8973b3a8118739bb36c99b08a6ff7375c0d61565.jpg
90年代・新日本プロレスで活躍、その後はゼロワンに移籍した高岩竜一15000字インタビューです!(聞き手/ジャン斉藤) ★この記事は2015年に収録したものです。


【1記事から購入できるバックナンバー】

・
プロレス架空興行詐欺の実態■元・マル暴刑事 関根“シュレック”秀樹の犯罪講座




高岩
 取材なんて珍しいなと思ったんですよ。あんまりないですから。

――インタビュー自体は久しぶりですか?

高岩 そうですね。前に金澤(克彦)さんのところに大谷(晋二郎)と一緒に出ましたけど。

――ああ、『ゴング』ですかね?

高岩 いや、その前にやってた本ですね。

――『Gリング』だとすれば、ずいぶん前ですね……。今日はいろいろとお聞きしたいんですけど、高岩さんはどんなきっかけでプロレスラーになろうとしたんですか?

高岩 きっかけはですね、ウチは凄いビンボーだったんですよ。普段お父さんが家にいなくて、お金も全然入れてなかったんでしょうね。大阪に住んでいたんですけど、何回も引っ越してたんです。小学生のあいだだけで9回も引っ越して。要は夜逃げだったんですね。

――転々としていたところではないですね……。

高岩 工場の2階に住んでいたときもあったんですよ。天井は低いし、音はうるさい。ウチは3人姉弟でお母さんと4人で住んでたんですけど、さすがに生活が苦しいのでお姉ちゃんをお母さんの実家に預けたりしてて。ボクは高校卒業後は専門学校に進んだんですけど、入学費が高いじゃないですか。新聞配達の奨学金で入ったんですよ。

――相当苦労されていたんですね。

高岩 新聞配達自体は5年くらいやってましたから、さすがに嫌になりましたよね(苦笑)。そんな生活をずっと送ってきたのでビンボーは嫌だったんです。それで儲かる仕事は何かと考えて、親は警察官にさせたかったみたいなんですよね。やっぱり公務員は安定しているじゃないですか。ボクも公務員試験を受けたりしてたんですけど、そのまま公務員になっても人生に面白味がないなと思っちゃって。それに公務員はそんなには儲からないじゃないですか。

――それで金を稼ぐためにプロレスラーに?

高岩 相撲かプロレスか、どっちかをやろうかなと。でも、昔の相撲って中学からやってないとダメな感じでしょ。

――高卒で相撲未経験だと厳しい世界ですね。

高岩 それでプロレスにしようと。その当時、プロレスにはそんなに興味がなかったんですけどね。テレビでも裏番組の『3年B組金八先生』を見ていましたし(笑)。

――90年代のプロレスラーってプロレスファン上がりが多いんですけど、高岩さんの動機は違ったんですね。

高岩 プロレスを知ってることは知ってましたけどね。ただ、プロレスラーになろうにも勝手がわからないじゃないですか。そんなときに本屋で『ゴング』を読んだらリングスが新弟子を応募していて。

――たまたま告知していたのがリングスだった。

高岩 要はどこでもよかったんですよ(笑)。それで新横浜にあったリングス道場にテストを受けに行ったんですけど。あのときはボクを含めて4人受けたのかな。道場には前田(日明)さん、長井(満也)さん、新弟子の成瀬昌由や山本宜久もいたんですよね。最初にヒンズースクワット500回やらされたんですけど、回数じゃなくてタイムを測るんですよ。

――どのくらいのスピードでクリアできるのか、と。

高岩 その前にヒンズースクワットって何をやるのかよくわかってなかったんですけどね(笑)。

――えっ、ヒンズースクワットを知らずに受けたんですか?(笑)。

高岩 じつはそうなんですよ。周りのやり方を見て真似したんですけど、あれは足がパンパンになるんですよねぇ。

――なりますねぇ(笑)。テストに何も備えなかったんですか?

高岩 走るくらいかな。柔道はやっていたし、専門学校がインストラクターの養成所だったので、体力には自信はあったんです。次に腕立てをやらされたんですけど、回数は決まっていないんですよ。限界までやる。スクワットで足がパンパンだったし、16回で終わっちゃいました(笑)。あと腹筋とブリッジもやったかな。結局4人とも落ちましたね。

――そのあとに新日本のテストを受けたんですか?

高岩 はい。リングスのテストが91年9月だったんですけど、12月に新日本のテストがあったんです。それまでにリングスのテスト内容の倍のメニューを毎日やりましたね。

――リングスの倍以上をやっとけばいけるだろう、と。

高岩 毎日スクワット1000回やって、そのあとに腕立て伏せ100回。それで新日本のテストを受けに行ったんですけど、人数が多かったですねー。リングスは4人でしょ。新日本は25〜30人くらいいましたから。ゼッケン40番まであったんですけど、歯抜けもあったんですよ。

――申し込んだけど当日来ない人間がいたんですね。

高岩 そうそう。ボクはゼッケン2番だったんですけど、1番の人間も来なかったんですよ(笑)。だからボクがどの種目も最初にやることになって。

――試験官は誰だったんですか?

高岩 長州さんがいたでしょ。山本小鉄さん、越中(詩郎)さんもいたのかな。なんかね、ボクは長州さんに注目されていたんですよ。それはボクが韓国人だからだと思うんですけど。ボク、ハーフなんですよね。

――高岩さんがそのことを公にしたのは、ゼロワンの天下一ジュニア決勝のときですよね。試合前に韓国国歌の演奏があったりして、突然のことなので「これはどういうことなんだろう?」って驚いたんですけど。

高岩 あれは橋本さんが……


・入門テストで目をつけられた理由
・鬼教官だった佐々木健介
・デビュー前に引退勧告
・新日本の新弟子はお金には困らない
・橋本真也の道場伝説
・すごすぎる90年代新日本バブル
・「おい、高岩!寝ないと◯すぞ!」
・“1・4事変”証言
・ゼロワン移籍の理由
・橋本真也の棺桶を担げなかった……15000字インタビューは会員ページへ

入会すれば読める10月更新記事! このあとも続々更新!

・桜井麻衣のマリゴ退団/新宿FACEがなくなったプロレス界
・アナタの知らない地下格闘技&プロレスの世界■田馬場貴裕
・中国人の橋本真也抗議の真実/飯伏幸太復帰絶望?/大阪プロレスベルト紛失/UWF道場のイジメ

・「あのリンゴはどう見えるのか」…斎藤裕が語る格闘家とラーメン店のサバイブ論
・那須川天心は2人いる
・山本美憂「やっと大好きなボクシングに辿り着いた」


https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/202610