永野修身は1880年の生まれである。東條英機の4歳上。石原莞爾の9歳上だ。

Wikipediaには「海軍の三顕職(連合艦隊司令長官、海軍大臣、軍令部総長)を全て経験した唯一の海軍軍人であると同時に、大戦中に生前元帥府に列された唯一の海軍軍人でもある」と書かれている。これは永野が紹介されるとき、必ず付される概略だ。

つまり、海軍の長い歴史の中でも最高出世を遂げた人物であるということである。大人物中の大人物だ。当然、天皇からの覚えも目出たかった。

この永野が1913年、33歳の時にアメリカ・ハーバード大学に留学したことは以前にも述べた。実は山本五十六も、永野から6年後の1919年、ハーバード大学に留学している。つまり当時の海軍でハーバード大学に留学することは、一つの出世コースだった。このハーバードの同窓であるというのも、永野と山本の結びつきを強くした。

そして当時、海軍には「三羽がらす