『赤毛のアン』は村岡花子が1958年に翻訳した際につけた邦題だ。原題は『Anne of Green Gables』である。この花岡役が売れたため、『赤毛のアン』という名前は一般化した。おかげで以降は他の翻訳でも日本では『赤毛のアン』の名前で出されることになった。

ただし、花岡訳の『赤毛のアン』は数奇な運命を辿る。それは、翻訳出版直後から数多くの批判にさらされたことだ。特に、誤訳と省略の多さを批判する人が多かった。

そのため、すぐに他の翻訳が出るのである。これは極めて異例のことであった。5年後の1957年に早くも中村佐喜子訳が出る。 以降も1969年に岸田衿子訳、1973年に神山妙子訳。1975年猪熊葉子訳と、20年間で5バージョンもの翻訳が出る。これは以降も続き、今では10以上になっている。

なぜこれほど別バーションが出たのか? それは読者の評判が悪かったからではない。読者はそもそも