ハックルベリーに会いに行く
東條英機が率いる日本国は、1942年6月頃まではアメリカとの戦いにおいて好調だったが、そこからミッドウェーやガダルカナルでの負けが続き、次第に追い詰められていく。そのとき日本と東條は、保身というよりは引くに引けない立場と状況に追い込まれたので、結果的に保身的な行動を取ることになる。
戦争は勝たなければならない。負けは許されない。また東條には辞任も許されなかった。そんなことは誰も求めていなかったし、東條自身も「自分は近衛とは違って自分の責任を全うしたい」と思っていた。責任とは戦争に勝って天皇の立場を安泰にすることである。日本の国体を守ることである。
そのためには、国民のより一層の努力が必要と東條は考えた。そこから東條の精神論は加速していく。
まず東條の基本理念は「戦争には負けない」というものだった。戦争には負けない。それが東條の理念である。分かりにくいが、戦争というものはスポーツのよう