兵士どもの放った矢弾が、空を裂き、その先へと伸びていく。

 功を焦った指揮と、兵士どもの思考放棄。
 それは、味方への誤射という最悪の形に帰結しようとしていた。

「待て、撃つのをやめろ!」

 私の声、その意図に、ルヴァーナはややあってようやく気付いたらしい。慌てて兵士どもを制止するが、当然ながらもう遅い。

 上空のハーピィたちも斉射に気付いたようだ。だがその時にはもう、避けるには近すぎる距離まで矢弾は迫っていた。乱れていた隊列がさらに崩れ、翼を打つ律動も噛み合わぬまま、誰もが明確な動揺を見せる。射掛けた兵士どもでさえ、例外ではなかった。

 不意に。

 先刻からハーピィたちを追い回している『何か』の周囲で、叩きつけるような音が連続的に鳴り響いた。次いで、その曇天一帯が捻じ曲がり、白と青、さらに黒が混ざった渦が幾重にも生み出される。飛来した矢弾はその渦に次々に弾かれ、逸らされ、あらぬ方向へと吹き飛ばされていく。ハーピィたちは、その巻き起こる暴風に呑まれぬよう、もがくように翼を打っていた。


「……おいルヴァーナ。その役立たずどもはなんダ?」

 背筋が凍り付くような気配に、振り返る。負傷したハーピィを両翼に包み抱え、淡い風と魔力を絡めながら治療を施すフーマァが、見開かれた眼をルヴァーナと兵士どもに向けていた。相変わらず表情に大きな変化はない。しかし、斬り付けるような空気を纏うその姿から知れるのは、明確な怒りに他ならなかった。

 それを裏付けるように、治療を受けているハーピィが、小刻みに震えていた。唇を引き結び、瞬膜を限界まで閉じ、何もない地面へただ視線を落としている。

「……数を連れてこいとは言ったガ、クズを集めろとは言ってなイ」

 兵士どもにも、はっきりと動揺が走った。異様に瞬きを繰り返す者。首と視線を何度も左右させる者。手にした弓矢をそそくさと片付ける者。他の兵士やルヴァーナの背後へと身を潜めようとする者。そして、そのうちの一人が、ついに震える声を漏らす。

「あ、あの、申し訳ありません、ルヴァーナ様……!」

 この期に及んで謝る相手を間違えるその精神性に、ほとほと呆れた。だがもっと呆れるのは、それをルヴァーナが正そうともしなかったことだ。

 こういう手合いは大抵、そうだ。己を肯定する甘言ばかりを貪った結果、その周囲には、物をろくに考えず、首を縦に、尻尾を横に振ることしかできぬ無能だけが残る。そしてそれを、互いが『正しいこと』と認識して疑わない。目の前の有様は、その典型であり末路だった。ハーピィたちと同様に誤射の対象となった私としては、許されるならばフーマァのように、とりあえずルヴァーナの頭を鷲掴みにしてやりたいとも思う。

「使えねェ。エルドレイの野郎はどうしテ、お前らみたいなもんを寄越しタ?」
「……私が、志願しましたの。エルドレイ様の意思ではありませんわ」

 まずは謝罪しろ──そんな思いが頭をよぎった瞬間、呆れを通り越したような「まずは謝れヤ」というフーマァの嘆きが追いかけた。だがそれも、ルヴァーナたちの耳には届けど心には響かなかったらしく、あらぬ言葉が続く。

「あのねぇ、さっきから聞いてりゃ、なんですかあんた!?」

 ルヴァーナの背後に隠れていた、兵士の一人だった。見るからに冷静ではなく、忙しなく揺れる視線と荒い呼吸からも、逆上していることが窺える。

「僕たちだって、慣れない中でも頑張って……!」
「頑張ってるからなんダ? 味方を撃っても許してネ、ってカ?」
「い、いやそうではなく、ちゃんと努力を認めてですね……!」

 そこへ、堰を切ったように他の兵士たちも騒ぎ立てた。

「そもそも、物言いが礼を失するのではないですか!?」
「言ってることは正しくても、言い方ってもんがあるでしょう!?」
「そうですよ、ルヴァーナ様だってこんなに悲しんでおられて……!」

 先ほどまで震えていたハーピィですら、呆気にとられた顔を兵士どもに向ける。

「……なんだこいつラ、本気で言ってんのカ?」

 なんだこいつら、本気で言ってるのか──私の率直な想いが、フーマァと同期する。とても見ていられなくなった私は、暴風吹き荒れる上空へと視線を戻した。相変わらず色彩が不気味に渦巻いていたが、ハーピィたちにさしたる被害はないようだ。体勢と陣形を取り戻しつつある様子に、一時の安堵を得る。

 その背後で、フーマァが続ける。

「羽無しの理屈ってのは便利でいいナ。使えねェ上ニ、使った責任を誰も取らなくていいと来タ……いつかラ、そうなっちまったのかネェ」