには、それ以前にもキャッチホン(1970年)や転送でんわ(1982年)などの利用者の利便性にフォーカスしたサービスが既に存在していた。しかし、この時期から矢継ぎ早にNTTが繰り出したのは、伝言ダイヤル(1986年)などの人間のコミュニケーションのあり方そのものに介入していくサービスであった。

そんな「多機能化」が臨界点を迎えたのが、1989年に登場したダイヤルQ2(以下、Q2)である。それは、現代風に言えばテレホンサービスの「オープンプラットフォーム化」であった。Q2はそれまでの事業とは違い、利益をNTTが独占するのではなくて、電話回線を登録者に開放してサービスを開かせ、その決済代行の手数料徴収で回していくビジネスだった。そこでは教育や育児相談、あるいはコールカウントと呼ばれる世論調査システムなど、多彩なテレホンサービスが提供されており、株式やスポーツの速報を、新聞やテレビより早く伝えるチャンネルなども、高い人気を博していた。

このビジネスモデルを聞けば、多くの人がお気づきだろう。音声による提供になっているものの、これは後にNTTドコモが携帯電話において、データ通信で行った「iモード」における情報提供サービスの原始的な形になっている。
実は、真田はかつてこのQ2事業における風雲児だった。そして、そんな真田が社会的バッシングの中で会社を潰すものの、当時の知識を活かしながらiモードで再起してゆくというのが、先の本のクライマックスを成している。実はQ2で人気があったコンテンツは、波情報のサービスがiモードでも成功したように、後にガラケーで人気を博すようなコンテンツに似通っていたところがある。女性向けの占いサービスなどはその良い例だし、そもそもQ2上がりの人間が係るサービスも少なくなかったと聞く。

とはいえ、多くの人はダイヤルQ2に対して――iモードとは違って――おそらく「出会い系」のイメージがあるのではないか。それもあながち間違っていない。実際、最終的にQ2で大きく収益を得たのは、そうした健全なインフォメーションサービスではなかったと言われている。そもそも、そうした単方向サービスはシステムの構築も運営もコスト体質で、ビジネス的な旨味には乏しかった。

代わりに大きく発展したのは、「場所代」を取るサービスである。複数人の同時通話を可能にするパーティーラインや、相手に番号を知らせず電話をかけられるツーショットなどの、「多機能化」した電話サービスを利用した、コミュニケーションの場を提供する事業こそが人気を得た。それこそが、まさにここから取り上げていく、NTTの意図を大きく裏切って発展した、「出会い厨」のユーザーたちに向けられた「電話コミュニケーション」の場であった。
 
 
■「電話論」の限界とその可能性
 
前回に予告したように、これから私は80年代の後半から可視化されていった電話ユーザーの生態を紹介していく。私が注目するのは、彼らが受話器の向こう側にイメージした匿名の「他者」と取り結ぶ関係のありようである。

電話とは、本来は電話番号を知っている知人と一対一で通話するためのツールに過ぎなかった。しかし1985年以降、NTTは電話を多機能化させる中で、結果的に後のインターネットに通じる二つの機能を導入した。一つは、電話番号を互いに知らせず、匿名性を保ったままで互いに電話する機能。これを一対一で行えたのが、後に社会問題となり「公営のテレクラ」とまで非難されたダイヤルQ2のツーショットである。また、NTTは一対一で通話を行うだけでなく、複数人で回線を共有して、リアルタイム(=同期型)にコミュニケーションを行えるパーティーライン(1989年開始)や、バラバラの時間(=非同期型)に録音メッセージを吹き込んでコミュニケーションできる伝言ダイヤルの機能も提供した。

つまりは、コミュニケーションにおいて匿名/実名、一対一/多人数、同期/非同期などを選択できるようになった結果、受話器の向こうにイメージする他者との関係が多様化したのである。そして、驚くべきことに、そうした各々のシチュエーションにおける電話のコミュニケーションは、現代のネットユーザーの姿によく似ているのである。これがインターネットとは関係のない場所で成立したがゆえに、それは示唆的であるし、まさにそれ故にこそ私はここから議論を始めるのだ。

ここからは、以下の3つの本の著者の議論を紹介しながら、どのように電話ユーザーたちが「他者」との関係を取り結んだと、彼らが考えたかを紹介していく。まず、一人目はダイヤルQ2研究を行った『声のオデッセイ―ダイヤルQ2の世界 電話文化の社会学』(恒星社厚生閣・1994)の富田英典、二人目は電話論の古典となった『メディアとしての電話』(弘文堂・1992)共著者の一人で都市論や万博の研究でも有名な吉見俊哉。そして、三人目は伝言ダイヤルのナンパについて論じ、後年『「携帯電話(モバイル)的人間」とは何か―"大デフレ時代"の向こうに待つ"ニッポン近未来図"?』(宝島社・2001)を著した浅羽通明である。彼らは三者三様のやり方で、80年代後半から登場した電話ユーザーたちに光を当てた。
 
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ただし、彼らの論を見て行く前に、そこに孕まれたある種の限界を指摘しなければならない。社会学者の宮台真司は『制服少女たちの選択』(講談社・1994)で、電話にまつわる既存の社会学的言説を数十ページにわたって徹底的に批判している。宮台の苛立ちは、おそらく多くの「電話論」がそのコミュニケーションを、現実と切り離された仮想的な共同体として描くことで、背景にあるリアルの社会的文脈に目を向けないばかりか、その問題を温存してさえいる点である。強烈な調子の批判が延々と続いた最後に、宮台はこう言い放つ。

わたしは、電話や「電話風俗」にかかわるコトバは、一種の踏み絵かリトマス試験紙のようなものだと感じている。そこには、メディア周辺に生じる一見新奇な現象を、「メディアが開く新たな身体性」(という神話!)に帰責したり、「理解不能な若者」(という他者性!)に帰責したりするような、陳腐で怠惰な物言いがあふれかえっている。そこでは「ニューアカ的共同体」と「赤提灯的共同体」がともに臆病に温存されるばかりで、問題の本質はいつまでたってもおおい隠されたままだ。「電話風俗」や「ブルセラショップ」や「アダルトビデオ」の取材で出会った何十人もの「普通の」――メディアが煽り立てる「フツーの」では断じてない!――女の子たちは、そのことをわたしに教えてくれるのである。
(『制服少女たちの選択』宮台真司,講談社・1994,p116-p117)

宮台のこの指摘は、まさに3人の論に見事に当てはまる。実際、匿名の電話コミュニケーションが基本的にリアルでの出会いを目的とした「電話風俗」であったことに対して、特に富田と吉見に顕著であるが、彼らはそこに言及しながら、しかし理論に組み込むのを奇妙に拒絶する。そのことが、いま読むと彼らの論に一種の"ニュータイプ論"的な若者論にありがちな寒々しさを与えているのもまた否めない。

現実問題、今となってはネットのヘビーユーザーやサービス事業者であれば、匿名の、それも一対一を基調としたコミュニケーションが「出会い系」の温床であるのはほとんど常識に近い。その意味では、この宮台の指摘こそが、現代のネットユーザーの本質に迫っているという言い方もできるだろう。だが、これは奇妙な逆説なのだが――実はこの「出会い系」の側面を否認することで彼らの論に生じた歪みこそが、かえって当時の電話よりも、後世のインターネットユーザーを上手く映しだしてしまった面もあるのである。

もちろん、そこには今なおネットの多くの場所が匿名的な、リアルと切り離された「仮想空間」としてイメージされている事情もある。「イメージされている」というのは、いかに「仮想空間」で匿名のコミュニケーションに興じているように見えようと、必ず全てのコミュニケーションは「現実空間」に通じているからだ【註】。なにせ会話の中で待ち合わせ場所や連絡先を教えてしまえば、その瞬間にすぐさま「出会い」という「現実空間」へと繋がる穴が穿たれる。故に人気のSNSやメッセンジャーの運営はカスタマーサポートコストが悩みのタネになる。そもそも優れたコミュニケーションサービスとは、人間と人間を効率的にマッチングする仕組みのことであり、それは常に優れた出会いを提供する仕組みたらざるを得ないのである。

この全ての"バーチャルな"コミュニケーションにぽっかりと開く「出会い系」という穴に対して、そしてナンパ師を自称して「何十人もの」フィールドワークを重ねたと豪語する宮台のリアリティに対して、以下の3人はあまりに無防備である。だが、そこから目を背けた故に記述された、彼らの議論に秘められたポテンシャルもまた存在する。なぜなら彼らの知性は結果的に、一種の不可知論としての他者が、いかにコミュニケーション過程で把握されるかという、対面でのそれにすら孕まれる高度に普遍的な課題に挑んでいたからである。その確認から、まずは私たちは始めよう。
 
【註】逆に言えば、コミュニケーションが自然に生じさせるリアルへの穴を無理矢理に塞いだときに、そのプラットフォームは「仮想空間」へと近づいていく。アバターサービスやオンラインゲームの企業で、カスタマーサポート部署が果たす大きな役割は、ある意味でそこにある。彼らは、いわば現代のアトラスである。後に私たちはアバターサービスの発展史を記述する際に、この「仮想空間」と「出会い系」の関係を再び見ることになるだろう。
 
 
富田英典:インティメイト・ストレンジャー ――1.自己を反射する鏡としての「声」
 
私たちは前回、電話の戦後史を文芸批評家・江藤淳の「閉された言語空間」を出発点として記述した。その江藤淳が田中康夫の小説『なんとなく、クリスタル』を絶賛したのは1980年。それから5年後の85年のプラザ合意の頃から始まった円高基調は、そこで田中康夫が描いた享楽の消費社会の風景を日本に本格的に展開してゆく。同時にこのプラザ合意の年は、電電公社がNTTに民営化された年でもあった。

社会学者の富田英典がQ2の研究を行った著作『声のオデッセイ ダイヤルQ2の世界――電話文化の社会学』(以下、『声のオデッセイ』)の冒頭は、そんな電話の「多機能化」と消費社会の進展が歩みを揃えた時代背景を、こう表現する。
 
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ダイヤルQ2のリカちゃんダイヤルは、ダイヤルQ2の本質を突いている。ダイヤルQ2で人気をよんだ「アダルト番組」「パーティーライン」「ツーショット」などは、大人向け、あるいは青少年向け「リカちゃん電話」なのである。ポルノ雑誌のグラビアで微笑む若い女性の声が聴けたり、AV女優が、直接、電話でしゃべってくれる。それは、着せ替え人形の「リカちゃん」の声が電話で聞ける「リカちゃん電話」と同じ構図である。
(『声のオデッセイ』p4)

「リカちゃん電話」とは、1967年に始まった老舗テレホンサービスで、普段は聞くことのできないリカちゃんの声が聴けるサービスだった。この文章は、消費社会の中で流通するシミュラークルとしての商品に対して、人々が求める現実的な手触り――例えば、好きなグラビア女優の声を実際に聴きたい、というような――への欲求に擬似的に応えるものとして、当時のQ2があったことを示唆している(ちなみに21世紀の日本人は、そんな欲望を「握手会」という大変にアナログな形で満足させている)。

しかし一方で、2014年にこの文章を目にする私は、この富田の言葉たちを単純に奇妙に思う。例えば、パーティーラインという機能は、本当にリカちゃん電話に喩えられるべきものなのか。少なくとも、こちら側からも話しかけていくのを基本とする「能動的」な双方向メディアであるパーティラインを、録音された声を流す「受動的」な単方向メディアにすぎない「リカちゃん電話」と同列に語るのは、やはり座りが悪くはないか。匿名での一対一の通話であるツーショットにも、やはり同様の指摘は可能である。そもそもを言えば、先にも記したような実際に出会う「電話風俗」の側面を考えても、虚構の音声にすぎないリカちゃん電話と比較するのはおかしい。

この冒頭に象徴される奇妙な「受動性」は、実は富田がこの本で展開する、多岐にわたるQ2文化の紹介と分析のあらゆる場面を覆う基本的な態度である【註】。とにかく、この本は「声の消費者」としての聞き手の立場からのQ2分析が多い。もちろん、電話における会話の分析が、どうしても聞き手のインプレッションを問うものになるのは仕方ない面はある。だが、実はこれは富田の、匿名的なコミュニケーションを行う電話ユーザーに対する理論的立場が要請するものでもある。

富田の電話ユーザーに対する理論的立場――それを一言でいうならば、「互いの声を自分に都合よく消費し合う関係」である。だが、問題はそこにおける消費の内実である。
その彼の理解が最も鋭く現れているのは、この本の最後に登場する、途中でリサーチを辞退したという、とある調査対象者の女性の告白ではないだろうか。そのQ2ユーザーの女性は、あるとき「相手の男性が、全部同じ人の声に聞こえてきて怖い」というメッセージを残して、富田の調査を突如辞退したという。それを富田は、耳を澄まして消費しなければいけないような微妙な声の差異がどうでもよくなったからこそ、彼女には全てが同じ声として聞こえるようになったのではないかとする。そして、こう言い放つのである。

彼女が恐怖を感じた「電話の声」とは、現代の高度化した消費社会と情報社会に魂を売り渡してしまった私たち自身の声だったのである。
(同書p149)

Q2の匿名的なコミュニケーションにおいて、人々は発話に微妙な差異を見出そうとするが、本質的にはそこで人々が耳を澄ましているのは自分たち自身の声にすぎないという、結論だけ聞くと奇怪でさえある認識がここにはある。つまり富田にとって匿名での「電話の声」とは、究極的には自分を映し出す鏡のようなものとしてある。そのことを論証してゆくのがこの本なのだ。いわば富田にとって聴き取られた声とは、そのまま私の話す声でもあり、故にこそ聞き手としての立場に固執することが要請されるとも言える――しかし、なぜそうなるのか。

 
【註】富田は本書で複数の電話ユーザーが通話するパーテイーラインにも紙幅を割いているが、その際に注目しているのも、やはり後のネット用語でいうところのROM専にあたる、会話に参加せずにただ受動的に聴くことだけを目的としたユーザーたちなのである。彼らは「モニター君」「無言クン」と呼ばれていた。余談だが、富田によれば聴くだけでありながらも同意や不満だけは電話のピッピ音で表明する「ピッピ君」と呼ばれたユーザーたちもいたという。これなどは、Twitterのふぁぼやいいね!ボタン程度の中間的な会話への参加を、当時のユーザーたちも欲望の水準で求めていたという事例になっているであろう。

なお、パーティーラインについて、本稿では扱わない。しかし、それがどういう場であったかは、以下の2chスレを読めば、おそらく"(察した)"となるのではなかろうか……と思う。