1974年4月6日、春の甲子園の決勝で、池田高校は報徳学園に1-3で敗れた。その勝者と敗者がくっきり別れた瞬間に、一塁側スタンドで池田高校を応援していた新中学一年生(まだ12歳)だった橋川正人は、隣に座っていた父親から奇妙な「予言」を聞いた。

「――勝つ」
「え?」
「池田はいつか、きっと勝つ」
「勝つ?」
「甲子園で優勝する。間違いない。オレには今、その光景がはっきりと見えた」

そして、息子の方を向き直ると、少しはにかみながらこう言った。
「その瞬間、マウンドに立っているのがお前だと、面白くないか?」

池田高校に入ってから、橋川はふとした折りにそのことを思い出した。あのときは、自分が池田高校に入るなどとは全く考えていなかった。それが今は、学校近くの寮で同級生たちと同居しながら、あのとき甲子園の一塁側ファールグラウンドで応援団にお礼の挨拶をしていた蔦文也の指導を受けている。いや、毎日