2016年7月16日(土)の9:00〜16:00に愛媛大学教育学部で,科学イノベーション挑戦講座第3回の続きを実施しました。本プログラムの生徒・児童11名の他に,川之江高等学校および今治西高等学校の高校生合わせて6名が,デンプンの加水分解反応に挑戦しました。
1 水ロケットの製作と打ち上げ試験
実施前に,共同研究の準備として行っている,水ロケットについての話し合いを行いました。製作について話し合うグループと製作してきたロケットの打ち上げ試験を行うグループに別れて,グループ毎に活動しました。今回はグループ1(小学生チーム)とグループ3(中高生チーム)が打ち上げを行いました。残念ながら,空気漏れで打ち上げることができないロケットもありましたが,今後の設計に向けてさまざまなデータが取れたことと思います。
打ち上げ試験については,順次動画で結果をお知らせしていきたいと思います。第1回の打ち上げは以下で公開しています。
2 デンプンの加水分解反応を考えよう
前回の実施では,私たちがデンプンとよんでいる物質のうち,アミロース(図1)をつかって,硫酸,塩酸,α-アミラーゼ,β-アミラーゼの常温(25℃)での加水分解反応の速度を,尿糖試験紙とヨウ素デンプン反応で調べています。
図1 アミロース
この結果,多くの受講生の「硫酸は水を引きつけて加水分解反応を進める触媒なので,アミラーゼより加水分解反応は速い」という予想とはちがう結果が得られています。なぜそうなるのでしょうか?
そこで,今回の実施では,温度を変えて,おなじ実験を行いました。常温での反応の速さは,温度を変えても変わらないのでしょうか?
図2 常温でのα−アミラーゼとβ−アミラーゼのヨウ素デンプン反応結果(7月10日)
2−1 沸騰水での反応
温度を大きく上げて,沸騰水でおなじ実験を行いました。今回も,2分ごとに反応溶液を取り分けて,調べなければいけませんので,チームワークが重要です。2分は操作時間としては非常に短いので,きちんと役割分担して操作しないと,すぐにつぎの操作時間になってしまいます。前回の経験を活かして,受講生は役割分担しながら,実験を行いました。
図3 沸騰水でのデンプンの加水分解反応
2−2 アミラーゼの結果
その結果,アミラーゼは常温とおなじで,α-アミラーゼは2分でヨウ素デンプン反応の呈色がなくなりましたが,β-アミラーゼは沸騰水でも10分間でヨウ素デンプン反応の呈色に大きな変化はありませんでした。一方で,尿糖試験紙では,どちらも糖が少しだけ検出されていました。
図4 役割を分担して進めましょう
図5 沸騰水でのアミラーゼの結果(左側α−アミラーゼは呈色無し,右側β−アミラーゼは青紫色に呈色)
2−3 酸の結果
酸の結果は,班によってバラつきました。硫酸は2分程度でヨウ素デンプン反応の呈色が見えなくなったという班もいれば,10分待ってもヨウ素デンプン反応の呈色に大きな変化がなかった班もありました。酸性条件下ではヨウ素デンプン反応は起こりません。そのため,中和をしなければなりませんが,炭酸ナトリウムを入れすぎてアルカリ性になりすぎると,ヨウ素がヨウ化物イオンになってしまい呈色がなくなってしまいます。溶液のpHと見え方に関係があるのでしょうか? それとも,溶液のpHとは関係なく,ヨウ素デンプン反応の呈色にちがいがあったのでしょうか? かんたんに見えるヨウ素デンプン反応も条件を自分で決めるとなるとむずかしいですね。
図6 チームワークで忙しい操作を分担します
図7 酸による加水分解反応の尿糖試験での測定(緑色が濃いほど,糖がたくさんできています)
しかし,どちらの場合でも,硫酸では尿糖試験紙に糖が少しだけ検出されましたので,加水分解反応が進んでいないということはなさそうです。
3 40℃と60℃ではどうか?
常温と沸騰水で行いましたので,つぎにその中間を調べました。常温と沸騰水の結果のちがいは,その中間ではどうなるのでしょうか? 段階的にデンプンの加水分解反応は速くなるのでしょうか? それとも,どこかの温度が一番速くて,それ以上は速くならないのでしょうか?
図8 温度を一定に保つための恒温槽
理論的な予測はいくらでもできますが,こうした実験は,自分の手を動かして考えることがもっとも重要です。なぜなら理論通りにならないことの方は,よくあるからです。そのときに何を考えるのかが重要です。実験の操作のミスなのか,それとも新しい発見なのか。良く考えることが重要です。
4 考察
今回の結果をどのように考える事ができるのでしょうか?
たとえば,硫酸やβ-アミラーゼでのアミロースの加水分解反応では,ヨウ素デンプン反応は青紫色に呈色しています。一方で,尿糖試験紙では,糖が少しだけ検出されました。加水分解が進んでいるのなら,どうしてヨウ素デンプン反応は青紫色に呈色するのでしょうか?
図9 デンプンは加水分解反応で短くなっていく
ここで必要になるのが,定量分析と定性分析という考え方です。
定量分析とは,量を定(さだ)める分析(ぶんせき,しらべること)です。つまり,溶液中に,どのくらい物質があるかを調べます。
定性分析とは,性(性質や性状)を定める分析です。つまり,溶液の中に,物質があるかないかを調べます。
ヨウ素デンプン反応と尿糖試験紙は,それぞれどちらなのでしょうか?
尿糖試験紙は,色によって,糖がどれくらい入っているのかを調べます。これが定量分析なのは,これがもともと糖尿(とうにょう,病気のひとつ)かどうかを調べる方法であることから明らかです。
では,みなさんが,小学生からずっと見てきている,ヨウ素デンプン反応は?
ヨウ素デンプン反応は定性分析です。つまり,デンプンがあるかないかを見ています。もちろん,色の濃いうすいで多少は量を調べることもできるでしょう。しかし,デンプンが少しでもあれば,青紫色になるヨウ素デンプン反応で,減っていくデンプンの量を決めることは非常にむずかしいところです。
ヨウ素デンプン反応は定性分析,尿糖試験紙は定量分析。このちがいが,硫酸やβ-アミラーゼの加水分解反応で,「ヨウ素デンプン反応は青紫色だけど,糖は少しだけできている」という結果を説明してくれるでしょうか?
ヨウ素デンプン反応は,ブドウ糖分子がつながってできた「らせん構造」のなかにヨウ素分子が入って見える呈色反応です。らせん構造がなくなれば,つまり,ブドウ糖分子のつながりが6個以下になれば見えなくなります(くわしいことは事前学習動画を見てください)。
図10 ヨウ素デンプン反応のしくみ。ブドウ糖分子の鎖(くさり)が短くなると,ヨウ素分子とブドウ糖分子がくっつかなくなり,呈色しなくなる
たとえば,硫酸とβ-アミラーゼ,α-アミラーゼで,デンプンを分解する方法がちがったらどうでしょうか?
もっとも速くヨウ素デンプン反応が見えなくなる,α-アミラーゼは,消化酵素です。消化酵素は,すばやく消化を進めるために,デンプンを一定の長さに切りそろえるとしたら,どうでしょうか。デンプン全体を一定の大きさに分解していくとしたらどうでしょうか? そして,その大きさが,ヨウ素デンプン反応で呈色しない大きさだったら,α-アミラーゼではすぐにヨウ素デンプン反応が見えなくなることが説明できます。
硫酸はどうでしょうか。硫酸は,アミラーゼのような消化酵素ではありませんので,たまたま近くにいるデンプンを加水分解していくとしたら,どうでしょうか。つまり,硫酸が,デンプンを加水分解する位置は決まっていないという仮定です。ヨウ素デンプン反応が見えている場合は,硫酸はデンプンの端から分解しているのかもしれませんし,真ん中で分解したけれども,デンプンにはまだ青紫色に見えるだけの十分な長さがあるのかもしれません。
β-アミラーゼは消化酵素です。ということは,α-アミラーゼのように決まった位置でデンプンを切りそろえるはずです。では,なぜちがうのでしょうか? それはβ-アミラーゼが植物から取りだした消化酵素だからかもしれません。植物は,動物とくらべて消化がゆっくりだとしたら,どうでしょうか。または,β-アミラーゼの切りそろえる位置はα-アミラーゼとはちがっていて,デンプンにはまだ青紫色に見えるだけの十分な長さがあるのかもしれません。
これは,あくまで仮説です。これが「ただしい」結果だと言っているわけではありません。実験の結果を「合理的」に説明する仮説を考えるのが,科学の第一歩です。では,この仮説を証明するには,何を調べて,どのような実験をすればよいでしょうか。それが科学の第二歩です。かんたんに見えるヨウ素デンプン反応について,一歩踏み出してみると,さまざまな不思議が見えてきますね。
アミロペクチンとセルロースの実験の準備もしてありましたが,アミロースで時間切れになりました。学校の授業は,先生が,時間内にできるように,さまざまに工夫してくれています。しかし,科学研究では,その時間配分についても,自分自身で考えて調整しなければなりません。ひとりでできる実験量は少ないので,他の人と協力する事が重要です。そして,ひとりではわからないことも,みんなで知恵を出し合うことで新しい発見につなげることができます。
科学の不思議さ,おもしろさ,むずかしさについて,考える機会になったでしょうか?
5 水あめをつくるには
水あめは,デンプンを加水分解した後,水分を蒸発させてつくることができます。水あめをつくるときのポイントは,デンプンを餡(あん)にするところです。約10%デンプン水溶液を,60℃程度で加熱していると,透明で粘性の高い,餡(あん)状態になります。これはデンプンが,水溶液中に分散した状態です。この餡(あん)に消化酵素を入れると,一瞬で餡は粘性を失って液状になり,デンプンが加水分解されることが視覚的に確認できます。消化酵素を入れるときの温度,その後の温度を何℃にするのか,消化酵素の量をどれくらいにするのかなど,デンプンに何をつかうのかなど,さまざまな検討ができるでしょう。
中学生の昨年度までの研究成果から,40℃程度で60分以内に,ヨウ素デンプン反応は呈色しなくなります。その後は,加熱して,水を蒸発させることで水あめになります。
注)水あめのねばり気は,冷えた後にでてきます。ねばり気が出るまで加熱し続けると焦げて茶色くなってしまいますので,水が大体飛んだところで1回冷やして,ねばり気を確かめましょう。
水あめをつくるために必要な消化酵素として,家庭で手に入るものに医薬品のタカヂアスターゼがあります。しかし,食品をつくるのに,医薬品を利用するのはやや不安があります。そこで,植物にふくまれるβ−アミラーゼを利用する方法が知られています。
じゃがいもと大根で水あめをつくろう(参考サイト)
http://www.honda.co.jp/kids/jiyuu-kenkyu/upper/02/
β−アミラーゼは大根以外に,サツマイモにも含まれています。サツマイモを吹かすと,甘くなりますが,これもまたβ−アミラーゼによるデンプンの加水分解反応なのです。今回の実験では,α−アミラーゼにくらべると,加水分解の速度がおそかったβ−アミラーゼですが,時間をかければ加水分解反応は進みます。このちがいも研究としてはおもしろいところだと思います。
商品として売られている水あめは,食品添加物としての消化酵素をつかっています。たとえば新日本化学工業社のスミチームLは,そうしたα−アミラーゼのひとつです。しかし,こうした食品添加物は,数百kg単位での製造を目的としたものですので,小売りされていません。
本プログラムでは昨年度,デンプンの加水分解反応を利用した食品づくりの研究として,甘酒と水あめの研究をしてきました。デンプンは,その種類によって,アミロースとアミロペクチンの量がちがいます。また,それ以外の物質(たとえばリグニン)の量によって反応性がちがうことがわかっています。これらの研究成果については,8月6日に愛媛県総合科学博物館で開催される中高生のためのかはく科学研究プレゼンテーション大会,および8月18日に大分県で開催される日本科学教育学会ジュニアセッションで発表の予定です。
6 水ロケット打ち上げ試験のつづき
グループ3は居残りで打ち上げ試験のつづきを行いました。500 mLのペットボトルと1.5 Lのペットボトル,どちらが良いか,また,空気の量,水の量,発射角度を検討して,飛距離を64 mまで伸ばすことができました。次回以降は,他のチームも記録を伸ばしてくると思います。9月11日の工作課題発表に向けて,がんばっていきます。
図11 水ロケット打ち上げ